6 サクラ 中等科
初等科の長い夏休みも終わり、生徒たちが次々と戻ってきた。
私の同室のユウカもだ。
「サクラ、お土産持ってきた。故郷の味よ」
ユウカがくれたのは柚餅子だった。
ねちっとした歯触りにゆずの香りとほんのり甘い舌触り。
同じく持ってきてくれた緑茶を啜りながら、故郷の話を聞いている。
「ねえ、こっちではどうだったか教えて」
「……暑くて埃っぽくて、辛い夏休みよ」
「そう、大変なのね。来年はどうするの? お父様に頼んで一緒に帰りましょうか?」
「無理よ。私の家ではこれ以上お金を出したら、首が回らなくなる」
お嬢様育ちのユウカには理解できないかもしれないけど。
こう言っている私だって、ついこの間までは理解できなかった。
私の街では、これでも裕福なお嬢様で通っていたのだから。
住む場所や立場が変われば相対的に見て、貧乏にも、金持ちにもなると初めて実感できたのだ。
「でもね、風の神殿へ行った。そこで男子生徒と親しくなれたの。異国の方たちよ」
「すごいわ。ねえ、私にも紹介して。異国の話、聞きたいわ」
この学園は完全男女別棟で、教育も居住空間も分かれている。
女子生徒は全体の七分の一ほどしかいない。
女子は、隔離された教室で学んでいたのだ。
そのため男性とは口を聞く機会がなかった。
先生からも、気軽に男に話しかけてはいけないと言われている。
私の国でも似たようなものだったけど、ここはさらに徹底していた。
「『男女七歳にして席を同じゅうせず』でしょ。多分ここではもっと難しいわ。諦めてユウカ」
「つまんないわ。せっかく金色の髪の貴公子に会えると期待していたのに」
「金髪もいたけど、南の国の王子様もいたわよ」
「サクラだけ! 狡いわよ」
そんな話をしながらこの年も過ぎていき、年が明けて新学期となった。
教室は以前と同じだった。先生方も同じ顔ぶれ。
学期が変わっても大きな変化が感じられないと、ユウカが不満を漏らす。
「まるで去年と同じね。心が騒ぐような経験がしたかった」
「まあ、ユウカ様。そんなことを仰って」
今ではメイリーンも隣の席に座るようになり、私達はかしましい三人組となっていた。
私にしてみれば変化したと言えるのだが。
授業の内容は大幅に変わったし。
去年は文字ばかり学んで、あとは地理や、各国との関係性だけだった。
今年からは魔に関する講義がほとんどとなった。
魔は元となる魔を精錬すると危険が無くなるという。
この国の昔の偉い学者が精錬法を編み出したのだそうだ。
だけどその方法は教えてもらえない。
別にそれを知ったからといって、国に持ち帰っても役には立たないからだろう。
魔は、この国にしかない物なのだから。
午前中は講義で午後に講義がないというのは変わっていない。
この国では午後に気温が上がるためなのかもしれない。
私達は、ここに来て初めて学園の中にある商店へ繰り出すことにした。
去年の夏にもここを通ったけど、賑わいはまったく違っている。
「ねえ、男の方がいるわ」
「あんまり見てはダメでしょう」
私達の服装は、上から下まですっぽり布に覆われていて、相手からは顔が見えないようになっていた。
だが、なぜか肩を叩かれた。
「サクラ殿だすな」
「ボボ! あ、いえ、ボボ殿下」
「呼び捨てにしてくれだす」
「ボボ、ここではまずいあの店に入ろう」
エイリックがそっと促して、私達を小さな店に案内する。
確か男性たちは高等科に進めば、宿舎が変わり学園の外へ行くと言っていなかったか。
私は不審に思った。
「やあ、去年の夏以来だす」
「でも、男子は学園とは違う場所へ行くんじゃなかった?」
「一ヶ月後にここを出る。会えて良かったよ。君たちに知らせてあげようと思っていた」
エイリックによれば、男子たちは希望者を募り、早く卒業したいものには精錬された魔を与えるというものだった。
その後、魔を馴染ませるために、魔物と戦うという流れなんだという。
「希望しなければ、魔は与えられないんだ。しかも魔物退治にも出されてしまう。この国の教育が変わったのか、知らされていなかったのか分からないが」
「そうだす。3学年以上はこの学園にいないだす。聞ける相手もいない」
だからエイリックたちはここで私達を待ち伏せしていたらしい。この事実を伝えるために。
「魔は必ず受け入れた方がいい。何も知らないで前線に立たされれば危険だ」
「でも、エイリック様。女性は戦いに出されないのでは?」
「そうかも知れない。そこまでは知らされていないからね。でも用心に越したことはない。君たちの知り合いにも教えて上げて欲しい」
「はい、ありがとう」
私達は寮へ帰り、皆にこの事を伝えた。
ある女子生徒はこう言った。
「あら、知っているわ。この国の生徒たちは皆その事を知らされているみたいよ。私も友達になったこの国の生徒に聞いたもの」
だがほとんどの生徒は初めて聞いたと言った。
「どうして最初から教えてくれなかったのかしら……」
「……」
そこへ寮母がやってきた。
「あなた方もう就寝の時間ですよ、なにを騒いでいるの」
「寮母さん。実は……」
寮母に先ほどの話を問い質す。するとこう返ってきた。
「女性の場合は親御様が手を打ってらっしゃいます。心配は要りません。魔物退治だなんて女性が行かされるわけがありません。魔は早く取り込んでも構いませんが、聞く処によると成長しきってからの方が安全だそうです」
私達はすっかり混乱してしまった。メイリーンは、
「サクラの予想通りでしたわね。安心しました」
「でも、魔は早く取り込むのは危険って……怖いわ」
「ユウカ、どっちにしても、いずれは魔を取り込むのよ。今更怖がってどうするの」
でも、こうは言ったが、私の心に一抹の不安がのしかかってきた。
私の家では転移のお金が精一杯だった。
それに庶民には詳しい事など知らされていないのだ。
――パパ、どうしよう。パパは手を打ってくれた?




