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チームプレー

昭和四十二年初夏。


中日本新聞杯社会人軟式野球大会。


三回戦。


泉町精工の相手は愛知病院だった。


試合前。


ベンチ前。


小橋伸夫監督はスコアブックを閉じた。


「愛知病院か」


立河が頷く。


「嫌な相手ですね」


馬場元も苦笑した。


「派手さは無いが強い」


習志野毅はグラウンドの隅で聞いていた。


野球部員ではない。


見学だった。


石川に連れて来られたのである。


習志野は首を傾げた。


「病院なのに強いんですか」


石川が笑う。


「病院だから強いんだ」


「意味分かりません」


「見れば分かる」


またそれだった。


習志野は納得できなかった。


試合が始まった。


泉町精工先発。


仲村健一。


習志野と同期だった。


小柄。


細身。


左腕。


小橋が期待のルーキーと言っていた。


しかし。


初回。


その仲村が崩れた。


四球。


また四球。


ストライクが入らない。


一死一二塁。


愛知病院の四番。


暴投。


ワンバウンド。


だが。


石川が身体で止めた。


ドンッ。


胸に当たる。


痛そうな音が響く。


三塁を狙った走者が飛び出した。


石川が立ち上がる。


二塁へ矢のような送球。


アウト。


歓声。


習志野は驚いた。


送球も凄かった。


だが。


もっと驚いたのは。


石川が怒らなかった事だった。


普通なら怒鳴る。


暴投だ。


失点しかけた。


だが石川は違った。


回が終わると仲村の肩を叩いた。


「気にするな」


仲村は俯いていた。


「すみません」


「謝るな」


「でも」


「球は来とる」


仲村が顔を上げる。


石川は笑った。


「ど真ん中放れ」


「打たれます」


「俺がおる」


石川は外野を指差した。


「バックもおる」


ベンチ横で聞いていた習志野は少し驚いた。


根拠が無い。


精神論に聞こえた。


だが。


仲村は頷いた。


「・・・はい」


その時だった。


仲村がふと横を見る。


習志野が立っていた。


腕を組みながら。


仲村は眉をひそめた。


同期だった。


負けたくない相手だった。


情けない姿を見られたくなかった。


習志野も目を逸らさない。


仲村は立ち上がった。


「抑えます」


石川が笑う。


「最初からそう言え」


四回。


仲村は別人になった。


石川が内角を要求する。


頷く。


投げる。


ズバン。


右打者がのけぞった。


見逃しストライク。


球場がざわつく。


立河が呟いた。


「来たな」


馬場も笑った。


「来たな」


習志野は驚く。


速い。


思った以上だった。


また一球。


内角。


詰まる。


セカンドゴロ。


五回。


六回。


右打者への内角ストレートが決まり始めた。


誰も踏み込めない。


ファウル。


内野ゴロ。


三振。


仲村はどんどん調子を上げていった。


立河が言う。


「元々あいつは凄いんだ」


「そうなんですか」


「那古野電気のエースだからな」


馬場も頷く。


「栄商業完封した事もある」


習志野は少し驚いた。


初回しか見ていなかった。


だから頼りない投手だと思った。


違った。


力はあった。


出せなかっただけだった。


そして。


その力を引き出したのは石川だった。


五回表。


三者凡退。


仲村が戻ってくる。


汗だくだった。


その時。


習志野が声を掛けた。


「仲村」


仲村が振り向く。


「ん?」


習志野は少し照れ臭そうだった。


「頑張れ」


仲村は一瞬だけ驚いた。


だがすぐ笑った。


「おう」


帽子を被り直す。


「まかせろや」


石川がニヤニヤしている。


「仲良しやな」


「違います」


「違います」


二人同時だった。


石川は大笑いした。


六回裏。


試合は一対一。


一死一二塁。


打席には石川。


四番。


愛知病院の下手投げは打ちにくかった。


遅い。


とにかく遅い。


石川は二打席続けてタイミングを外されていた。


初球。


ボール。


二球目。


また遅い。


そして三球目。


石川は突然バットを寝かせた。


コツン。


三塁線。


絶妙だった。


セーフティバント。


投手と三塁手が飛び出す。


石川も全力疾走。


習志野は驚いた。


四番が。


だが。


わずかに間に合わない。


アウト。


しかし。


二塁走者は三塁へ。


一塁走者は二塁へ。


二死二三塁。


ベンチへ戻る石川。


仲村が言う。


「惜しかったですね」


石川は笑った。


「少し欲張った」


その時。


五番馬場。


今日当たっていた。


初球。


快音。


打球は一二塁間を破る。


ライト前。


二者生還。


逆転。


三対一。


ベンチが沸いた。


馬場は二塁上で拳を握る。


石川も嬉しそうだった。


まるで自分が打ったように。


習志野は不思議だった。


なぜだ。


自分で決めた方が格好いい。


自分で決めた方が目立つ。


だが石川は違った。


七回。


愛知病院も粘る。


二死一塁。


強烈な打球。


一二塁間。


抜けた。


誰もが思った。


ヒット。


だが。


二塁手立河が飛び付いた。


届かない。


その後ろ。


遊撃手林が回り込んでいた。


捕球。


二塁送球。


アウト。


チェンジ。


歓声。


習志野は思わず聞いた。


「なんであそこにいたんですか」


林は当然のように答える。


「立河さんが取れなかった時のため」


「でも取れると思ったんじゃ」


林は笑った。


「取れない時を考えるのが仕事だ」


習志野は黙った。


取れない時。


失敗する時。


そんな事を考えた事が無かった。


九回表。


二死三塁。


あと一人。


愛知病院四番。


粘る。


ファール。


またファール。


仲村も苦しい。


石川がミットを叩く。


「来い!」


仲村が頷く。


投げた。


打者が食らい付く。


高いファールフライ。


一塁側。


ベンチ前。


風に流れる。


馬場が走った。


全力だった。


石川も追う。


だが遠い。


馬場は飛び込んだ。


横っ飛び。


身体を投げ出す。


パシッ。


捕球。


そのまま地面を転がる。


審判が右手を上げる。


「アウト!」


試合終了。


泉町精工三回戦突破。


歓声。


仲村は帽子を投げた。


石川は拳を握る。


小橋も珍しく笑っていた。


馬場は肩を押さえながら起き上がる。


「痛ぇ・・・」


石川が笑った。


「格好つけ過ぎです」


「捕ったもん勝ちだ」


試合後。


グラウンド整備が始まる。


習志野は石川の隣を歩いていた。


しばらく無言だった。


やがて石川が聞いた。


「どうだった」


習志野は少し考えた。


そして答えた。


「変でした」


石川が笑う。


「何が」


「みんなです」


「ほう」


「石川さんも」


「馬場さんも」


「仲村も」


石川は黙って聞いている。


習志野は続けた。


「なんで自分で決めようとしないんですか」


石川は少し空を見上げた。


そして言った。


「一人で勝つ野球は無い」


習志野は黙る。


石川は続けた。


「会社も同じだ」


風が吹いた。


グラウンドの土が舞う。


習志野の頭の中に。


石川のノートが浮かんだ。


段取り手順。


改善案。


教育方法。


標準化。


あの時は腹が立った。


自分の技術を盗まれていると思った。


だが。


今なら少し分かる。


俺が速いだけじゃ駄目なんだ。


俺しか出来ないじゃ駄目なんだ。


十人が出来る方が強い。


百人が出来る方がもっと強い。


習志野はグラウンドを見た。


仲村がいる。


石川がいる。


馬場がいる。


誰も一人では勝っていなかった。


その日。


習志野毅は初めて気付いた。


自分が速くなる事と。


会社が速くなる事は。


同じではないという事に。


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