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盲点

昭和四十一年春。


減速機開発計画。


泉町精工で正式に動き始めた。


発案者は伊東隆則。


設計責任者は伊東信成。


社内初の、完成品への挑戦だった。


信成は燃えていた。


大学で学んだ知識。


歯車理論。


強度計算。


軸受選定。


潤滑。


振動解析——。


教授に「さすが歯車屋の息子」


と褒められただけのことはあると


自負していた。


夏前、設計図面が完成した。


問題はケースだった。


軸受ハウジングの同心度。


フランジ面の垂直度。


基準面の平行度。


理論上、0.02mm以内に


抑えなければ異音と振動の原因になる。


小橋が図面を睨みながら言った。


「これは……厳しいぞ」


「当然です」


信成は即答した。


「軸が少しでもずれれば、回転するたびに鳴きます」


しかし加工現場は渋い顔をした。


「課長、これ一個作るのにどれだけ時間かかりますか」


「量産考えたら……正直、採算合うんでしようか?」


多々良正の試算も厳しかった。


市場の同等品と比べて


コストが同等かやや高い。


性能差も、まだ明確ではない。



それでも信成は引かなかった。


「とにかく一台、削り出しで作ります。」


「型は後回しです」


現場総動員。


小橋、立河、手の空いた者たちも協力した。


完成した試作品は、見た目は悪くなかった。



試験室。


信成がスイッチを入れる。


モーターが回る。


減速機が静かに動き始めた。


「静かだな」


小橋が頷く。


立河も珍しく笑みを浮かべた。



十分ほど経過した頃——


ウィーン……


小さな異音が聞こえ始めた。


やがて。


ギャァァ……


耳障りな金属音が試験室に響いた。


停止。


分解。


測定。


軸受穴の平行度。


歯当たり。


バックラッシュ。


すべて規格内。


異常なし。


再組立。


再運転。


最初は静か。


しかし時間とともに再び異音が発生する。


信成は顔色を変えた。


「なぜだ……」


計算は正しい。


図面も正しい。


測定結果も正しい。


なのに、鳴く。



それから数週間。


信成はほとんど試験室に籠もった。


理論値を度外視し、遊びを増やした試作機を作った。


音が出なかった。


しかし、逆転時の衝撃が大きくなる。


明らかに耐久性が致命的に落ちていた。


やはり、理論は正しい。


現場の加工も可能な限り忠実だった。


それでも、現実は違った。



深夜の試験室。


信成は回り続ける減速機を眺めていた。


静かに回る。


そして再びあの嫌な音を立てる。


信成は頭を抱え、静かに呟いた。


「……分からない」



その頃、営業部長室。


伊東隆則は古びた名刺を眺めていた。


クラウザー工業 橋本登。


クラウザーで設計のエースと呼ばれた男だった。


腕は一流。


だが、人望はなかった。


自分の功績は十倍に語り、


他人の功績は自分の手柄にした。


そんな噂が絶えなかった。


社内での評価に不満を抱き、


クラウザーを去った男。


隆則は小さく息を吐き、独り言のように言った。


「頼むしかないか..…」


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