2人のエース
昭和六十三年四月
柳田仁がユニフォームを脱ぐことになり、泉町精工野球部は新たなエースを探していた。
監督の石川満が各地を歩き、自ら見つけてきた二人の投手。
一人は芝直樹。
滋賀・瀬川工業高校から愛知那城大学へ進学した本格派左腕。帝国ハムのエース・東崎と高校大学の二学年後輩で、「左の東崎」と呼ばれた男だった。
長身から投げ下ろす伸びのあるストレートと、大きく縦に割れるカーブが武器。野球は感覚で覚え、才能だけで勝負してきた天才肌だった。
もう一人は瀬戸誠。
古豪・県立小府高校を久々の夏県大会ベスト4へ導いた右サイドスロー。
武器は右打者の懐へ食い込むシュートと、打者の手元で沈むシンカー。一球ごとに打者の反応を観察し、配球を組み立てる頭脳派だった。
同じエース候補でも、野球はまるで正反対だった。
丈山工場グラウンド。
ブルペンには社員たちが集まっていた。
「まずは芝。」
石川が声を掛ける。
正捕手・都築敏夫、通称トシがミットを構えた。
ズバン!
一球目から乾いた捕球音が響く。
「速っ……。」
トシのミットが後ろへ押し込まれた。
続くカーブは高めから鋭く落ち、思わず都築が息をのむ。
「社会人、しかも軟式でこんな球を投げるのか。」
「これが左の東崎か。」
社員たちがざわついた。
「こりゃ打てんぞ。」
続いて瀬戸。
今度は石川が自らマスクをかぶる。
「来い。」
シュッ。
外角へ逃げると思った球が最後に戻る。
「シュートか。」
さらにシンカー。
打者の手元で鋭く沈み、石川のミットへ吸い込まれた。
石川は立ち上がると笑った。
「嫌な球だ。打席に立ったらイライラする。」
柳田仁、仲村、そして人数合わせで投げていた石川や小橋。
これまでの投手陣とは球質そのものが違っていた。
社員たちは期待に胸を膨らませる。
その様子をフェンスにもたれて見ていたのが、韋駄天ヤンキー・加地淳だった。
「俺、打っていいっすか。」
芝がニヤリと笑う。
「三球で終わらせたろか。」
「芝さん、俺が勝ったら帝ハムの東崎のサインもらってきてくださいよ。」
加地はバットを短く持った。
初球。
芝渾身のストレート。
誰もが空振りを予想した、その瞬間だった。
カン。
加地は強振せず、絶妙なバントを投手前へ転がした。
芝が飛び出して捕球し、一塁へ送る。
しかし加地は風のように駆け抜けていた。
「セーフ!」
歓声が上がる。
芝は帽子を脱ぎ、苦笑した。
「俺の真っ直ぐを吹かさず転がすとは、なかなかやるやんか。」
加地は一塁ベースの上で笑った。
「クリーンヒットも内野安打も一緒っす。」
「塁に出たら俺の勝ちです。」
社員たちが大笑いする。
石川も腕を組みながら頷いた。
「これが加地の野球だ。」
続いて相手は瀬戸。
シンカーを引っ掛けた打球は、一塁線へ力なく転がる。
瀬戸は素早く捕球したが、加地はまたしても間一髞で一塁を駆け抜けた。
「セーフ!」
瀬戸は苦笑いした。
「完全に詰まらせたと思ったんだけどな。」
加地は胸を張る。
「ボテボテでも内野安打はヒットです。」
「俺の勝ち。」
芝と瀬戸は顔を見合わせ、同時に笑った。
力でねじ伏せる本格派。
知恵で打ち取る技巧派。
そして、どんな形でも塁へ出る韋駄天。
泉町精工野球部は、新たな武器を手に入れようとしていた。




