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段取り

昭和四十二年夏


丈山工場。


朝。


工場には機械の音が響いていた。


ボブ盤。


旋盤。


フライス盤。


歯車が次々と作られていく。


泉町精工は忙しかった。


仕事はいくらでもあった。


作れば売れた。


だから皆、機械を止めないことに必死だった。


そんな中だった。


若い作業員が立河三郎の所へやってきた。


「課長」


立河は図面から顔を上げた。


「何だ」


「習志野なんですけど」


立河は嫌な予感がした。


「また何かやったか」


「朝から機械止めてます」


「故障か」


「違います」


「ずっと治具いじってます」


立河はため息をついた。


またか。


最近よく聞く話だった。


那古野工業高校卒。


入社一年目。


習志野毅。


仕事はできる。


真面目でもある。


だが妙だった。


加工している姿より、


機械を止めている姿の方がよく見かける。


立河は腰を上げた。


「どこだ」


「ボブ盤です」


「行くか」




ボブ盤の前。


習志野はしゃがみ込んでいた。


機械は止まっている。


足元には工具。


レンチ。


治具。


図面。


本人は真剣だった。


まるで宝物でも眺めているようだった。


立河は声をかけた。


「おい」


返事がない。


「おい!」


習志野が振り向いた。


「あっ」


「立河課長」


「何やっとる」


「段取りです」


立河は頭を抱えた。


「仕事しろ」


「してます」


「加工だ」


「今段取りしてます」


元気だった。


悪びれる様子は全くない。


立河は機械を見る。


昨日も止まっていた。


一昨日も止まっていた。


その前もだ。


習志野は加工している姿より、


段取りしている姿の方がよく見る。


「お前な」


「なんでそんな段取りばっかりやっとる」


習志野は不思議そうな顔をした。


「面白いからです」


立河は固まった。


「は?」


習志野。


「面白いじゃないですか」


真顔だった。




習志野はメモ帳を見せた。


細かい数字が並んでいる。


治具交換。


工具交換。


締付確認。


工具取り出し。


全て秒単位だった。


立河は眉をひそめた。


「何だこれ」


「計りました」


「何を」


「全部です」


平然としている。


習志野は指で数字をなぞった。


「昨日十五分だったんです」


「何が」


「段取り」


「今日十二分です」


嬉しそうだった。


立河。


「だから何だ」


習志野。


「三分縮まりました」


「だから何だ」


「嬉しいです」


立河は天を仰いだ。


意味が分からない。




習志野は治具を持ち上げた。


「ここをこうして」


「工具を先に並べて」


「レンチも順番に置いて」


「次の仕事も準備して」


「まだ短縮できます」


「あと二分」


目が輝いていた。


立河は思った。


こいつは歯車より段取りを見ている。


加工屋としては妙だった。


普通は違う。


切削音。


切粉。


歯面。


精度。


そういうものに夢中になる。


だが習志野は違う。


機械が止まっている時間ばかり見ている。




立河。


「お前加工好きじゃないのか」


習志野。


「好きですよ」


少し考える。


「でも段取りの方が好きです」


即答だった。


立河はため息をついた。


変な若造だった。




昼休み。


食堂。


習志野は弁当を食べながら図面を見ていた。


仕事の図面ではない。


手書きの段取り表だった。


「この順番変えれば・・・」


「いや」


「こっちか」


鉛筆で何度も線を引いている。


そこへ小橋伸夫がやって来た。


「何見とる」


習志野。


「段取りです」


「飯食え」


「食べてます」


「段取りばっかり考えとるな」


習志野は首を傾げた。


「駄目ですか?」


小橋は答えに困った。


駄目ではない。


だが普通ではない。


「加工考えろ」


習志野。


「加工は機械がやります」


小橋。


「お前がやるんだ」


習志野。


「機械の方が上手です」


小橋は吹き出した。


「確かにな」




その日の夕方。


作業日報。


立河が眺める。


機械停止時間。


習志野担当機。


異様に短い。


生産量も多い。


不良も少ない。


数字だけ見れば優秀だった。


むしろ一番良い。


立河は腕を組んだ。


「・・・」


どうにも納得できない。


機械を止めてばかりいる。


なのに数字は良い。


理屈は分かる。


だが感覚が追いつかない。




工場の隅。


習志野はもう次の段取りを考えていた。


明日の仕事。


次の治具。


工具の配置。


交換順序。


誰も頼んでいない。


誰も命令していない。


ただ。


好きだからやっている。


立河はその姿を見た。


そして呟いた。


「変な若造だな」




その頃。


検査室。


石川満は実績表を見ていた。


習志野毅。


停止時間。


段取り時間。


生産量。


石川は数字を何度も見返した。


そして静かに笑った。


「面白いな」


誰にも聞こえない声だった。



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