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リセ:ット  作者: 矢部夏 泡太


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4/12

12:00 第二章 【母】後編

8:00


また朝が来た。


勇気は眠っていない。


いや。


眠れなかった。


母の叫び声が耳から離れない。


爆発の光景も。


焦げた臭いも。


全部残っている。


夢じゃない。


何度も死んでいるからこそ分かる。


あれは現実だった。



9:00


通り魔が来る。


勇気は無言で包丁を握る。


男が玄関を開ける。


躊躇はない。


一突き。


男は倒れる。


勇気の顔には何も浮かんでいなかった。


怒りも。


恐怖も。


悲しみも。


全部使い果たしていた。



11:40


二人はマンションの廊下にいた。


今度は部屋に入れない。


母が来る前に待つ。


それが作戦だった。


「これなら」


美咲が言う。


「お母さんも部屋に入らない」


勇気は頷く。


言葉が少ない。


ずっと母のことを考えていた。


幼い頃。


運動会。


熱を出した夜。


弁当。


反抗期。


大学進学。


全部。


今さら思い出している。



11:58


エレベーターが開く。


母が出てくる。


スーパーの袋を持っている。


「勇気!」


母は笑った。


「何してんの?」


その笑顔に勇気は胸が痛くなる。


何も知らない。


これから自分が死ぬことも。


息子が何度も自分を殺そうとしていることも。


何も知らない。


「学校は?」


母が聞く。


「サボった」


勇気は答える。


「また?」


母は呆れたように笑う。


美咲が慌てて言う。


「風邪気味で!」


「あらそうなの?」


母は心配そうな顔になる。


それだけで勇気は泣きそうになった。


「じゃあお粥でも作るわ」


母が言う。


勇気は固まる。


ダメだ。


部屋に近づくな。


そう言いたい。


でも言えない。


理由がない。


言えるわけがない。


母はふと笑った。


「勇気は昔から責任感が強いからねぇ」


「え?」


「小さい頃からそうだったじゃない」


母は懐かしそうに言う。


「自分が我慢してでも誰かを守ろうとするの」


勇気の喉が詰まる。


母は何も知らないまま続けた。


「美咲ちゃんのこともちゃんと守ってあげなさいよ」


美咲が照れたように笑う。


勇気だけが笑えなかった。


「あんたらのためならね」


母はスーパー袋を持ち直しながら言った。


「お母さん、いつでも死ぬ覚悟くらいあるんだから」


冗談めかした口調だった。


「ちょっ、お母さん」


美咲が苦笑する。


「縁起でもないですよ」


「だって本当だもの」


母は笑う。


「子どものためなら命なんて惜しくないわよ」



勇気は俯いた。


胸が締め付けられる。


やめてくれ。


そんなこと言わないでくれ。


これ以上。


俺を苦しめないでくれ。


母はドアノブに手をかけた。


その瞬間。


部屋の奥で。


パチッ


小さな音がした。


コンセント。


火花。


次の瞬間。


轟音。


世界が吹き飛ぶ。


廊下が揺れる。


炎。


爆風。


ガラス。


悲鳴。


勇気は母の身体が吹き飛ぶのを見た。


今度は。


目の前で。



8:00


勇気は起き上がらなかった。


天井を見つめている。


目が死んでいた。


「勇気」


美咲が呼ぶ。


返事がない。


「勇気」


もう一度呼ぶ。


すると。


勇気は笑った。


乾いた笑い。


「無理だろ」


美咲は嫌な予感がした。


「何が?」


「助けるの」


勇気は笑う。


「助からねぇよ」


そして続ける。


「俺らは母親を殺すしかないんだ」


その言葉を口にした瞬間。


勇気自身が一番傷ついた。


息子が。


母親を殺す。


それを選択肢として受け入れてしまった。


それがどれだけ恐ろしいことか。


勇気自身が分かっていた。



美咲は首を振る。


「違う」


「違わねぇよ」


「まだ考えよう」


「何回だ?」


勇気は言う。


「何回死んだ?」


「何回母親死んだ?」


「もう見たくねぇんだよ」


沈黙。


時計の音だけが響く。


しばらくして。


美咲が小さく言う。


「だったら」


勇気が顔を上げる。


「お母さんを部屋に置いて」


「私たちは買い物に行こう」


勇気の顔が歪む。


「それは」


「事故になる」


「・・・」


「私たちが直接殺すんじゃない」


勇気は立ち上がる。


そして怒鳴る。


「それは同じだろ!!」


部屋が震えるほどの声だった。


「死ぬって分かってんだぞ!?」


「それを置いていくんだぞ!?」


「殺すのと何が違うんだよ!!」


美咲も泣いていた。


分かっている。


全部。


分かっている。


でも。


もう他に方法がない。



11:58


インターホンが鳴る。


ピンポーン。


母が来た。


勇気はドアを開けた。


母はいつも通り笑っている。


「よぉ」


勇気は無理やり笑った。


「ちょっと買い物行ってくる」


「え?」


母が首を傾げる。


「すぐ帰るから」


「そう?」


「うん」



母は靴を脱ぎながら笑った。


「美咲ちゃんを一人にするんじゃないわよ?」


「・・・」


「勇気は昔から無茶するんだから」


その言葉が胸に刺さる。


昨日。


いや。


何十回もの昨日。


母が言った言葉が蘇る。


『美咲ちゃんを守ってやんなよ』


『あんたらのためなら命なんて惜しくない』



勇気は母を部屋へ招き入れた。


その時。


胸の奥で何かが壊れた。


決意だった。


そして同時に。


一生消えない罪悪感だった。



エレベーターに乗る。


美咲が隣にいる。


誰も喋らない。


一階。


マンションを出る。


十歩。


二十歩。


三十歩。


そして。


背後で爆発音が鳴った。




ドォォォォォン!!!




窓ガラスが空を舞う。


炎が吹き上がる。


人々が悲鳴を上げる。




勇気は立ち止まった。


振り返れない。


振り返ったら。


全部終わる気がした。




涙だけが流れる。


止まらない。




「ごめん」


勇気は呟く。


「ごめん」




そして。


振り返らないまま歩き出した。




15:00まで。


あと3時間。


次の死が待っている。

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