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専用機

その夜。



信成は眠れなかった。


布団に入っても、昼間の話が頭から離れない。


段取り替えは本国申請。


技術者派遣。


有償。


町工場には理解し難い仕組みだった。


天井を見つめながら考える。


なぜそんな面倒な機械を作ったのか。


アメリカ人は馬鹿ではない。


むしろ逆だ。


あれだけ巨大な会社が採用している以上、理由があるはずだった。


だが答えは出ない。


夜が明けた。


翌朝。


信成は誰もいない事務所で資料を広げた。


タキヤ工業。


月産一万個。


来年増産。


再来年増産。


数字を見つめる。


何度も見た数字だった。


だが、その朝だけは違った。


鉛筆の先が止まる。


「あれ……」


小さく呟く。


もう一度見る。


月産一万個。


来年増産。


再来年増産。


信成は椅子にもたれた。


そして気付いた。


「段取り替えるのか?」


しばらく考える。


だが答えはすぐ出た。


「いや」


「替えないな」


思わず笑った。


そういうことだった。


段取り替えをする前提で考えていた。


だがタキヤの数量は違う。


あのグリムゾンは一種類の歯車だけを何年も削り続けるための機械なのだ。


だから段取り替えが存在しない。


だから本国申請なのだ。


信成は立ち上がった。


窓の外には据付を終えたグリムゾンが並んでいた。


昨日とは違って見えた。


その日の朝。


事務所。


小橋は相変わらず難しい顔をしていた。


「なあ」


「どうすりゃいいんだ」


立河も腕を組んでいる。


信成は席についた。


「何がです」


小橋が顔を上げる。


「段取りだ」


信成は首を傾げた。


「段取り替えって必要ですか」


事務所が静かになる。


小橋が眉をひそめた。


「何だそりゃ」


信成は資料を開いた。


「タキヤ向けです」


「月産一万個です」


「来年増産」


「再来年増産」


誰も喋らない。


「これ」


「段取り替える暇ありますか」


立河が資料を見る。


小橋も見る。


しばらくして立河が呟いた。


「あ……」


小橋も気付いた。


「そうか」


信成は続けた。


「この機械は専用機なんです」


「最初からそのつもりで作られてる」


「だから段取り替えなんて考えてない」


事務所の空気が一気に軽くなった。


小橋は大きく息を吐いた。


「なんだ」


「昨日の悩みは何だったんだ」


立河も苦笑した。


「町工場の考え方で見てたな」


その時だった。


関久志が資料をめくった。


「皆様、その認識で結構です」


小橋が笑う。


「ようやく安心できるな」


しかし関は続けた。


「ただし」


全員が顔を上げた。


「工具管理は別問題です」


再び静かになる。


関は図面を広げた。


「スパイラルベベル用カッターは専用品になります」


「平歯車とは考え方が違います」


立河が口を開いた。


「待て」


「平歯車ならモジュールが同じならボブは共通だぞ」


「スパイラルは違うのか」


「違います」


関は即答した。


「歯数も違います」


「組み合わせる相手歯車も違います」


「事実上、その歯車専用工具になります」


立河が鼻を鳴らした。


「面倒くせえな」


関は苦笑した。


「さらに工具は消耗品です」


「条件にもよりますが、ピニオンで八十個前後」


「ギアで四十個前後で再研磨になります」


小橋が顔をしかめた。


「そんなに短いのか」


「ですからスペアが必要です」


「かなりの本数になります」


誰も喋らなかった。


関は慣れた様子で続ける。


「ご安心ください」


「工具管理」


「工具研磨」


「工具供給」


「その全ては当社が責任を持って引き受けます」


「泉町精工様は生産に専念してください」


会議はそこで終わった。


夕方。


関が帰った後。


事務所には静かな空気が流れていた。


小橋は煙草に火をつける。


立河も煙草を取り出した。


しばらく黙っていたが、やがて立河が鼻で笑った。


「機械で儲けて」


誰も何も言わない。


「工具で儲けて」


煙がゆっくり天井へ昇る。


「工具研磨で儲けて」


立河は窓の外のグリムゾンを見た。


そして呟いた。


「やりたい放題やな、あの野郎」


小橋が苦笑した。


「商売だからな」


多々良も笑った。


石川もつられて笑った。


だが。


信成だけは笑わなかった。


機械で儲けて。


工具で儲けて。


工具研磨で儲けて。


立河の言葉が、なぜか耳から離れなかった。


窓の外ではグリムゾンが夕陽を浴びていた。


信成は黙ってそれを見つめていた。


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