悪夢
平成二十三年、春。
午前二時を過ぎていた。
伊東信裕は、深い眠りの中にいた。
夢を見ていた。
そこは、見渡す限りの広い倉庫だった。
いや――倉庫なのか、工場なのか。
判然としない。
ただ、そこには大量の段ボール箱が積み上げられていた。
何段も。
何列も。
まるで山のように。
箱には、すべて同じ文字が印刷されている。
――IZUMIMACHI。
信裕は、その山を見上げていた。
どこまで続いているのか分からない。
そのときだった。
目の前に、見知らぬ男が立った。
スーツ姿。
中国人だろうか。
中国の商社の人間のようにも見える。
男は信裕を睨みつけた。
そして、指を差した。
「お前のせいだ」
信裕は息を呑んだ。
「……え?」
男の背後に、人影が現れた。
征広。
北沢。
父、信成。
習志野専務。
兵藤課長。
芝係長。
一人、また一人と現れる。
そして全員が、信裕を指差した。
「お前のせいだ」
「お前のせいだ」
「お前のせいだ」
声が重なっていく。
「お前のせいだ」
「お前のせいだ」
「お前のせいだ!」
段ボールの山が、また高くなる。
IZUMIMACHI。
IZUMIMACHI。
IZUMIMACHI。
視界いっぱいに、その文字が広がっていく。
人影が近づいてくる。
信裕は後ずさった。
しかし、足が動かない。
「違う……」
声が出ない。
「俺じゃない……」
人影が迫る。
「やめろ!」
叫んだ。
「やめてくれ!」
――そこで、目が覚めた。
信裕はベッドの上で上半身を起こしていた。
全身、汗で濡れている。
激しく息をしている。
胸に手を当てた。
心臓が、まだ夢の中にいるように激しく鼓動していた。
暗い部屋。
隣では妻が眠っている。
信裕はしばらく動けなかった。
やがて、ゆっくりとベッドを降りる。
水を飲もうと思った。
寝室を出る。
廊下を歩き、リビングへ入った。
電気は点いていた。
「……?」
信裕は足を止めた。
そこに、父がいた。
伊東信成。
机の上には新聞と、何冊かの資料。
信成は眠っていなかった。
「父さん……」
信成が顔を上げる。
「どうした、信裕」
「……いや」
信裕は言葉を濁した。
まさか、夢を見たとは言えない。
信成は息子の顔をじっと見た。
そして、静かに言った。
「心配するな、信裕」
その声を聞いた瞬間。
夢の中の声が、信裕の頭の中で蘇った。
――お前のせいだ。
信裕は、思わず目を伏せた。
信成は、それに気づいた様子もなく続けた。
「会社は、俺が立て直す」
「……」
「心配するな」
信裕は黙っていた。
父の言葉なら、安心するはずだった。
昔からそうだった。
会社が苦しいとき。
何か問題が起きたとき。
父はいつも、最後には道を見つけてきた。
それなのに――。
今夜だけは、その言葉が妙に重かった。
信成は机の上の資料に目を落とした。
しばらくして、ぽつりと言った。
「……タキヤに頼む」
信裕は顔を上げた。
「タキヤ……?」
信成は答えなかった。
ただ、資料を閉じた。
信裕は父の横顔を見つめていた。
胸の奥に、言いようのない不安が残っていた。
――タキヤに頼む。
その言葉だけが、いつまでも耳に残っていた。




