生産方式
昭和四十四年秋。
泉町精工は好景気の波に乗っていた。
受注は増える一方だった。
工作機械。
搬送設備。
印刷機械。
農業機械。
減速機も歯車も売れた。
営業部長の伊東隆則は毎日のように見積書に判を押していた。
だが。
丈山工場では別の問題が起きていた。
作れないのである。
月例生産会議。
会議室。
製造部長、小橋伸夫。
製造課長、立河三郎。
外注課長、伊東信成。
営業部長、伊東隆則。
各部署の責任者が並んでいた。
空気は重い。
「限界ですな」
立河が言った。
「ボブ盤が足りん」
「人も足りん」
「残業も限界です」
誰も反論しない。
事実だった。
受注は増えている。
だが生産能力が追いつかない。
小橋が腕を組む。
「設備投資か」
「そうなりますな」
立河が答える。
「機械を増やしても人がおらんですが」
会議室が静かになった。
その時だった。
後ろの席から声がした。
「案があります」
習志野毅だった。
平社員。
まだ役職もない。
隣にはリーダーの石川満が座っている。
立河が露骨に嫌そうな顔をした。
「またお前か」
習志野は構わない。
大きなB紙を机の上に広げた。
マジックで描かれた図。
ボブ盤。
作業者。
通路。
矢印。
びっしりだった。
「なんだこれは」
立河が聞く。
習志野は説明を始めた。
「現在は一人一台です」
「段取り」
「工具交換」
「検査」
「脱着」
「全部同じ人がやっています」
全員頷く。
当たり前のやり方だった。
習志野は別の図を指した。
「ボブ盤二十台を向かい合わせに配置します」
会議室が静まる。
「中央通路を設けます」
「段取り担当一人」
「工具交換・検査担当一人」
「脱着担当二人」
「計四人です」
立河が即座に口を開いた。
「馬鹿か」
予想通りだった。
「ボブ盤なめとるのか」
「二十台だぞ」
「職人二人で見るのか」
習志野は石川を見る。
石川が口を開いた。
「段取り時間を短縮します」
立河。
「どれだけだ」
「十五分以内です」
会議室がざわつく。
「無理だ」
「できるわけない」
石川は淡々と言った。
「できます」
「治具を統一しました」
「工具管理も標準化しました」
「手順書も作りました」
「カットトゥカット十五分以内です」
立河は黙る。
石川は嘘を言わない。
現場の人間ほどそれを知っていた。
習志野が続ける。
「人件費は一・五倍程度です」
小橋。
「売上は」
「三倍以上です」
会議室が静まる。
立河が机を叩いた。
「机上の空論だ」
習志野。
「かもしれません」
「だから試してください」
小橋はB紙を見る。
習志野を見る。
石川を見る。
しばらく黙った。
そして言った。
「やれ」
即答だった。
立河が振り向く。
「小橋部長!」
「失敗したら戻す」
「しかし」
「やれ」
小橋は決めた。
最近。
小橋は習志野という男の底が見えなかった。
発想が違う。
見ている場所が違う。
石川が認めている。
なら試す価値がある。
翌週。
丈山工場は大騒ぎになった。
ボブ盤移設。
レイアウト変更。
配線変更。
現場から文句が飛ぶ。
「若造が」
「余計なことを」
「機械は玩具じゃねえぞ」
それでも小橋は止めなかった。
一方。
習志野は総務部へ向かった。
多々良重雄。
帝商高井出身。
人事経験者。
信成の親友。
「人が欲しいんですが。」
「何人必要なんだ習志野君」
「四人です。」
重雄は習志野のメモ書きを見る。
工員ではない。
『給仕、清掃員、雑務担当から4名』
中年女性ばかりだった。
「年配の女性でいいのか」
「むしろいいです」
習志野は即答した。
数日後。
おばちゃん達がボブ盤の前に立っていた。
皆不安そうだった。
「私らにできるかね」
「怖いわ」
「壊したらどうしよう」
そこへ立河に教育係を任された小島誠二がやって来た。
「大丈夫です。」
柔らかく笑う。
「難しくありません」
「本当かね」
「僕でもできるんですから」
おばちゃん達が笑った。
「小島さんと一緒にしたらいかんわ」
工場に笑い声が広がる。
小島誠二は実演した。
「ここへ入れて」
「終わったら抜く」
「分からなかったら呼んでください」
「何回でも教えますから」
おばちゃん達の表情が少し和らいだ。
その時。
多々良重雄が現れた。
「皆さん」
全員が振り向く。
「この仕事ですが」
「給仕や清掃より時給を上げます」
一瞬静まり返る。
「えっ」
「本当に?」
「本当です」
空気が変わった。
「やるわ」
「私も」
「覚える」
「頑張る」
誠二が苦笑する。
「さっきまで怖いって言ってたじゃないですか」
「だって給料違うもん」
大笑いになった。
一ヶ月後。
試験運用終了。
月例生産会議。
資料が配られる。
誰も喋らない。
生産量。
三倍超。
稼働率。
大幅向上。
利益率。
過去最高。
信成は資料を何度も見直した。
「本当か」
経理課。
多々良正が不思議そうに答える。
「間違いないね。」
小橋は笑った。
「やりやがった」
信成も笑う。
立河だけは黙っている。
数字を見る。
また見る。
そして窓の外を見る。
おばちゃん達が働いている。
石川が指示を出している。
習志野が歩いている。
今まで自分達が築いてきたやり方とは違う。
まるで否定されたような気がした。
職人の腕。
経験。
勘。
音。
それらより仕組み。
認めたくなかった。
だが。
数字が全てを語っていた。
「気に食わん」
小橋が笑う。
「そう言うと思った」
立河は資料を閉じた。
「だが」
窓の外を見る。
「会社は強くなる」
それだけだった。
会議後。
信成は二階の窓から工場を眺めていた。
隣には重雄。
ボブ盤が並ぶ。
おばちゃん達が笑いながら働いている。
信成が言った。
「面白いな」
「何がです」
「習志野だ」
しばらく沈黙。
「凄そうなのは分かる」
「だが何が凄いのか説明できん」
重雄が笑った。
「私も。」
信成も笑う。
そして下を指差した。
「でもな」
「あのおばちゃん達」
「誰が選んだ?」
「私ですが。」
「誰がやる気出させた」
重雄は苦笑した。
「時給ですよ。」
信成は頷く。
「さすがだな、シゲ」
重雄が少し照れる。
「習志野君のおかげだから」
信成は首を振った。
「違う」
「習志野は仕組みを作った」
「石川は仕事を作った」
「シゲは人を動かした」
「どれが欠けても失敗だった」
工場ではおばちゃん達の笑い声が響いていた。
泉町精工の黄金期は。
静かに始まっていた。




