標準化
丈山工場。
朝。
機械が唸っていた。
ボブ盤。
旋盤。
泉町精工は相変わらず忙しい。
その中で。
習志野毅は今日も段取り。
治具交換。
工具交換。
芯出し。
確認。
速い。
とにかく速い。
立河が横を通る。
「また止めとる」
習志野。
「止めてません」
「止まっとるだろ」
「段取り中です」
立河は呆れた。
「同じだ」
習志野は笑う。
「違います」
「段取りは未来への投資です」
立河は眉を上げた。
「誰がそんな事教えた」
「今思いつきました」
立河は諦めた。
本当に変な若造だった。
その日の昼。
習志野は異変に気付く。
検査室の窓からの視線。
石川満がいた。
ノートを開いている。
真剣な顔。
そして。
習志野の作業を見ている。
じっと。
ずっと。
見ている。
気持ち悪い。
習志野。
「何してるんですか」
石川。
「見とる」
「何を」
「お前」
習志野は嫌な予感がした。
翌日。
また見ている。
翌々日。
また見ている。
さらに翌日。
また見ている。
しかも。
何か書いている。
ノートに。
ずっと。
習志野はついに我慢できなくなった。
「石川さん」
「ん?」
「何書いてるんですか」
石川はノートを見せた。
習志野毅。
段取り手順。
①工具配置確認
②次工程治具準備
③レンチ配置
④交換
⑤測定
⑥試運転
さらに細かく続いている。
習志野は固まった。
「・・・」
石川。
「どうした」
習志野。
「何で書いてるんですか」
「忘れるから」
「俺のやり方です」
「そうだな」
「だから、俺のやり方です」
「だからだ」
習志野は顔を赤くした。
自分のやり方を盗まれているようで腹立たしかった。
だが同時に。
誰かに本気で認められているような。
奇妙な誇らしさもあった。
「盗まないで下さい」
石川は少し笑った。
「盗んでるんだ」
即答だった。
習志野。
「は?」
石川。
「だから盗んでる」
習志野。
「何でですか」
石川はノートを閉じた。
「お前速いから」
「知ってます」
即答。
石川は吹き出した。
「全く謙遜せんのか」
「事実です」
「確かにな」
石川は立ち上がった。
「でもな」
「お前しか出来ん」
習志野。
「出来ます」
「このままだと、お前しか出来ん」
習志野は黙った。
確かに。
他の人間は出来ない。
石川。
「それが問題だ」
習志野。
「問題ですか?」
石川は頷く。
「豊臣自動車にいた頃な」
「はい」
「凄い職人がいた」
「はい」
「そいつしか出来ん仕事があった」
習志野は少し得意そうな顔になる。
石川。
「そいつが休んだ」
沈黙。
「ラインが止まった」
習志野の表情が変わる。
石川。
「会社は困った」
「・・・」
「だから全部、やり方を書いた」
「誰でも出来るように」
石川はノートを叩いた。
「こうやってな」
習志野は黙る。
「難しい言い方になるが」
「これを標準化したというのさ」
石川は続けた。
「優秀な奴は必要だ」
「はい」
「だが会社は天才一人で動かん」
習志野は少し不満そうだった。
石川。
「十人が出来る方が強い」
「・・・」
「百人が出来たらもっと強い」
習志野はノートを見る。
石川は本気だった。
自分の手柄にする気はない。
出世のためでもない。
ただ。
会社を強くしたい。
それだけだった。
その日の帰り。
習志野は一人で考えていた。
俺が速い。
それは事実。
だが。
俺しか出来ない。
それも事実だった。
工場の奥。
石川はノートを書いていた。
習志野段取り手順。
改訂第一版。
さらに書き加える。
改善案。
教育方法。
注意点。
まるで教科書だった。
石川満。
元豊臣自動車。
彼は知っていた。
四番打者は育つ。
天才も育つ。
だが。
強いチームを作るのは。
誰でも同じように出来る仕組みだった。
だから書く。
忘れないためではない。
伝えるために。
この時まだ。
習志野毅は知らない。
石川満も知らない。
この一冊のノートが。
後に泉町精工の工場を変え。
数千人の働き方を変え。
「泉町生産方式」
と呼ばれる仕組みの原点になることを。




