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リセ:ット  作者: 矢部夏 泡太


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9/12

18:00 第四章 【謎の男】中編

電車に揺られていた。


夕方の車内は空いている。


部活帰りの高校生。


買い物帰りの主婦。


眠そうなサラリーマン。


誰もが普通の日常を生きていた。


勇気は窓の外を眺めている。


流れていく景色。


マンション。


コンビニ。


工場。


河川敷。


どこにでもある風景だ。


しかし今日は違って見えた。


いや。


自分が変わったのかもしれない。


ふと勇気が呟く。


「俺らさ」


美咲が顔を向ける。


「もし本当に自殺してたら」


窓の向こうを見たまま続ける。


「こんな景色見ることもなかったんだな」


美咲は少し考えた。


そして小さく笑う。


「そうだね」


それ以上は言わなかった。


ただ勇気の肩に頭を預ける。


電車は揺れ続けた。


二人とも黙っていた。


沈黙は苦しくなかった。


むしろ心地よかった。


今は言葉よりも。


隣に誰かがいることの方が大事だった。



17:03


目的の駅に着く。


改札を抜ける。


古びた駅だった。


駅前の商店街は半分以上シャッターが閉まっている。


昔は栄えていたのだろう。


今は人通りも少ない。


まるで時代に置いていかれた街だった。


住所を頼りに歩く。


十分ほど歩いた頃。


目当てのアパートが見えた。


二階建て。


外壁は色褪せている。


階段には錆が浮いている。


郵便受けにはチラシが大量に刺さったまま。


誰も管理していないような建物だった。


「ここ・・・?」


美咲が呟く。


勇気も同じことを思っていた。


死について知っている人物。


もっと特別な場所を想像していた。


だが目の前にあるのは。


ただのボロアパートだった。


二人は階段を上る。


ギィ・・・


嫌な音が響く。


二〇三号室。


表札はない。


勇気は深呼吸した。


怖かった。


何度も死んだ。


何人も死んだ。


それでも。


この扉の向こうを見るのが怖かった。


そんな勇気を横目に。


美咲がインターホンを押した。


ピンポーン。


数秒の沈黙。


そして。


「入れ」


電話で聞いた声だった。


低く。


少し掠れている。


勇気はドアノブに手をかけた。


鍵は開いていた。


ゆっくりと扉を開ける。


部屋の中にはタバコと酒の臭いが充満していた。


六畳一間。


散乱したコンビニ弁当。


積み上がった空き缶。


洗われていない食器。


まるで時間が止まったような部屋だった。


その中央。


畳の上に一人の男が座っていた。


無精髭。


伸びた髪。


だらしないTシャツ。


太った体。


どこにでもいそうな中年男。


だが。


勇気の呼吸が止まる。


見覚えがあった。


あの動画だ。


最初に見た。


首吊り動画。


死からの逃れ方。


そこに映っていた男だった。


男は勇気を見て笑った。


「おぉ」


そして立ち上がる。


「やっと来たか」


勇気は睨みつける。


「お前・・・」


男は押し入れから座布団を二枚引っ張り出した。


「まぁ座れや」


美咲を見る。


「ねーちゃんは美咲ちゃんやな」


美咲が固まる。


名前を言っていない。


男は当然のように続ける。


「勇気も大きなったなぁ」


勇気の眉が動く。


「なんで俺たちの名前知ってる」


男はタバコに火をつけた。


煙が部屋に広がる。


そして言う。


「まず聞こうか」


男はニヤリと笑った。


「お前ら何周目や?」


勇気の背筋が凍る。


何周目。


その言葉を知っている。


この男も。


自分たちと同じだ。


勇気はゆっくり答えた。


「十周目・・・くらい」


男は大声で笑った。


「がはははは!!」


腹を抱える。


「まだまだやなぁ」


そして煙を吐く。


「俺はな」


「今、1546周目や」


部屋の空気が止まった。


美咲が思わず立ち上がる。


「せ・・・千五百・・・?」


男は笑う。


「正確には数えるのやめたからもっとかもしれん」


そう言って。


どこか寂しそうに窓の外を見た。


「長かったわ」


勇気は男を睨む。


「お前・・・何者なんだ」


男はしばらく黙る。


タバコの煙だけが揺れる。


そして。


静かに口を開いた。


「俺か?」


男は笑った。


だがその笑顔は。


どこか悲しかった。





「俺はな」







「お前の父親や」








勇気の思考が止まった。


男は煙を吐く。


部屋の時計の音だけが聞こえる。


カチ。


カチ。


カチ。


冗談だと思った。


悪趣味な。


最低の。


冗談だと。


「・・・は?」


それしか出なかった。


男は立ち上がる。


押し入れを開ける。


古びたアルバムを取り出した。


畳の上に置く。


「見てみ」


勇気は動かなかった。


美咲が恐る恐るアルバムを開く。


そして。


息を呑んだ。


そこには。


幼い勇気がいた。


二歳くらいだろうか。


公園で笑っている。


ブランコに乗っている。


若い母親に抱きかかえられている。


そして。


その隣には。


今目の前にいる男が写っていた。


勇気はアルバムを奪うように手に取る。


ページをめくる。


また自分。


また母。


また男。


知らない写真ばかりなのに。


全部本物だった。


捏造じゃない。


分かる。


写真の中の母親の笑顔が。


自分の記憶の中の母親と同じだったから。


勇気はアルバムを閉じた。


そして男を睨みつける。


「だから何だよ」


男は黙る。


「だから何なんだよ!!」


勇気が立ち上がる。


声が響く。


「今さら出てきて父親面してんじゃねぇよ!!」


畳を蹴る。


空き缶が転がる。


「何年だと思ってんだよ!!」


「二十年だぞ!!」


「どこにいたんだよ!!」


「何してたんだよ!!」


「なんで一回も会いに来なかったんだよ!!」


息が荒くなる。


止まらない。


母が死んだ。


信人も死んだ。


全部溜まっていた。


怒りの矛先を探していた。


そして今。


目の前にいた。


ぶつける相手が。


男は黙って聞いていた。


一度も遮らない。


勇気が叫び終わるまで。


ずっと。


そして。


「すまん」


一言だけだった。


勇気は笑った。


乾いた笑いだった。


「すまん?」


「それだけか?」


男は視線を落とした。


「それしか言えん」


勇気は殴りかかろうとした。


だが。


次の言葉で止まった。


「母さん元気か?」


勇気の身体が固まる。


男は顔を上げる。


「元気にしてるか?」


過去形ではなかった。


現在の話として聞いている。


つまり。


知らないのだ。


勇気はゆっくり答える。


「死んだよ」


男の顔から笑みが消える。


「・・・そうか」


「俺が殺した」


部屋が静かになる。


美咲が顔を伏せる。


勇気は続ける。


「通り魔が来た」


「爆発が起きた」


「助けられた」


「でも助けなかった」


勇気の声が震える。


「俺が殺したんだよ」


男は黙っていた。


責めない。


驚かない。


ただ静かに聞いている。


その態度が逆に腹立たしかった。


「なんか言えよ!!」


勇気が怒鳴る。


「俺は母親殺したんだぞ!!」


男は煙草を灰皿に押し付けた。


ジュッという音。


そして言う。


「知っとる」


勇気が止まる。


「・・・は?」


「知っとる」


男は勇気を見る。


真っ直ぐ。


逃げずに。


「過去のお前から聞いた」


勇気の顔が強張る。


「何回もな」


沈黙。


美咲が口を開く。


「何回も・・・?」


男は頷く。


「そうや」


そして笑う。


疲れたような笑いだった。


「お前らだけやない」


「俺もこの連鎖の中におる」


勇気は座り直した。


意味が分からない。


男は続ける。


「お前ら何周目やった?」


「十周目くらい」


「そうか」


男は笑う。


「俺はな」


煙草に火をつける。


「千五百四十六周目や」


その言葉に。


勇気も美咲も何も言えなかった。


千五百四十六。


想像もできない数字。


自分たちは十回死んだだけで壊れそうだった。


その百倍以上。


いや。


もっとだ。


男は窓の外を見る。


夕日が差し込んでいる。


「最初は俺も数えとった」


「百周くらいまではな」


「そのあと面倒になった」


笑う。


だが目は笑っていない。


「気づいたら千超えてたわ」


その姿を見て。


勇気は初めて思った。


この男は。


父親とか関係なく。


とてつもなく長い地獄を生きてきたのだと。


男は煙を吐く。


そして二人を見る。


「さて」


「そろそろ本題いこか」


部屋の空気が変わる。


勇気も美咲も自然と姿勢を正した。


男は言う。


「まず教えたる」


「お前らが今いる場所が何なのかをな」


男は新しい煙草に火をつけた。


火をつける手つきが妙に慣れている。


何千回も同じ動作を繰り返してきたように。


勇気はふと思った。


この男は本当に千五百回以上ここにいるのかもしれない。


男は煙を吐く。


そして静かに話し始めた。


「まず勘違いしとることがある」


勇気と美咲は黙って聞く。


「お前らは死んどらん」


勇気が眉をひそめる。


「は?」


「正確にはな」


男は指で机をトントン叩く。


「死にかけとる」


部屋が静かになる。


「現実のお前らは今、生と死の間におる」


「植物状態みたいなもんや」


「心臓は動いとる」


「脳も完全には死んどらん」


「せやけど目は覚めん」


美咲が口を開く。


「じゃあ・・・」


「ここは何なんですか」


男は少し考える。


そして笑った。


「分からん」


勇気が呆れる。


「分からねぇのかよ」


「分からん」


男は即答した。


「俺も千五百回以上ここにおるけど原理なんか知らん」


「神様の遊びかもしれん」


「地獄かもしれん」


「夢かもしれん」


「知らん」


煙を吐く。


「せやけどルールだけは分かる」


男は勇気を見る。


「十二時間」


「朝八時から夜八時まで」


「死から逃げ続ける」


「それが条件や」


勇気は思い出す。


通り魔。


母。


信人。


三時間ごとに訪れる死。


男は続ける。


「死は必ず来る」


「回避しても来る」


「逃げても来る」


「隠れても来る」


「必ずな」


美咲が俯く。


母の顔が浮かんだ。


信人の顔も。


男は言う。


「だからみんな勘違いする」


「死から逃げようとする」


「でも違う」


勇気が聞く。


「何が違う」


男は答える。


「死を受け入れるんや」


勇気は理解できない。


男は続ける。


「通り魔」


「母親」


「信人」


「全部そうや」


「お前らは殺したんやない」


「死を受け入れた」


勇気の拳が握られる。


「ふざけんな」


低い声だった。


「母さんは死んだんだぞ」


男は頷く。


「知っとる」


「信人も死んだ」


「知っとる」


「だったら!」


勇気が立ち上がる。


「受け入れたとか綺麗事言うなよ!!」


部屋が震える。


男は怒らない。


ただ勇気を見る。


「ほな聞く」


勇気が睨む。


男は静かに言った。


「お前は今まで何人の命に支えられて生きてきた?」


勇気は黙る。


男は続ける。


「母親はどうや」


「お前のために働いたやろ」


「飯作ったやろ」


「病院連れてったやろ」


「お前が知らんところで何回も泣いたやろ」


勇気は目を逸らす。


男はさらに続ける。


「信人はどうや」


「お前を助けたこと何回ある」


「お前のために走った」


「最後まで心配しとった」


「死ぬ直前までな」


部屋が静かになる。


男は煙草を消した。


「命ってのはな」


「自分一人のもんやない」


「色んな人間の命の上に乗っとる」


「お前らはその重さを学ばされとるんや」


勇気は何も言えなかった。


男の言葉が。


母と信人の顔と重なる。


男は少し笑った。


「まぁ俺も最初は分からんかったけどな」


「何百回も死んで」


「やっと分かった」


そして窓の外を見る。


夕陽が差し込んでいる。


「お前らは運がええ」


「あと少しや」


勇気が聞く。


「あと少し?」


男は頷く。


「次や」


美咲の目が開く。


「次・・・」


男は立ち上がる。


重そうな身体を起こしながら。


「本来ならな」


「お前らは夜八時で解放される」


「現実で目を覚ます」


「せやけど」


そこで男は笑った。


どこか寂しそうな笑みだった。


「次の試練がある」


勇気は息を呑む。


男は自分の胸を指差した。


「俺や」


「・・・は?」


「次の死は俺」


男は当然のように言った。


「お前らが次に乗り越える死」


「それが俺や」


美咲が首を振る。


「意味が分からない」

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