8 いよいよ来た
神殿から出ると、十人くらいの兵士と四人の男子生徒が待っていた。
知らない男性たちに交じって、エイリックがいた。
私はきっと縋るような眼差しをしていたのだろう。
エイリックは僅かに頷き私に手招きをした。
「私から志願したのだ。女性初の参加者だと聞き、もしやと思っていたのでね」
地獄に仏とは、正にこの事だった。
「あの……ボボ殿下は……」
「ボボは国へ帰った。少しだけここで経験を積んでね。本来彼は特別枠なはずだったのだが。早く卒業したくて仕組んだらしい」
ああ見えて策略家だったらしい。
これから住まいとなる宿舎へ行く道々、エイリックは小声で事情を話してくれる。
「彼は、この国が隠している魔について知りたかったらしい。自国にも探せばあるはずだと言っていた」
「何が?」
「魔が湧き出す泉だ」
嘘でしょう。魔が湧き出す泉は、とりもなおさず魔物が生れる泉と言うことになりはしないだろうか。
「魔物がいるの? ボボの国に……」
「大きな声では言えないが島の一つがそうらしい。だから彼はここに来て確信したのだろう」
話し込んでいる内に宿舎に着いた。
宿舎はすべて男性仕様だった。私には小さな個室が宛がわれた。
官舎長のすぐ傍の部屋で出入り口にも近い。
元は物置か、リネン室だったのかもしれない。
3畳くらいの小さな間取りで、壁にくくり付けの棚があり、その一つがベッドとして作り直されていた。
「私は身体が大きくはないから、十分だわ」
五十センチ幅のベッド。寝返りを打てば落ちてしまいそうだが。高さはないから大丈夫だろう。
備品は、毛布とマクラ。その他のものはなくなっているところを見ると、別の場所に移したのだろう。
棚は空っぽになっているから工夫次第では便利かも。
持ってきたリュックから着替えや小物を並べていく。
私が支給された服は兵士と同じものだった。
ゴワゴワした布で作られたズボンと上着。ブーツ。そして堅い革のヘルメット。水筒、飯盒、小刀などなどだ。
「武器は支給されないのかしら……使い方は知らないけど」
不安だ。丸腰で魔物にどう対処しよというのだろう。
渡された紙を見る。そこには、起床時間や掃除の割り当て、一日のスケジュールが細かい字で書かれていた。
エイリックがこれから夕食へ行こうと誘いに来てくれた。
広い空間に男たちが座り、銘々食事を食堂のカウンターから持ってきて食べている。
カウンターの上には大量の料理が山盛りになって置かれていた。
エイリックに教わりながら、皿に料理を盛り付けてテーブルに着いた。
「ここでは味はともかく食べたいだけ食べる事が出来る。遠慮せずにどんどん食べなさい」
そんなことを言われても、少しもお腹が減っていない。元来小食だし、あまり有り難くない特典だった。
トイレは……緊張した。
エイリックがついてきてくれて、ドアの前に陣取って誰も入らないようにしてくれたけど。この先ずっと続くのに、このままでは無理ではないのか。
部屋に戻って盥にもらったお湯で身体を拭く。
共同の大きな浴場はあったが、私は入る事が出来ないだろう。
「今一番欲しいスキルは浄化ね!」
そう言った瞬間、ピカッと光った。
「え、うそ……もうスキルが身に付いた……」
盥の水が消えている。「ということは」
私は、はしたなくも脇をクンクン嗅いでみた。髪の間に指を入れゴシゴシしてから、また嗅ぐ。
「臭わない……やっぱり浄化できちゃったかも」
すごく、生活に密着したスキルだけど、これは国の役に立つスキルと言えるのか。甚だ疑問だった。
「でも、身に付いちゃったんだから、どうしようもない。これからここの生活が楽になることは確かだわ」
私は、使わなくなった盥を拾ってきて、オマル代わりにした。
ここでは水も貴重だと言うし、よかったじゃない。と考えを切り替えたのだ。
――あとは生き残るために戦い方を学ばなけりゃ。
次の日は朝五時半起床。起床ラッパが鳴ると同時に飛び起き着替え、周りを急いで片付けて、扉の外で敬礼して待つ。
これは説明の紙に書いていた朝のルーティンだった。
「よし、六時三十分に宿舎の前に集合、戻れ!」
私は急いで食堂へ行く。そこはまるで戦場だった。皆が食事をかき込んでいる。
昼は携帯食が支給されるらしい。簡単な硬いパンと水だけだから、ここで目一杯腹に入れておくのだろう。
私は食べきれなかった朝食を、こっそり飯盒に入れて集合場所へ走った。
「お、早いな、サクラ見習い兵。一番乗りだぞ」
班長が、にこりとして声を掛けてくれた。
私が所属する班は兵が十名で、学生見習い兵が五名だ。
内、新規の見習いは私だけ。普通は、新兵は四人入って先輩の見習兵は一人だと聞く。
女性が入ったことに対しての気遣いなのだ。
要するに足手纏いの面倒を見るためこの形を取ったのだ。
心の中で申し訳なく思う。
班の兵士達は意外と親切だった。いつも声がけをしてくれて、途中の休憩もまめに取ってくれた。
「エイリック、これって、迷惑掛けているってことよね」
「気にするな。君がいるお陰で前線に立たせられなくて、皆喜んでいるんだから」
その日は、三十キロ行軍という演習を兼ねての見廻りだそうだ。
新兵が慣れるまでは魔物の多い場所へは行かせられない。
一ヶ月は訓練が続く。
慣れない硬い靴を履いているせいでまめができ、それが潰れてズキズキと痛むが、泣き言は言えない。
皆同じ条件なのだから。女だと優遇されてそれに甘えれば、たちまち皆に邪魔にされてしまうだろう。
必死になってついていく。
男性隊員は大きな袋を背中に吊している。私には渡されていない物だった。
「エイリック、その袋は何?」
「魔物を倒したあとに素材を入れて持ち帰るためのものだ。今は楽だが魔物をたくさん始末した帰りは地獄だぞ」
なんでも一人三十キロ近く背負って帰る事もあるそうだ。
お昼になって、私とエイリックは皆から少し離れたところで食事を取った。
他の皆もばらけて、銘々に食事を取っている。
「ねえ、エイリックはスキル身に付いた?」
「ああ、ついこの間、やっと身に付いた」
「なんだった?」
「……水の魔法だった。ここにいれば結構多いんだ、水を手に入れる生徒は」
私はスキル獲得理由が、何となく解った気がした。
切実に欲しいと思うと、身に付くのではないのか?
「良かったじゃない。水ってここでは貴重でしょう」
「良くない。本当は火が良かった。戦いに必須だ。水は環境に左右される魔法だ。ここでは効率が悪いんだ。しかも攻撃には使えない魔法だ」
「そうなんだ……私もスキルが身に付いたけど、攻撃には使えそうもない物だった」
「っ! ずいぶん早いな。昨日の今日で……一体どんなスキルだ?」
「……浄化」
「!!!!!」
エイリックは私をさらに皆から離れた場所へ連れて行き、小声でこう言った。
「それはまだ誰にも言わない方がいい。もしバレたら、この国から出られなくなる」
「え、なんで」
「浄化は、これから鍛えていけば治癒が使える様になれるスキルだ」
「治癒……お医者さんになれるってこと?」
「ま、まあ、そうとも言えるが。本当に何も知らないのか? 君の国では魔法の理解が進んでいないんじゃ無いか?」
「そうだね、ていうか、私庶民だから。詳しい事知らないでここに来たんだよ」
「そうなんだ。学校ではスキルの大雑把な説明しかしなかったしな。あれにはきっと意図がある。希少なスキルを知られたくないんだと思う」
「他には希少なスキルって何があるの?」
「魔法の中では、火、土、風、水、闇、光がある。浄化は光に分類される」
私は学校で習ったことをぼんやり思い出していた。
身近に見ていない魔法の理論は聞いていて頭に入らなかった。
だからほとんどがうろ覚えだった。
エイリックは物知りだった。ここに一緒に来た伯爵令息と、来る前からたくさん勉強したのだそうだ。
スキルには六つの魔法属性に分類できないものも数多くあると言う。
例えば、身体強化、遠目、鑑定、転移、そして不思議な異空間。
「私それが良かった! 異空間なんてすごく格好いい」
「そうだな、今まで知られている中で、異空間持ちは数えるほどしかないらしい。転移は結構いるんだが……不思議だ」
私はその理由が解ったような気がする。
――遠くにいる故郷に帰りたいと、切実に思ったのではないのかしら。
なら、重い荷物を持たされて嫌になった人もいたはずだ。
『こんなのどこかへ消えてしまえ!』って思ったとしたらどうかしら。
例えば非力な生徒が重い荷物を持たされて泣きたくなったら……。
でも、ここにいる男性は、皆大柄で力が強そうだ。
滅多にないスキルの原因、分かっちゃったかも。
でもスキルは一人に一つしか身に付かないという。
私にはもう無理なのだ。
ふと私は思い付く。私の靴擦れ治せるかもしれないと。
一生懸命「治れ」と念じたが何も変わらない。
「ねえ、治癒はどうすれば出来る様になれるの?」
「魔物をたくさん倒してレベルを上げれば使えるようになるらしいが……」
エイリックは私の身体を、上から下まで見て、顔を横に背ける。
――そうよね、私に魔物は倒せそうにない。無理だ。




