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信伸コンビ

昭和四十年十月。


内山工業の事務所。


応接机を挟み、


内山義雄。


伊東信成。


そして小橋伸夫。


三人が向かい合っていた。



内山が煙草を揉み消した。


「小橋っちゃん」


低い声だった。


「昨日の話は聞いたか」


小橋は頷く。


「聞いた」


「なら話は早い」


内山は信成を指差した。


「信ちゃんを止めてくれ」


事務所が静まり返る。


信成は無表情だった。



「単価を下げろだの」


「品質がどうだの」


「納期がどうだの」


「好き勝手言いやがって」



「俺たちは隆さんの代からやっとるんだぞ」


「伊勢湾台風の時も」


「仕事が無い時も」


「泉町を支えてきたんだ」


小橋は黙って聞いていた。


内山は続ける。


「信ちゃんは若い」


「分からんでもない」


「だが小橋っちゃん」


「あんたまで何考えとる」


長い沈黙。


小橋は煙草に火を付けた。


そして静かに言った。


「信成」


「はい」


「査定表出せ」


内山の顔色が変わった。


信成が鞄から紙を出す。


内山工業


旋盤加工


現行単価 一二〇円


単価 九八円


内山は目を疑った。


「なんだこれは」


「単価見直し結果です」


「二十二円下げろだと?」


「はい」


「ふざけるな!」


机を叩く。


「できるか!」


「できます」


「何を根拠に!」


信成は紙をめくる。



加工時間。


段取り時間。


材料費。


工具費。


設備の減価償却。


管理費


全部計算してあった。


内山の顔が歪む。


「そんなもん机の上の計算だ!」


「現場を知らん奴の計算だ!」


信成は冷静に。


「現場を見ました」


「加工も見ました」


「段取りも見ました」


「工具交換も確認しました」


「その上で九八円です」


内山は絶句した。


そこまで見られていたとは思わなかった。


そして横を見る。


「小橋っちゃん」


最後の望みだった。


「あんたはどう思う」


小橋は単価査定表を見た。


しばらく黙る。


そして。


「九八円でも高いな」


事務所が凍り付いた。


内山は立ち上がった。


「小橋っちゃんまでそう言うのか!」


小橋は表情を変えない。


「俺も見てきた」


「妥当だ」


「嫌なら他所へ出す」


内山は拳を握りしめた。


「帰れ!」


「二人とも帰れ!」


「もう来るな!」


小橋は立ち上がった。


信成も立つ。


帰り際。


小橋が振り返った。


「内山さん」


「なんだ」


「怒るのはいい」


「だが考えてくれ」


「泉町が潰れたら、内山工業も終わる」


内山は何も言えなかった。


その日の夕方。


外注課。


信成の机には封筒が積まれていた。


倉持産業


東那古野鉄工所


元山機工


鈴谷製作所


中島鉄工


山口工作所


すべて単価見直し査定表。


すべて単価改定通知。


外注課の山村が聞いた。


「課長」


「何ですか」


「本当に全部やるんですか」


信成は封筒へ判を押した。


「やります」


「でも・・・」


「内山工業だけでは意味がありません」


山村は黙った。


信成は続ける。


「例外を作れば制度は死にます」


さらに判を押す。


伊東信成。


赤い印鑑。


その上に。


製造部長


小橋伸夫


赤い印鑑。


山村は思わず言った。


「小橋部長も全部見てるんですか」


「全部です」


「・・・」


「私一人ではできません」


その言葉に迷いはなかった。



数日後。


倉持産業。


封筒が届く。


倉持社長が開封する。


見直し単価。


現行より一割安い。


「なんだこれは」


怒鳴る。


そして下を見る。


伊東信成。


さらにその上。


小橋伸夫。


倉持は固まった。


「おい・・・」


事務員。


「はい」


「小橋さんの判もあるぞ」


顔色が変わる。



同じ頃。


東那古野鉄工所


元山機工。


鈴谷製作所。


同じ反応だった。


「本気だ」


「信ちゃんだけじゃない」


「小橋っちゃんもだ」


泉町精工の協力工場じゅうに衝撃が走った。



数週間後


スナック堀川。


堀田駅近く。


ママが水割りを置く。


「あれ?内山ちゃん」


「なんだ」


「今日は伊東ちゃん居ないのね」


倉持が笑う。


「忙しいんだろ」



「隆則ちゃんも来ないし」



「隆則は営業だでな」



「そうそう。背の高い男前の」



「内山さん、隆則ちゃんは相変わらず人気あるな」


三人が少し笑う。


だが内山はすぐ顔をしかめる。


「問題はもう一人だ」


ママ


「もう一人?」


「次男だ」


「信成」


ママは首を傾げる。


「誰?」


倉持が苦笑した。


「知らんか」


「工場ばっかりおるからなあ」


「滅多に飲みにも来ん」


ママ


「へえ」



「あんなやつ、来なくていい」


「来たら店の酒が不味くなる」


倉持が吹き出す。


ママ


「そんな子なの?」


内山


「工場から出ないから色白でな、ブクブク太りやがって」


「白ブタだよ、あいつは」


ママ


「何それ」


倉持


「最近付いたあだ名だ」


ママ


「かわいそうじゃない」


「かわいそうなもんか」


「うちの単価を二割下げろ言うんだぞ」


ママ


「えっ」


倉持


「うちもだ」


「元山も」


「鈴谷も」


「東那古野も」


ママの顔色が変わる。


「そんなに?」


内山が酒を飲む。


「しかもな」


「信ちゃんだけじゃない」


「小橋っちゃんまで付いとる」


ママ


「小橋さんが?」


内山


「そうだ」


「だから腹が立つ」


ここでママも事の大きさを理解する。


内山は続けた。


「信ちゃんだけなら暴走だ」


「小橋っちゃんが乗ったら会社の方針だ」


「そういうことだな」


しばらく沈黙。


「しかしなあ」


「何であそこまで似た者同士になった」


言いながら倉持が苦笑した。


「知らん」


「どっちも容赦が無い」


「どっちも引かん」


「どっちも嫌われるのを怖がらん」


「確かにな」


「もう信ちゃんと小橋っちゃんじゃない」


内山がグラスを置く。


「信伸コンビだ」


一瞬静まる。


「信伸コンビ・・・か」


倉持が頷く。


「そうだ」


「二人まとめてだ」


倉持が吹き出す。


「言い得て妙だな」


ママ


「でも伊東ちゃん知っとるの?」


内山


「おそらく、知っとる」


倉持


「むしろ全部知っとる」


ママ


「怒らんの?」


内山


「怒らん」


倉持


「そこがまた腹立つんだ」


沈黙。


内山がグラスを置く。


「来月の泉会だ」


倉持が頷く。


「忘年会ではっきり言う」


「会長としてな」


内山


「俺も言う」


「信ちゃんにも」


「小橋っちゃんにも」


「伊東ちゃん、いや社長の前でな」


内山はグラスの氷を回した。


「ほんと腹が立つ」


倉持も頷く。


「立つな」


しばらく沈黙。


やがて内山が小さく笑った。


「だがな」


「なんだ」


「あいつらの言うことも間違っとらんかもしれんが」


誰も返事をしなかった。


カラン。


氷が鳴った。


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