89 持ち帰った英知
読めなかった文字もすべて書き写しアサドのところへ持ち込んだ。
アサドは、ラシードを呼びそれを解読させる。
「これは……魔の体系が書かれている。スキルが属性に分けられているし、今まで知られていないスキルまで書かれているではないか」
闇には、空間操作や転移など知られているスキルの他に支配というのと、吸収というのが書かれていたらしい。
アサドは目をつぶり、こう言った。
「確かに私には「支配」がある。封印を使い続けて発現した」
転移は闇の属性だけれども、転移の間は違うという。
ラシードによれば、あの部屋は水と土の属性で出来上がっているのではないかということだった。
「血液を採取して壁に塗り込むのだ。その際、土属性が呼ばれていた」
土と水を使い、どうやって転移の間を作ったかまでは知らないという。
百年ほど前の王族が作り上げたものだというのだ。
その頃から今まで、転移の間を増やすことは無かったようだ。
「ただ、教授たちの宿舎は一番古い建物だった。過去の神殿か何かの再利用なのではとは考えている」
「……神殿であるならば、取り壊しを中断させよう。他にも大事なものが残されているやも知れぬ」
アサド王がこう言ってくれたので、私は胸をなで下ろした。大事な遺物を保護してもらえそうだ。
このままここにいても解決策は出てこないだろう。
一応ラシードにメモの正しい読み方を習い、私たちはクラウゼルト領に戻る事にした。
私はウィプスのことを思い浮かべていた。
――ウィプスは、吸収を使っていたのではないの? では、闇も持っているということ?
「ネフェラの屋敷に行かないのか?」
「ラシードが行ってくれるというから、お願いしましょう。それよりも、朱雀に聞きたいことが出来たの。ウィプス、もしかしたら闇も持っているかも知れない」
「三つも属性を持つとなると……」
「そうよ。多分このまま成長しないかも」
私は、転移を何度も繰り返して、渓谷の魔の溜め池までやっと辿り付く。
ポンタなら一瞬だったのだろうけど、私の転移では無理だった。
アサドから国内ならば転移してもいいといわれていた。だが今回だけ使わせてもらう。クラウゼルト領は目と鼻の先なのだから。
池には聖獣たちが集まっていた。
ポンタや、朱雀、ウィプス。そしてその他の聖獣と思われる個体がいたのだ。
エイリックは驚いて、その場に立ち止まったまま動けないでいた。
彼があれほど探しても会えなかったのだ。驚くのも無理はなかった。
私は、ゆっくりと歩き出し、小さな声で呼びかけた。
「朱雀、ポンタ……ウィプス……」
《サクラ!》
《こっちさこいへ》
朱雀に言われて、彼らの仲間に加えてもらう。ぼんやり立っていたエイリックの腕をつかんで引っ張っていった。
「いったい、どうしたの? この聖獣たち」
《年に一回の魔を分け与える儀式なんだってさ。われは、要らないっていったんだけど……》
そうよ。ウィプスはしばらく魔を飲まない方がいい。
魔の溜まり池を、八体の聖獣たちが取り囲みその後ろに私とエイリック、朱雀たちが立って見ていた。
聖獣たちは見た目は様々だ。
ジャッカル、鹿、クマ、ピューマ、フンコロガシ、ねずみ、サソリ、木の枝のようなもの。
エイリックは小さな声で呟いた。
「木の聖獣?」
私も不思議に思ったけど、花の精霊オ・ジンがいるくらいだ。木の聖……木? がいてもおかしくはないだろう。
《この枝は、始めに降り立った場所にあった大木の枝だね。あの大木が本体なんだど》
「……朱雀、気が付かなかったの? 初めて見た時に」
《……わがらながった……》
木の枝が、こちらにひょこひょこ歩いてきた。そして自己紹介を始めた。
《儂は、ラ・ジン。この砂漠の守り神と言われておった大木の分かれ木じゃ。遙か昔にこの地に根付いた。ぬしら人間に英知を授けておったのじゃが、覚えておらぬようじゃな》
ラ・ジンはここに根付く前は、砂漠の民のオアシス――現在の帝国の土地にいたそうだ。
三千年が木の寿命で、枝分かれをしてこの地に根付いたという。
今また、枝分かれの時期に来ている。次の土地を目指してここから旅立つという。
「ではあの大木は……もう?」
《ああ、枯れかかっておる》
エイリックがたまりかねて、ラ・ジンに質問し始めた。
「同じ場所に根を張ることはしないのか? ここは私の領地だ。守り神がいてくれるのはありがたいのだが」
《其方の土地と申すか。ここは以前は誰のものでもなかったはずだが……そうか、ここにも人間が来たのか……》
ラ・ジンは、枝を器用に使って、まるで考え込むような仕草をする。
人間がいては具合が悪いのだろうか。
私も、是非この地に留まって私たちに英知を授けて欲しいと願い出た。
《英知。魔の力。以前にも授けたであろうが。まさか、忘れたのか?》
彼のような長い年月を旅する存在には、私たちはあまりにも儚く、弱く、滑稽な存在に見えるのかも知れない。
《魔はエネルギーじゃ。方向性は決まっておらぬ。それに方向を決めるのは使う者の意思による。意思が弱ければ魔に寄って取り込まれる。取り込まれた者もまたエネルギーに化す。ここまでは、分かるか?》
ラ・ジンは私たちに、この場で英知を授けて自らは旅立つそうだ。ラ・ジンは自分を旅人のような者だといった。
《魔とは、地下深くに眠る、重く黒く、不可解なものではあるが、太古の昔から一部の動植物や人は、共存して利用してきた。
魔は、扱い方を間違えると、魔に取り付かれてしまうと言う特性がある。
太古の生き物、今では絶滅してしまった巨大な生物は、これを取り込み力を振るい地上に君臨した。
だが魔に取り付かれ、自らも魔に変じて地下に沈んでしまった。
今では伝説となった生き物だ。
魔は決して従順ではない。 心の隙を見つければ、そこから静かに染み込み、宿主を内側から侵していく》
私たちは背筋を伸ばし、じっとラ・ジンの話に聞き入った。
ラ・ジンは魔の体系は大雑把なものだという。必ずしも、明確に分けられるものでは無いのだと。
例えていえば、光の浄化や火の浄火そして水の清め。作用する力は違うけれど、結果は同じようなものになる。
エイリックはそれを聞き色めきたつ。
「私の水の清めも、成長すれば浄化になるのか!」
光は闇とは相容れないようではあるが、お互いは表裏一体であると。稀に光と闇を同時に持つ者がいる。それは不自然ではない。むしろ本来の姿だというのだ。
私自身、光と闇を持つものとして、慰められる言葉でもあった。
――アサド王も不自然とは言えないのだわ。
《心のあり様が魔の力という形になって表出する。かけ離れた属性は難しかろうが、極めれば叶うやも知れんぞ。それが基本理念じゃな。さて、儂は行くとするか》
「ま、待ってくれ。転移の使い手を固定する魔法はあるか。それだけ最後に教えて欲しい!」
《転移の力の固定……そんなことをすれば、不便ではないのか?》
「人間は、制御しなければ力の使い方をどのようにも広げてしまう。制御の方法はないか、教えて欲しい」
《血は水と同じ。水は流れるが、土は固定する。土に水、すなわち血を入れて固めればいい。転移に限らず、すべてに通ずる真理じゃぞ》
分かった。建物は関係なかったのだ。要するに転移の間の壁、それが答えだった。
ラシードが言った言葉そのものではないか。
壁に血を、土魔法持ちが固定するだけでよかったのだ。
「なんて単純な方法だったのかしら。でも、それなら転移持ちはそれ以上力が成長出来ないということ?」
《固定されてしまえばそうなるのう。儂は固定はされたくはないの……》
そう言い残して、ラ・ジンはその場から、ふっと消えてしまった。
「転移が使えたのね……ラ・ジンは」
「どこへ行ったのだろうな……」
ヤマタイラ国かも知れないし、もっと他の人が住んでいない土地かも知れない。世界地図を見る限り、人が住んでいない土地はまだまだ沢山あるのだから。




