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泉町団地

昭和四十五年冬。


泉町精工は過去最高益を更新していた。


受注は増える。


利益は増える。


工場はフル稼働。


運輸課のトラックも休む暇がない。


誰が見ても絶好調だった。


だが。


社長、伊東隆は面白くなかった。


幹部会議。


隆の不機嫌を察したのか


重苦しい空気の中


隆が口を開いた。


「儲かったな」


誰も答えない。


事実だからだ。


隆は続けた。


「で」


「社員には何を返した」


静まり返る会議室。


ボーナスは出した。


昇給もした。


だが隆は納得していなかった。


「儲けれたのは社員のおかげだ」


「社員が稼いだ金だ」


信成が腕を組む。


隆則も黙って聞いていた。


会議中、多々良正はふと思い出した事があった。


クラウザー不動産丈山地区責任者、森山礼司が困っていた事だ。


丈山工場建設当時。


クラウザー不動産は周辺の農地を買収し、宅地造成を進めていた。


工場で働く人間が増える。


住宅需要も増える。


そう読んでいた。


だが。


思ったほど売れない。


交通の便が悪い。


知名度もない。


造成した土地だけが広がっていた。


そして以前から付き合いのある正へ相談しにきた事があった。


「多々良部長」


「宅地が売れんのですわ」


「それは知らんよ」


「わしは不動産屋じゃない」


「泉町精工の社員さん買わんですかね」


そんな話を何度も聞かされていた。


会議後、多々良正は甥の重雄を呼び出した。


「重雄」


「はい」


「面白い話がある」





数日後。


重雄は会議室へ資料を持ち込んだ。


「住宅取得補助制度を提案します」


信成が眉をひそめる。


「内容は」


「泉町団地購入者に五十万円補助します」


ざわつく会議室。


隆則が即座に反応した。


「高い」


「1人50万だとして50人希望者出たら2500万だ。」


信成も続く。


「反対です」


重雄は表情を変えない。


「理由を」


「不公平です」


信成が言った。


「家を買う社員だけが得をする」


「買わない社員はどうする」


正論だった。


隆則も頷く。


「10人分、500万あれば機械が買える」


「設備投資が先だ」


これも正論だった。


しかし重雄は引かなかった。


「皆さん」


「社員は何のために働いていますか」


誰も答えない。


「家族です」


「家です」


「子供です」


静かになる。


「家を持てた」


「子供を育てられた」


「泉町精工のおかげだ」


「そう思えば辞めません」


「そう思えば頑張ります」


信成は腕を組んだままだった。


「感情論だ」


重雄は少し笑った。


「人事ですから」


その瞬間。


隆が口を開いた。


「重雄」


「はい」


「お前なら買うか」


「堀田の実家が無ければ、間違いなく買います」


「五十万あれば決断できます」


隆はしばらく黙った。


そして言った。


「やれ」


信成が顔を上げる。


「社長」


「社員が稼いだ金だ」


「社員に返せ」


会議は終わった。


その後。


重雄は森山礼司と会った。


「助けてください」


森山が笑う。


「うちも苦しいけど」


「十万円で結構です」


「社員を紹介します」


森山は計算した。


十万円値引く。


その代わり何十軒も売れる。


悪い話ではなかった。


「分かりました。やりますわ。」


こうして。


泉町精工補助五十万円。


クラウザー不動産特別値引き十万円。


制度が始まった。


最初に飛びついたのは馬場元だった。


堀田からの通勤。


長かった。


子供も育ってきた。


家が欲しかった。


昭和四十六年。


馬場は泉町団地第一期分譲を購入した。


数年後。


寺田幸生もモデルハウスへ来ていた。


「馬場さん家どこです?」


営業担当が地図を見せる。


「こちらです」


寺田は少し考えた。


「じゃあここ」


二軒隣だった。


「近いですね」


「近い方がいい」


寺田は笑った。


その頃。


石川満も家を建てていた。


休日。


団地には子供達の声が響く。


奥さん達が立ち話をする。


夕方になると。


泉町精工の作業服を着た男達が帰ってくる。


その光景を見ながら。


重雄は歩いていた。


家。


家族。


生活。


人事とは。


人を雇うことではない。


人の人生を支えることだ。


その夜。


隆が言った。


「重雄」


「はい」


「社員は喜んどるか」


「喜んでいます」


隆は窓の外を見た。


灯りが増えていた。


「ならええ」


「儲けた意味があった」


泉町団地。


それは単なる住宅地ではなかった。


石川。


馬場。


寺田。


泉町精工を支えた人間達が暮らす街だった。


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