88 隠された書物
「確かにネフェラはまっ先に始末した。魔持ちの王族など禍根を残す故……」
アサドに謁見して、転移の今後の問題を相談した。
アサドは、椅子に深く沈み込んだ。
「あの頃の私は、王族に対する恨みでいっぱいだったのだ」
静かに語り目を伏せたが、その一瞬、目が赤みを帯びたように見えたのは……私の見間違いだと思いたい。
こっそり真視を使ってみると、光が僅かに小さくなり、黒い玉が脈動しているのが見える。
「あ、アサドさん。あの時は仕方がなかったのだと、今では理解しております。王は……アサド王は問題ありません!」
私は、アサドを元気づけようと、慌ててまくし立てた。
「いや、慰めてくれなくともよいのだ、サクラ殿。私のしたことには後悔はしていない。ただ、転移や、魔に対する理解がこれほど大事だったとは思いも寄らなかったことだった。これから対策を立てねばならん。力を貸してくれないか?」
「もちろんです。アサド王は国民を大事にしていらっしゃることは、噂で聞こえてきますよ」
「……ふふ。そんなに慌てて……私の目か? 多分そうなのだろう。気持ちが揺れるとこうなってしまうのだ。許されよ」
アサド王はラシードを呼べと廷臣に声を掛ける。
直ぐさまラシードが駆け込んできた。
「何かあったのか。ああ、サクラ殿、息災で何よりだ」
私を見ると、にっこりと微笑んで声を掛けるラシードは、とても頼もしく感じる。
ラシードも魔調整学園の教授だった。彼なら何か知っているかもしれない。
私とエイリックは期待に目を輝かせた。
「ネフェラは転移の発案者ではなかった。ただ、何かの本で知ったようなことを言っていたな。書物をどこかに隠匿していたようだ。どうも、我々には知らせず、自分だけが知っている真実だと自慢していた節があった」
ラシードは私たちと一緒に座り込み、長い話をすると前置きをして話し始めた。
私は以前も聞いた話だったので、アサドやエイリックに聞かせるためなのだろう。
ネフェラに人体実験として利用され、一時は魔物に転じそうになった話だ。
だが意識を保ち続けて抗い、自分の使命を思いながら耐え続けたのだという。
アサドは、ラシードの話を真剣に聞いて、何度も頷いていた。
「ネフェラ教授は、魔調整学園の改革を考えていた。それは私も同意見だったので問題はなかった。だが、彼女は私に王になれと言っていた。彼女は影から帝国を操りたいと思っていたのだろう」
「では、肝心のその書物、とやらはどこにある? 私は王族の家など燃やさなかった。そのままにしてある。かなりの建物がそのまま放置状態になっているがな。警備は置いてはいるが……盗人がいないとは言えないな」
私とエイリックに屋敷の探索の許可を与え、アサドは悪戯っぽくにやりとしてから、こう言った。
「王族の屋敷は帝国の沿岸沿いに散らばっておるぞ。転移でなければ時間が掛かる。サクラ、帝国内の転移は其方には許可を出しておった。そうだったな」
「はい、転移で移動出来るところは使わせて頂きます」
宮廷を出た私たちはまずは、帝国に立ち上げた私の商会へ行った。
まだ誰も雇い入れていないため閑散としている。
名前の看板さえも作っていなかった。
「取り敢えず今日はここで休んで、宝飾店へ行くわ。そろそろ頼んだ品が出来上がる頃だと思うし」
「もう商売を始めていたのか?」
「そうよ。これからは人を雇ってここの管理運営をしてもらわなければ。私はエイリックの奥様になるから、ね」
「そうだな! 早く人を雇って。その後はヤマタイラ国へ里帰りだ」
「エイリック。私は国を出奔したのよ。帰ることは出来ないの」
「ふふ。大丈夫だ。私が手を打っておいた。父上に結婚の報告に行かなければならないだろう」
驚いたことに、エイリックは、東吾様と掛け合って、私にお咎め無しにしてくれたという。
出奔した自分には、もう帰る場所などないと思っていた。
だが、エイリックはその未来さえ取り戻してくれたのだ。
感謝してもしきれない。ありがとう。エイリック。
次の日はエイリックは別行動を取ると言ってどこかへ出かけていった。
私は宝飾の工房へ行く。
工房の主は、私の顔を見るなり駆け寄って訴える。
「やっと来て下さった。大変だったのです。出来上がった品を見て、是非とも欲しいというお客様が毎日来て困っていたんです」
「まあ、そうなの? ちょうどよかった。その方たちの名前、控えている?」
「はい。こちらです。でも、もうそろそろいらっしゃる時間です。毎日同じ時間に押しかけて来て、早く紹介しろとせっつかれていたので」
その客はすぐに来た。何と五人だ。
宝飾品の値段はまだ決めていなかったため、最低価格を提示して競り合わせたのだ。
彼らは国内の宝飾店であったり、国外からの仕入れ人だったりした。
価格は瞬く間に吊り上がり、気づけば当初想定していた額の二倍に達していた。
ほくほく顔で商会へ帰ると、看板が設置されていた。
『クラウゼルト商会帝国本店』
エイリックが、得意げになって私に見せる。
看板屋に、ずいぶん急がせてしまったようで申し訳なかった。
アサド王から手渡された、元王族の屋敷の地図を見ながら、回る順番を決めていく。
「でも、まずはネフェラ教授がいた魔調整学園を調べた方がいい気がするの」
「確かにそうだな。こうしてみると、王族の屋敷と言っても雲をつかむ話だ」
何せ百以上もあったのだ。これをこれから探すとなると、どれほど時間が掛かるか。想像すると、気が滅入ってきた。
魔調整学園は、規模が縮小していた。
以前、男女に分けられていた校舎は統合されて、中央にまとめられていたのだ。
使われなくなった校舎は今取り壊されている最中だった。
私たちはネフェラ教授の教授室があった建物に急いだ。
そこも三割方壊されて、瓦礫となっている。
「困ったわ。ネフェラ教授の部屋はどこか皆目見当がつかない」
「仕方がない。残っている部屋だけでも探そう」
一階部分は残っていた。上階から順番に壊していっているようだ。
「おい! ここは危険だぞ。立ち去れ」
頭領の言葉は厳しくも心配している気配が感じられた。だけどこのままだと肝心の書物が散逸してしまうかも知れない。
「王からの許可は得ています。今日だけ取り壊すのは待ってもらいます」
彼は王からの書面と聞き慌てて服で手をこすり、恭しく受け取って見始めた。
「分かった。今日だけだぞ。だが地下室はやめてくれ。危険過ぎる」
地下室がある……まずはそこから探そう。
エイリックと私は目を見つめ合い、お互いの意見が共通していると確認しあった。
工事の請負人たちが、他の建物に移動し、私たちだけが残された。
「もういいかも。誰もいなくなった。地下室を探しましょう」
一階を隈なく回ったが、それらしき入り口が見つからない。
「おかしいな。頭領は知っていたんだから、どこかに入り口があるはずなのだが」
壁伝いに慎重に手を当てながら広い一階ホールを見て回ると、ふと、中央の階段に違和感を覚える。
「エイリック。螺旋階段ってこんなに太い柱が必要なの?」
「よし、確認してみる」
直径二メートルはある柱の周りをさわりながら慎重に探っていくエイリック。
そしてくぼみを見つけたようだ。そこを押すと、スッと奥に一面が押し込まれて三十センチほどの隙間が出来た。
身体を押し込めるようにして中に入り込む。
光操作で灯りを出す。
いつもは一緒にいたポンタや朱雀、ウィプスは今はいない。
彼らは魔の渓谷に行って、気難しいオ・ジンと交流を持っているのだ。
私が頼み込んだのもあるが、精霊の秘密を聞き出してもらいたかった。
もしかして転移についても知っているかも知れないと期待を込めた。
六十センチ幅くらいの石の階段をそろりと降りていく。
灯りは点している。ちゃんと見えてはいるが、閉塞感漂う石に囲まれた狭い通路に不安が押し寄せてくる。
ジャリジャリと足元で音がする。長年の間に入り込んだ砂が、階段を薄らと覆っているのだ。
ネフェラ教授は、ここに頻繁には来ていなかったようだ。
やっと広い空間に辿り付く。
そこにはなにもない。ただの石壁が覆っているだけだった。
「結局、期待外れだった」
「……残念だ。だがまだ隠し部屋があるかも知れないじゃないか。もう少しだけ探そう」
ぼんやりを周りを見まわし、そして足元を見ても、自分達の足跡しか見えない。
エイリックも諦めたようだ。
「上へ戻ろうか」
階段へ戻ってまた足元を見ると、かすかに自分たち以外の足跡が残っていた。
それを辿ると、壁際に沿っているのが分かる。
「エイリック壁をもう一度触ってみましょう」
壁を触ると、ボロボロと崩れ落ちてくる。
「浄化をかけてみる」
私が浄化をかけると壁全体が綺麗に白くなり、模様が浮かび上がった。
「これって、壁画?」
「いや、文字だ。かなり古いが、帝国の文字だろう」
エイリックが一面に書かれていた文字を読み込む。
読めない文字もあり、飛び飛びだったけど、どうやら古代神話のようだった。
水は血+++
土は土へ+++
火は天よりの灯+++
風は人とは相容+++
光と闇は++一体+++交わる事は++
+++++の英知
あまりにも漠然としすぎて、これから魔の体系が出来上がるとは思えない。
でも、「水は血」という言葉に私は納得した。
私たちの身体に流れるもののほとんどが水だ。水の属性が備わっていなくても、思念によって、水のスキルが発現してしまう。
これはきっと、根本の言葉なのだろう。
「でも、ここにある石壁は、学園よりももっと古く感じる」
「これは失われた過去の英知なのかもな」
言葉の終わりに、エイリックにも読めない文字が書いてある。
私たちは他の壁からも文字を見つけて、メモに写し取っていった。
結構な時間が掛かった。
「エイリック、転移で戻りましょう」




