第二工場
昭和六十三年一月。
泉町精工第二工場が完成した。
五階建て。
延床面積三千坪。
一階には直交軸減速機組立ライン二系列。
二階には平行軸減速機組立ライン三系列。
合計五ライン。
月産八千台を目指す、泉町精工減速機事業の新たな拠点だった。
この工場を建てるために、泉町精工は那古野証券取引所第二部へ上場した。
創業以来、最大の設備投資だった。
午前十時。
竣工式。
社員や取引先、金融機関など多くの来賓が集まっていた。
伊東隆則社長が壇上へ立つ。
完成した第二工場を見渡し、ゆっくりと口を開いた。
「昭和三十九年。」
「丈山工場を建てた時。」
「土地と建物だけで二億円を投じました。」
会場が静まり返る。
「あの時も、会社の命運を賭けた決断でした。」
「そして今日。」
「泉町精工は、あの時を上回る創業以来最大の設備投資を行いました。」
社員たちが新工場を見上げる。
「この工場は。」
「会社の未来です。」
「ここから世界に通用する減速機を送り出しましょう。」
大きな拍手が沸き起こった。
式典後。
役員たちは工場内を視察する。
案内役は橋本登。
減速機事業部本部長兼第二工場長だった。
一階。
直交軸減速機組立ライン。
一直線に並ぶコンベヤ。
無駄なく配置された部品棚。
橋本が説明する。
「歩く距離を従来の三割カットしたんよね。」
小橋伸夫常務取締役が頷く。
「動線がいい。」
「現場をよく見とる。」
橋本は笑った。
「組立ピープル達が楽できるようにね。」
二階。
平行軸減速機組立ライン。
習志野毅製造部部長は、完成したばかりのラインを見渡していた。
「橋本さん。」
「この部品棚。」
「あと二メートル寄せませんか。」
橋本が笑う。
「You、まだ完成したばかりやん。やり出してからじゃ、ダメなんかい?」
習志野は真顔だった。
「完成はありません。」
「もっと良くできます。」
橋本は嬉しそうに笑った。
「そういうところらミスター習志野らしいわ。」
3階に上がる。
品質保証部長・石川満は測定室にいた。
歯車測定機。
騒音試験室。
三次元測定機。
一つ一つ確認していく。
「室温管理は。」
「二十度±一度です。」
「記録は。」
「毎時間残します。」
石川は静かに頷いた。
「品質は会社の信用です。」
「この部屋が泉町精工を支えます。」
橋本も頷いた。
「ミスター石川は泉町の守護神やな。」
四階。
社員食堂。
窓いっぱいに冬の日差しが差し込んでいた。
白いテーブル。
明るい照明。
厨房では昼食の準備が進んでいる。
若い社員が思わず声を上げた。
「すげぇ……。」
「レストランみたいだ。」
隣の社員も笑う。
「丈山工場……いや、第一工場の連中、羨ましがるなぁ。」
周囲から笑いが起きた。
小橋も食堂を見渡し、懐かしそうに笑う。
「俺たちが若い頃はな。」
「旋盤や歯切盤の横で弁当食っとった。」
橋本も笑った。
「時代が変わったんやな。」
小橋は静かに頷く。
「いや。」
「会社が変わったんだ。」
その言葉に、誰も何も返さなかった。
窓の外には第一工場が見える。
あの工場から始まった泉町精工。
今、その隣には五階建ての第二工場が堂々と建っていた。
夕方。
役員室。
窓からライトアップされた工場を眺めながら、橋本が口を開く。
「セットアップ完了。」
「後は作るだけ。」
営業担当常務・伊東征広が静かに笑う。
「橋本さん。」
「作る心配だけしてください。」
「売るのは営業の仕事です。」
橋本も笑った。
「征広常務、えらい頼もしいな。」
専務・伊東信成は二人のやり取りを見ながら、小さく頷いた。
技術。
製造。
営業。
それぞれが自分の役割を果たす。
それが泉町精工の強さだった。
冬空の下。
新しい第二工場には次々と明かりが灯っていく。
その光は、泉町精工が迎えようとしている、かつてない黄金時代の始まりを照らしていた。




