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注文書

朝から、

事務所の空気は重かった。


大村商会の関久志が、

分厚い封筒を机へ置く。


「グリムゾン四台分の正式見積です」


誰もすぐには開かなかった。


やがて多々良正が、

静かに封を切る。


事務所の全員が、

無意識に数字を覗き込む。


概算で3200万。

4台まとめて買うんだ。

多少安くしてもらえるだろう。


誰もがどこかで、

そう思っていた。


だが。


多々良の手が止まる。


三千二百万。


事務所の空気が固まった。


隆則が呻く。


「……そのまま出してきたか」


関が苦笑いする。


「正直、

もっと上がる予定でした」


誰も喋らない。


「向こうさん、

アメリカの物価上昇で

もっと上げろと言ってきまして」


関は見積書へ手を置いた。


「……なんとか、

ここまで抑えました」


信成は黙ったまま、

見積書の品名欄を見つめていた。


『タキヤ工業向け

グリムゾン製

スパイラルベベルギア加工機』


その文字だけが、

異様に重かった。


小橋が煙草へ火をつける。


信成が低く言う。


「来とるんだわ」


「時代が」


隆則だけは、

露骨に機嫌が悪かった。


三千二百万。


その数字から、

目を離さない。


多々良が帳簿を閉じる。


「信ちゃん」


静かな声だった。


「機械は夢を見せる」


「だが払うのは現実の金だ」


関は居心地悪そうに、

背筋を伸ばした。




長い沈黙だった。


やがて多々良が、

ゆっくり万年筆を取る。


誰も喋らない。


見積書の横へ、

注文書を書き始めた。


関が目を丸くする。


隆則まで黙った。


事務所には、

万年筆の音だけが響く。


やがて多々良は、

書いた注文書を関の前へ滑らせた。


『三千万円』


関の表情が変わる。


多々良が静かに言う。


「関さん」


「うちは買う気でいる」


「だから、

そっちも腹を決めてくれ」


関は注文書を見つめたまま、

動かなかった。


小橋が煙草の煙を吐く。


多々良は表情を変えない。



関がようやく口を開く。


「……少し電話借ります」


廊下へ出る。


事務所には、

時計の音だけが残った。


数分後。


戻ってきた関は、

困ったように笑った。


「社長も専務も、

つかまりません」


誰も喋らない。


関はしばらく黙り込む。


やがて深く息を吐いた。


「……三千百万円」


空気が止まる。


関は続けた。


「社長だけじゃありません」


「グリムゾン本社にも、

私から掛け合ってみます」


多々良が初めて顔を上げた。


「そこまでやるかね」


関は苦笑いした。


「その代わりです」


「次へ繋がる取引にしたい」


信成が関を見る。


関は机の図面へ目を落とした。


「日本でスパイラルベベルやる会社、

まだほとんどありません」


「でも、

これから必ず増えます」


そして小さく笑う。


「その時、

またグリムゾンを

入れて頂きたい」


小橋が煙草を咥え直した。


「商売人だなぁ」


関は少し頭を下げる。


「機械屋ですから」



注文請書が、

机へ置かれた。


三千百万円。


関の額には、

うっすら汗が浮いている。


隆は黙ったまま、

請書を見つめていた。


やがて、

ゆっくり判子を持つ。


誰も動かない。


朱肉の音だけが響く。


そして。


判子が押された。


関が深く頭を下げる。


「ありがとうございます」


多々良は請書を受け取り、

内容をゆっくり確認した。


三千百万円。


やがて小さく頷く。


「結構です」


関が深く息を吐いた。


完全に汗をかいていた。


隆則だけは、

苦虫を噛み潰したような顔をしている。


多々良は請書を封筒へ戻す。


そして。


信成と小橋へ、

誰にも見えないように

小さくウインクした。

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