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9 水の属性魔法

ここに来て3ヶ月が過ぎ、私も魔物退治に出るようになった。

他の班の新兵たちは戦いにどんどん参加していると聞いた。

でも、この班の私の役目はほとんどない。

専ら後方に控えていて兵達が戦う姿を見ているだけだった。


「私にも倒せるような魔物、いないかしら」

「馬鹿だな。小さくても魔物は手強いぞ。サクラはすぐに返り討ちに遭う。辞めておけ」


たしかにそうだ。剣の扱いも碌にできない私に倒される魔物なんているはずもない。


――それに生き物を殺せる? この私に?……無理。


隊員は私を危険な目に遭わせないようにしてくれていて、この頃では、すっかりマスコット的位置になっている。


でも、兵たちが倒したあとは私の出番だ。

死んだ魔物の解体作業だった。

班長に細かく指導されて解体作業を身につけたのだ。

初めは確かに腰が引けたけど、自分にできることはこれしかなかった。


倒されてでろんと舌を出し、力なく横たわった魔物。

生きているときは目が爛々として怖そうだったのに、こうなるとまったく違うものに感じる。命が流れ出てしまった塊……。

その首が兵士達によって切リ離され、並べられていく。


私たち解体係が作業しやすいよう、なるべく体液が出るようにしているのだ。

私は、お腹に力を入れ「よし」と気合いを入れる。

そして……教えられた言葉だけを追い、ただ淡々と作業をこなす。


ふと、幼い頃の光景が過る。

家の下働きのばあやが、魚を捌く様子を見ていた。

魚の頭に包丁を入れると、魚が暴れた。

それを見てばあやは「生きがいい」と笑っていた。

あれからしばらくは、魚が苦手になったんだっけ。


内臓を注意深く避けて腹膜を切り、肛門の周りを切り取る。

その後、腸の端を縛る。

そして身体から内臓をずるりと抜き取る。

あとは皮を剥ぎ、肉を切り分け、骨やいらない部分を穴に放り込む。これで完璧だ。


「がんばったな、サクラ。迷いがなくなった」

「はい」


初めは半泣きで何度も失敗した。

私が捌いた肉が使えなくなって、穴に放り込まれたこともある。


「これからは、怖がらないでちゃんと処理する」そう心に誓った。


そうすれば死んでしまった魔物クンも、成仏してくれる……かな。

ここから私達が去れば、砂漠ジャッカルやハイエナが来て掘り起こすだろう。

それも自然の循環だ。かれらも、生きていかなければならないのだから。


兵達は大量の素材を袋に詰め、重い荷物を抱えて帰路につく。

私も荷物を持つ。サクラは持たなくていいといわれるけど、これは頑として譲らない。私ができる数少ない仕事の一つだ。もっとも十キロも持てないけど。

帰り道、魔物の臭いに辟易して、こっそり浄化を使う。


「誰も気が付いていないみたいだし」


エイリックだけは顔をしかめて私を見ているけど、別にいいじゃない。臭いよりは。

私は珍しいと言われる浄化のスキルが身に付いたけど、

ここの兵士の九十パーセントは水のスキル持ちだそうだ。

水の属性持ちの割合が多いのには驚きだった。

ごく少ない残り十パーセントは、遠目や身体強化、気配察知などを持っていて、重宝されている。


気配察知や遠目は精鋭隊に配属されていて、私の班にはいなかった。

火魔法などの戦いに向く魔法持ちは、この隊にはいない。

兵士達が魔物を倒すには、専ら剣や槍、弓を使う。


それには毎日の鍛錬が欠かせない。

エイリックもそうだった。私はエイリックの鍛錬に付き合い、剣を習ってはいるが、中々上手くならなかった。


でも、水ってそんなに使えないスキルなのだろうか。

ここでは水が少ないから、とても大切なものなのに、水属性となるとがっかりされてしまうなんて、おかしい。


「ねえ、エイリック。水は凍るでしょう。つららみたいに変化させれば武器として使えない?」

「っそうだった。使えそうだ!」


エイリックは北の国の出身だ。

彼は、すぐに氷を作って見せたけど、氷は暑さにやられて素早く解けてしまった。

エイリックが出したつららは、たった五センチほど。

これでは効果が薄いのは仕方がない。


「水属性が環境に左右されるのなら……」


私はバケツに水を張り「これを使って大きなつららを出せばどうかと提案する。

彼が作り上げたつららは三十センチほどになり、二十メートルくらいは飛んでいった。


「すごいぞ! これなら武器として使える」

「そうだね。でも、強度はイマイチ。目とか、柔らかい場所を狙えればいいかもよ」


エイリックはやる気に満ちている。今までほとんど魔法を使っていなかったとは思えない。

この頃は、エイリックの的当てに付き合っている。

他の兵士達も真似をするが上手くいかない。


これはこの国では想像できないからではないかと私は考えた。

私の国は四季がはっきりしているため、雪が降ったりつららができたりした。

ここの砂漠は夜は寒くなるけど、つららは見た事がないみたいだ。


「水魔法は別の地域では、きっと使える魔法だよ」

「ああ、今初めて実感できた。サクラのお陰だな。だが、環境に左右されるということは、火魔法もそうなのだろうか……」


「わかんないけど、火は水に弱そうだから、もしかしたら湿った場所では効果が薄いかも」

「では土はどうだ? 土はどこでもある」

「水の上にはないから、やっぱり環境に左右されるんじゃないかな。一番いいのは風だと思う」

「……風魔法の保有者は希有だ。どうやっても身につけたかまでは解明されていない」


そうだろうね。私でも予想が出来ない。

風を読む仕事に就いていたか、あるいは強い風に当って死ぬ思いをした人にしか発現できそうにない。


「私は考えたのだが……」


そうエイリックが話し出した。


「水は沸騰する。それも使えるのではないか?」

「っそうだよ! すごいよ、エーリック。それなら兵士達もすぐに使えそう」


エイリックは満面の笑みを浮かべ、水を熱湯にする魔法を練習し始めた。

兵士たちが笑いながら魔法の訓練をしている。

私は、その傍らでただ剣を振り回しているしかない。

私は、魔法が使える皆が羨ましかった。

兵士やエイリックは、今まで魔物を倒してきた実績があった。


だから、すぐに新しい技を習得できている。

私は魔物を倒したことがない。

幾ら希有な属性を持っていたとしても、これ以上の成長は見込めない。


兵士達は、エイリックに倣いながら、次々と新しい試みに挑戦していく。

一週間もすると私の班の成績が上がりだした。魔物を倒す数が群を抜いている。


熱湯の水魔法は効果的だった。

魔物の顔に熱湯を浴びせ、ひるんだところを剣で倒すという、流れ作業になりつつあった。

私は相変わらず解体係と運び役。

得物の数が毎回すごい量だから、私も十キロ以上は持てるようになった。


「エイリック。お前の発見のお陰で、私達は星一つ、位が上がりそうだ」

「いや、サクラのお陰だ。彼女の助言がこれを生み出すきっかけとなったのだ」

「そうだな、サクラ。君は幸運の女神だ」


皆に可愛がられ、持ち上げられて嬉しかったけど、私はどうすれば成長出来るのだろう。

ここに来て半年が過ぎた。

エイリックはあと半年で国へ帰るという。

「私は、国へ帰れば処罰されるかもしれない」

「なんで?」


「伯爵の子息が、適性検査で亡くなった。おめおめと従者の私だけが帰れば、伯爵の気持ちが収まらないだろう」

「でも、それは初めの規約で署名済みだと聞いた。そんなことは絶対に起きない。多分……」


「ああ、希望はある。君のお陰で水魔法が見直された。このスキルを持って国王に進言できれば、助かる見込みもある」


***


それから一ヶ月後、本格的な魔物討伐の遠征が組まれた。

らくだも手配され、輜重隊まで組織された。

ここから一週間歩いた先に、魔物が多く生息する場所があるという。


魔物はその場所から遥か砂漠を越えてここまで来てしまう。

毎年、元を絶っておかなければ危険なのだと教えられた。

そこへ向かい、魔物がこれ以上増えないように倒し、同時に魔物素材も持ち帰るのだそうだ。


肉は腐ってしまうため、皮や牙などが主な収穫物になる。

らくだまで連れて行くとなると、相当数の魔物がいることが予想された。

「毎年の恒例行事だが、この討伐で命を落とす新兵もいる。だがサクラは俺たちが守ってみせる。安心しろ」


そう言われても安心できなかった。

幾ら後方支援といえど、魔物の数が半端ないと聞く。取り囲まれてしまえば、私に太刀打ちできないだろう。

私は東の空に向かいパパやママに先立つ不孝を許して下さいと祈りを捧げた。


砂漠はどこまでも続いているように見えた。

途中までは岩と立ち枯れた木々ばかりだったのが、だんだんと砂の海としか言えないほどの、うねった砂原に変わっていく。


地面が一面に黄色い砂ばかり。

山のような砂を超えれば谷になり、体力が少しずつ削られていく。

砂に足下を取られ、力を込めなければ先へ進めない。

そんな砂山でもらくだは平気そうに進んでいる。


「君たちって環境に適合しすぎ!」


らくだに文句を言っても仕方がない。腰にぶら下げた水筒から、ちびりちびりと水を飲み、行軍に後れを取らないようについて行くのに必死だった。


砂漠の夜はまた違った顔を覗かせる。とても寒いのだ。

ガタガタと震えながら毛布にくるまる。

班長が、「明日からは夜の行軍に切り替える」と言った。


「確かにその方がいいかも、身体を動かした方が暖かくなりそうだわ」


昼は、砂山の影になった場所に陣取って眠りについた。


「明日は目的地に着く。今のうちに準備をしておけ」


――なんの準備?


「サクラ、水の準備のことだ。いまなら魔力が補充できるから」

「私、水魔法できない……」

「私が補充しておくから心配ない」


エイリックが私の水筒に水を入れてくれたけど、その後彼は白目を剥いて倒れてしまった。


「ちょっと! エイリック!」

「すぐに目が覚めるさ、みんなでエイリックの水筒をいっぱいにしてやるから心配するな」


水筒はらくだの胃袋でできている。結構な大きさだった。

一時間ほどしてエイリックは目を覚ました。


「なんだか以前より、回復が早くなった気がする」


ぼんやりと彼は言った。


「エイリック、回復が早まったって、どう言うこと?」

「これまで、水魔法で水を出すと半日は起き上がれなかったんだ。レベルが急に上がったのだろうか……」


それはそうかもしれないけど――そんなに急に変わるものなのかしら。

変だわ。魔物を倒してレベルが上がるのなら、回復速度が段々と上がるはず。なぜ急に回復が早まったと思ったのかしら。

すると他の兵士も不思議がる。


「俺もそうなんだ。熱湯の魔法を使い始めてから急に回復が早まった気がする」

私は、考えた――魔物を倒してレベルが上がるというのは、本当の事なの?

魔法を使えば使うほど、魔に馴染んでレベルが上がったというなら、つじつまが合うのではないのか?


ここの兵士達はほとんどが水の属性だ。水の魔法を使えば気を失って命取りになる。そのため、今まであまり使わなかったのではないのかしら。

ということは、熱湯の魔法の練習をしたお陰で初めてレベルが上がったと仮定すれば、今の話にも納得がいくのではないのか。


私に一筋の光明が見えてきた。


「私も浄化を使いまくれば、レベルが上がるのでは?」


魔物を倒せばレベルが上がるなんて、一体誰が言ったのだろう。

これにも国の思惑があったのだろうか。


どちらにしても私に関係することではない。もし浄化を使いまくって治癒ができたなら、その時にハッキリするはず。就寝前に見えないところで浄化を使いまくった。

周りは砂で一杯だから浄化のしがいがある。


――もちろん私もぶっ倒れました。そのまま寝ましたけどね。


つぎの朝、いよいよ魔物が巣くっているという場所に向かった。

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