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必要な男

昭和四十六年夏。


減速機事業は順調だった。


だが信成は満足していなかった。


「橋本さんが欲しい」


設計室。


小橋が顔をしかめる。


「また始まった」


信成は本気だった。


橋本登。


橋本登機械設計事務所。


泉町精工の減速機開発を支えた男。


外注設計者。


つまり外部の人間。


信成が恐れていたのはそこだった。


「橋本さんが抜けたら終わります。」


「特許も設計思想も」


「今は橋本さんだけの一本足打法です。」


「なんとか取り込み、特許を含めうちに技術を蓄積していくべきです。」


小橋も黙る。


分かっていた。


技術的には正しい。


だが感情が邪魔する。


「扱いにくいぞ」


「わかってます」


「偉そうだぞ」


「わかってます」


「人の話全く聞かんぞ」


「わかってます」


信成は笑った。


「だから欲しい」


小橋はため息をつく。


結局、小橋の一声。


「入社交渉は重雄にやらせろ」


で決まった。


2人は多々良重雄を呼んだ。


重雄は思わず天井を見た。


「また俺ですか」


信成が笑う。


「人事なんで」


「簡単に言いますね」


重雄は苦笑した。


「一番厄介な相手じゃないですか」


小橋が吹き出した。


「それはそうだ」


信成が重雄を見る。


「シゲ、頼んだよ」


重雄は苦笑いしながら


「やるしか無さそうですね。」


と答えるしか無かった。



翌日、重雄は堀田へ向かった。


橋本登機械設計事務所。


相変わらずだった。


図面。


煙草。


散らかった机。


「来たか」


「来ました」


「断る」


話も聞かない。


重雄は笑う。


「まだ何も言ってません」


「泉町だろ」


「そうです」


「断る」


橋本の表情は読めなかった。


少し話をして引き上げた。



三回目の訪問だった。


重雄も慣れていた。


世間話。


昔話。


クラウザー時代。


ようやく橋本が聞く。


「条件は」


重雄は待っていた。


「開発部長」


橋本鼻で笑う。


「答えはNOだ。」


「・・・」


「今、泉町精工、従業員何人だ」


「泉町熱処理と合わせて約五百人です」


橋本は黙る。


昭和二十年代。


自分がクラウザーへ入った頃。


ちょうどそのくらいだった。


若かった。


野心もあった。


自分もいつかその頂点へ。


そう思っていた。


だが独立した。


後悔は無い。


そして今。


自分の設計事務所はある程度成功してはいる。


もう一度組織を率いる。


それも悪くない。


「開発本部長」


重雄が顔を上げる。


「本部長なら行く」


「・・・」


「あと」


「行くなら事務所を畳まないといかん」


「引っ越し代」


「設備移設」


「全部持て」


重雄は頷いた。


「検討します」


橋本が笑う。


「検討じゃない」


「やるなら行くよ」



翌週。


役員会。


重雄が報告する。


開発本部長。


会議室が静まる。


最初に怒ったのは小橋だった。


「ふざけるな」


「なんで橋本が本部長だ」


「俺は製造部長だぞ」


当然だった。


小橋は創業以来の功労者。


現場の王。


そこへ外様が来て上に座る。


面白いはずがない。


信成も困った顔をする。


技術は欲しい。


だが小橋も失えない。


沈黙。


そこで隆が口を開く。


「小橋」


「はい」


「お前は何年やった」


「二十二年になります」


「そうだな」


隆は頷く。


そして続けた。


「そろそろ役員になれ」


会議室が静まる。


小橋も固まる。


「は?」


「取締役製造本部長」


「あと、泉町熱処理代表取締役」


誰も言葉が出ない。


隆は当然のように続ける。


「工場長や製造部長か。今まで安すぎた」


「橋本が上がるんじゃない」


「お前が上がる」


小橋は黙った。


信成も黙った。


重雄だけが少し笑った。


これで全部解決する。


橋本は来る。


小橋の面子も立つ。


信成は技術を手に入れる。


そして隆は最後に言う。


「橋本も小橋も必要だ」


「泉町はもう町工場じゃない」


昭和四十六年。


泉町精工はまた一歩、


メーカーへの道を進むことになる。


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