15:00 第三章 【信人】中編
8:00
朝だった。
勇気はベッドから起き上がれなかった。
天井を見ている。
ただそれだけ。
何も考えたくない。
考えれば。
また母の顔が浮かぶ。
また信人の顔が浮かぶ。
また包丁が浮かぶ。
「勇気」
美咲が呼ぶ。
返事はない。
「勇気」
もう一度呼ぶ。
すると勇気は笑った。
壊れたような笑顔だった。
「分かったよ」
小さな声。
「何が?」
「次は信人なんだろ」
勇気は起き上がる。
「通り魔」
「母さん」
「信人」
「順番なんだろ」
その目は死んでいた。
「勇気」
「だったらもう殺せばいい」
美咲は息を呑む。
「どうせ次も誰か死ぬ」
「ならさっさと終わらせようぜ」
その言葉は。
美咲が一番恐れていたものだった。
死が当たり前になっている。
命が軽くなっている。
リセットがあるから。
死んでも戻るから。
そんな考えに。
勇気は飲み込まれ始めていた。
「違う」
美咲が言う。
「違わねぇよ」
「違う」
勇気は苛立つ。
「じゃあどうするんだよ!!」
「お前に分かるのか!?」
「母さん殺したんだぞ!!」
「俺が殺したんだぞ!!」
声が震える。
怒りじゃない。
罪悪感だった。
「俺が殺したんだよ・・・」
美咲は勇気を見る。
そして静かに言った。
「じゃあ」
「今回は私がやる」
勇気が顔を上げる。
「え?」
「通り魔」
「私が殺す」
空気が止まる。
美咲は震えていた。
当然だった。
人を殺したことなんてない。
でも。
勇気ばかりが手を汚している。
それだけは嫌だった。
「私だってやる」
「美咲」
「一人で背負わせない」
勇気は何も言えなかった。
⸻
9:00
通り魔が来る。
男がドアを開く。
その瞬間。
美咲が飛び出した。
悲鳴を上げながら。
普段料理もしない、包丁なんか
握り慣れてもない
小さな手で包丁を握りしめ。
包丁を握る手が震える。
力を入れすぎて指先が白くなっていた
「うああああああ!!」
刃が男の胸へ入る。
ザザザザッという音と共に
肉を裂く感触。
驚くほど深く刺さる。
温かい血。
男が倒れる。
美咲その場に座り込んだ。
涙が止まらない。
「これでいいんでしょ・・・」
声が震える。
「これで」
「進めるんでしょ」
勇気は何も言えなかった。
ただ。
初めて自分以外が人を殺す姿を見た。
その重さを知った。
そして。
⸻
12:00
母が来る。
今回は勇気を見せない。
それが美咲の提案だった。
ロビーに隠しておく。
母と会うのは自分だけ。
勇気は頷いた。
母を見られなかった。
見る勇気がなかった。
美咲は一人で母と会う。
笑顔で。
買い物へ行くと伝える。
そして。
ロビーで待つ勇気の元へ戻る。
二人はマンションを出る。
爆発音。
振り返らない。
勇気は涙を流していた。
だが。
前回より少しだけ。
歩けた。
時間が動き出す。
⸻
14:00
公園へ向かう途中。
美咲が口を開く。
「ねぇ」
勇気は顔を上げる。
「生きるってさ」
美咲は空を見ていた。
「重いね」
風が吹く。
「私」
「死にたいって思ってた」
「死ぬことばっかり考えてた」
勇気は黙って聞いている。
「でも違った」
「死ぬのは私一人じゃない」
「お父さんも」
「お母さんも」
「友達も」
「みんな死ぬんだよね」
勇気は母を思い出す。
「あんたらのためなら命なんて惜しくない」
その言葉が蘇る。
「私たち」
美咲は続けた。
「命を軽く見過ぎてた」
「自分の命も」
「人の命も」
「全部」
そして勇気を見る。
「だから信人は慎重に考えよう」
「殺すためじゃなくて」
「救うために」
勇気は何も言えなかった。
ただ。
少しだけ。
少しだけ。
涙が止まった。
そして。
ポケットのスマホが震える。
画面には。
⸻
信人
⸻
と表示されていた。
時計は14:57。
運命の時間が。
また近づいていた。




