7 新学期を目前にして
今年も暑い夏を寮で過ごした。チビの少年は少し大きくなっていた。
ユウカは彼らと一緒にヤマタイラ国へ一時帰国し、そして戻ってきた。
「今年は誰かと出会った? サクラ」
「全然。風の神殿へも行ったけど出会いはなかったわ」
今年の夏は寮にメイリーンは残らなかった。私しかここにはいなかったのだ。
そしてその後メイリーンは学園を辞めてしまったそうだ。
――なんで、何も言わないで辞めちゃったのよ、メイリーン。
「サクラ、例の魔物退治のこと。詳しい話をお父様から聞かされた。女性の場合は男性と違うって」
「そうなんだ」
私は嫌な予感がした。女性と男性が違う、当たり前なのだが。私はここに来ている女性とも違う。地位の高い両親の子ども達ばかりがいる学園では、私のような庶民の商家出身はいないのだ。
ユウカの親のように情報を仕入れることはできない。
――私のパパは街の議員だけど、多分国家規模の情報には触れさせてはもらえないはず。
ユウカの話を、私は覚悟を持って聞いた。
「入学の時に国家間の取り決めがあって、魔を身に入れる時期は卒業間際とする。だけど、男性の場合はその規約に縛られず、希望すれば早く魔を受取ることができる。でも女性には危険だからこれには及ばず。相応の金子と引き換えに、免除することとす。だそうよ、よかったわね、サクラ」
「そう……なんだ……」
膝に力が入らなくなって、私はぺたりと床に座り込んだ。
メイリーンは、里帰りしたのは詳しい話を聞くためだったのではないのか?
貴重な帰りの転移を使って。
そして真実を知ったんだわ。彼女の家にも余裕がなかったのかしら。
それとも嫌になってしまったのかしら。
「私だって帰ることは出来る。帰りの転移は残っているのだから」
でも、このまま帰ったら、パパが私の為に払ったお金が泡と消えてしまう。
新学期が目の前に迫ってきた頃、私は教師に呼び出された。
「サクラ・マミヤだな」
「はい」
「この書類によると、ヤマタイラ国では、四人の授業料が確かに支払われていたが、内一人は適性検査の折失格となった。その生徒の授業料は半額返金されたとある。君はどうやってここに来たのだ?」
多分、パパは伝手をたどって私を入学させたはずだ。
きっと五人の枠が埋まらず、私が組み込まれることとなったに違いない。
そうでなければ、私のような身分の子供がここへ来ることは叶わなかったのだ。
あの時パパはすごく喜んでいた。滅多にない幸運だったと。
私は、淡々と答えた。
「国家に割り当てられた枠が余っていたので、入れたのだと思います」
「そういうことか。だが、君の国からは、君の……その……女性枠の金額が支払われていない。君は男性と同じ扱いになるが、ここで退学しても構わない。どうする?」
しばらくじっとして、それから深呼吸をした。
その後私は、毅然とした声で答えた。
「魔を受けます!」
新学期に入れば、魔を受ける儀式があり、この学園から出ることになる。
他の女生徒はこのままここで、十八歳になるまで過ごすのだろう。
男子生徒の中にも女子と同じ扱いの者がいると、この間知った。
その男子生徒たちは、この国の出身だったり、ここと懇意にしている国のお偉い方の関係者だそうだ。
男子の半分がそうらしいが、なぜか隔離されていて、一般の生徒とは別枠のようだった。
「サクラ……どうして……」
「パパは知らなかったのよ。まさかパパが払った金額の倍必要だなんて。知っていたら私をここへは来させなかったし、お金も出せなかったでしょうね。でも、私は幸運だった。これから国を支えていく、ユウカたちと知り合えたことが」
「サクラ。スキルを得て国の中枢に入ったら、一緒に頑張りましょう」
「うん、その時はコネを利用させてもらおうかな」
「フフ。サクラったら」
私達はこの女子寮で最後の夜を過ごした。
ふざけあい、そしてほろりと涙を流し、眠りについた。
***
年が明けた。
この国では新年の祝いはしないようだ。ごく一部の上層部では、特別な神に祈ると寮母が教えてくれる。
「特別な神って?」
「太陽と星。昔の部族たちは砂漠を歩くのに必須の知識だったのよ。今はスキルを使ってその代わりをしている。でも部族長はそのしきたりを守っているの」
新学期が始まり、私だけが教室へは行かず、儀式の行われるという神殿へ行った。
その神殿は、火の神殿と呼ばれていた。
風の神殿とは離れた場所にあり、砂漠の中に作られた神殿だった。
砂漠といっても岩が露出している荒野のようで、私が想像する砂の砂漠とは景色がまったく違っている。
ゴツゴツとした岩が所々にあり、立ち枯れた木も疎らに見える。
その中に巨大な神殿が建っていた。
高さはないがとにかく広い敷地を覆っている壁のようだった。
赤茶けたレンガを積み上げて作られていた。
女子生徒は私だけだ。だが男子生徒は百人ほどいた。
「あれ、女か? なぜここにいる」
「間違えているんじゃないか」
ゴソゴソとしたささやき声がするけど、私は端っこにただ小さくなって立っていた。
教師が三人に、火の神殿を管理する神官らしき人物。そして高価な布ですっぽり覆われた女の人。
彼女は「ネフェラ教授」と呼ばれていた。
「では儀式の前に一言。今日からあなた方は、兵士と一緒になり、この地にある魔物を退治して回る事になります。これは国と国との取り決めの一環です。決して勝手にあなた方を戦いの場に引っ張り出すわけではないことを理解してください。あなた方の国は、その規約に則って署名しております」
ざわざわと生徒たちが話始めた。
その時私の隣にこっそり寄ってきた生徒がいた。
同郷から一緒に来たチビの男子とその友達だった。チビはもうチビではなくなって私よりも背が高くなっていた。
「サクラ、ユウカから聞いた。お前の親、貧乏で金が払えなかったんだって?」
「タカシ! そんなことを言うな。可哀想だろう」
「いや、ここでハッキリしておかないと俺たちの足手纏いになるのは困るんだ。いいかサクラ。これからは生き残りをかけたサバイバルになる。ヤマタイラ国は貧乏国家だ。特別枠の金なんか払えやしない。だが、スキルを授かって国へ帰れば国の助けになるんだ。ここまでのこと、分かるか?」
「うん、分かるよ。貴方たちに頼るなって言いたいんでしょう」
「そうだ、この帝国は、本当は俺たちみたいな国にはスキルを授けたくないんだ。だが国の基幹産業だからな。金は欲しい。それでこういう制度を作って、なるべく強力なスキル持ちを作らないようにしていると、俺は考えている」
チビのくせに、言うことは理に適っている。もうチビではないけど……。
ここでタカシが使った言葉は自国の言葉だった。周りに聞かれてはまずい話なのだ。
――分かったけど、どうしろって言うの。まさか一人で戦えとでも?
私がびくついていると、火の神官が皆を中へ誘導し始めた。
火の神殿の中は、なんというか、焦げ臭かった。
鼻をしかめていると、神官が話し始める。
「魔の精錬が終わり、余分なガスを燃やしたためこの様な臭いになります。ですがこの作業がなければ君たちはココに入れば窒息死してしまいます。この臭いは身体に害を及ぼすものではありません。安心してください」
そう言って扉を開けた。
中はただの砂がある広い空間だった。
百メートル四方はあるその空間の中央は僅かにへこんでいて、中央には小さな水たまりが見えた。
神官はへこんだ砂のくぼみに歩いて入って、何かをくみ上げる。
銀色の壺に淡々と汲み入れ戻ってきた。
「並んで。順番に魔を授けます」
――へ? あの水たまりの水を?
百人ほどが、ざざーっと一斉に並び、次々とコップに入れられた水を飲んで扉から出て行く。
私の順番まであと少し、というところでまた神官が水を汲みに行った。
「あと僅かしか残っていませんね、足りるか……?」
などと不穏なことを口走った。
残った十人が水を飲んで出て行く。
最後の私の分が……残っていた!
ほっと一安心して、渡された水を飲み干した。
「うへっ。何となく酸っぱいかも」
味のある水と言えばいいのか臭みがある水と言えばいいのか。
「大丈夫ですか? おかしいな。精錬したはずなのに……また染み出したか?」
ちょっと、怖いこと言わないでよ。まったく。
私はその場でしばらく居るように言われて、隅っこに立ってぼんやり神殿の中央を眺めていた。ここには神官と私しか残っていなかった。
3時間ほどそこに留まり見ていた砂が薄らと黒く変色していく様を夢見心地で見ていた。
「なんだか砂の色が変わってきたような……」
「そうです。魔が湧き出してきています。初めは黒いドロドロしたものを精錬するとあなた方に飲ませた聖なる水に変わるのです」
学校で習った。実際に見るのと想像していたのとは違っていたが。
神官は私に口を開けるように言う。あーんと口を開けてみせると、臭いを嗅ぎ始めた。
「大丈夫のようです。魔は変質していません。もう戻ってもいいです。兵士が外で待っているはずです」




