84 再開
《エイリックって、あの、われがちょっと吸い取った奴?》
ウィプスがひょいと出てきて私の傍に浮かんだ。
「な、なんだ! この球は……」
オルドリックは突然出てきたウィプスを見て叫び声を上げた。
「これは精霊……というか、精霊になるかも知れない聖獣、かな」
「これが? 聖獣って、ただの白い球だぞ」
ウィプスはスルリと姿を変えて見せた。幼い少年の姿に。
こうして見ると、銀白色の髪も淡い瞳の色も、ウィプスとオルドリックは驚くほど似通っていた。
《このお兄さん、もしかしてブリス国の出身じゃないかな。髪の毛がわれの依り代と同じだ》
聖獣や神獣など、魔物の上位互換はたまに生れる。
魔物と同じ性質がある彼らは、依り代を必要とするのだ。獣や植物、人間という場合もあるとこの頃知ることが出来た。
アサド王にも聖獣の魔が取り憑いているようだが、今は互いにせめぎ合い、人でも聖獣でもない不安定な存在となっているらしい。
「そうだ。俺はブリス国で捨てられていた孤児だったらしい。レオポルドに拾われてここで育った。俺は行ったことはなかったが、俺と似た奴がいるということか……」
私が見れば、プロイスタン国もブリス国も皆同じに感じていた。
ブリス国の方が、やや色素が薄いなとは思ったけど、ヤマタイラ国とはまったく人種が違うためか、細かい違いが分からない。
オルドリックは、実の子どもと同じようにレオポルドに育てられて、恩を感じているのだ。
《われと同じだ。われもサクラに拾われた。浄化もしてもらったんだ》
「……浄化? お前、魔物じゃないか!」
《違うぞ……今は……》
ポンタも朱雀も出てきて、お腹が空いたと騒ぎ出したので、オルドリックは仕方なく近くの食堂から出前を取り寄せ、食べさせている。
私も一緒にご相伴にあずかる。
皆で食事をしているところに――エイリックが来た。
「帝国へ行かずに真っ直ぐここへ来て正解だったな」
そう言って私の元まで走り寄り、私を抱きしめた。
顔から火が出た……かも知れない。背の高いエイリックに半ば抱えられ、抵抗しようもなかった。
「え、エイリック。みんなが見ているわ、恥ずかしいから、離して」
「だめだ、君はすぐに転移で逃げてしまう。お願いだ、結婚を承諾して欲しい。私は、決して君を縛らないと誓う」
――言ったことと行動が伴っていない。
エイリックは、私から絶対手を離そうとしないのだ。
一緒に食事を取りながらも、絶えずエイリックの視線を感じる。そして時よりはっとして目を逸らすという繰り返しだった。
あの後、私が結婚の承諾をするまで、彼は離してくれなかった。
私が「結婚します」と言うまで。
「じゃあ、これで商会の名前は決まったな」
気まずい空気を断ち切るように、オルドリックが話し出した。
「商会? サクラが始めるのかい?」
「そうよ、今名前を考えている最中なの」
今までの経緯をエイリックに話して聞かせると目を輝かして、サクラはやっぱりすごいなと感心してくれる。そして、
「それなら是非、『クラウゼルト商会』にして欲しい」
レオポルドも会議が終わったのか顔を出した。
商会の名前を聞き、にっこりとしてすぐに厳しい顔に戻る。
「エイリック……いや侯爵様。早速めぼしい建物を押さえるか建てるかしてください。なるべく帝国に近い場所がいい」
慌ただしくエイリックは立ち上がり、レオポルドと一緒に出て行こうとして立ち止まる。
私を振り返り、にかーっと満面に笑みを浮かべ、拳を天に突き上げて直ぐさまレオポルドの後を追った。
あの姿を見ると、彼はまだ二十一歳なのだったと気が付かされる。
エイリックは若いな、と思う私は少々落ち着きすぎだろうか。
今まで彼は、一生懸命国の為に尽くしてきた。誠実で我慢強く大人だと感じていた。
彼の矜持は国にあるかも知れない。私とは相容れないことも出てくるかもしれない。
不安が無いとは言い切れないけど、でも私はエイリックが好きだ。
今も昔も、これは変わらない。
「何とかなるでしょう。今度からは私もはっきり言おう。踏み込まないで、と」
***
「商会を作るのに、帝国にすべて任せるのは感心しないな」
レオポルドがそう言い出し、帝国からの援助は半々で、ということに決まる。
「私の持っている資金には限りがあります……」
「サクラ。これは国家の利益に直結するものだ。アサド王にだけ儲けさせるわけにはいかない。我々にも一枚噛ませて欲しいんだが」
そういうことなのか。すべて善意というわけではないと聞き、私は安心した。
帝国の商会は元々あった建物をもらった。帝国にとって損害は少ない。
クラウゼルト領の建物は一から作る事になった。砂漠の外れ、なにもないところに街を作るという。
「今ある領都はレイシス国の王都に近すぎるんだ」
エイリックは、何かと問題の多いレイシス国とは距離を置きたいという。物流の観点から言えば、現在の場所の方がいいと思うけど、違う国になってしまった領地だから、それも面倒が絡んでくると言う。
レイシス国からすれば、自分の領地だったものが、突然他国になったのも気に食わないだろう。この際、領都を新たに作った方が賢明だと考えたのだ。
それには、大変な資金が必要になるだろう。
私だけが手をこまねいてみていることなど、出来ない。
そこで私は、自分が考えを打ち明けることにした。
「帝国は至るところに魔が湧き出しているわ。帝国のすぐ傍の土地なら、可能性はあるはず」
レオポルドたちは、そんなまさかという顔をして、
「魔は、簡単には見つからないはずだ。レイシス国が散々探し回っても見つからなかったと聞くぞ」
砂漠をくまなく探すなど不可能だとも言われた。
「私の従魔と一緒なら、砂漠を隈なく探し回れます。どうです? 私に任せてくださいませんか?」
ここはエイリックの領地だ。まだ正式に婚姻関係を結んだわけではないのだ。勝手に探し回れない。
エイリックは「そうか!」と言って立ち上がった。
彼も以前経験した砂漠の探索を思い出したに違いない。
「サクラ。一緒に探そう。今回は、朱雀もポンタもいる。あの時よりも楽に砂漠を探し回れるはずだ」
私たちは、エイリックの領地へ行き砂漠の探索に出かけることとなった。
***
荷物はすべてポンタの空間庫に入っている。
ほとんど手ぶらで、らくだも馬も使わない私たちだ。
それを、心配顔のレオポルドとオルドリックが見送った。
転移をくりかえして、程なくクラウゼルト領に着いた。
領都には本当に人が少ない。
以前は、もう少し領民がいたのだろうが、レイシス国は領地明け渡しの直前に富裕層を引き上げさせたようだ。
残っているのは農民や商店主、自分達だけでは移動出来ない人々だけのようだった。
「今、領主館には代官を置いている。管理は任せてある」
だから、領主館には寄らずに、そのまま砂漠を目指すことにした。
ここの砂漠は帝国の砂漠とはやや趣が違っている。
所々に草が生えているのが見える。そしてオアシスも小さいながらポツンポツンと見つかるのだ。
今回も私の転移での移動だった。
見える範囲なら私の転移で行った方がいい。エイリックと話合いながらの移動だ。
「今度はあっちを見てみよう」
この砂漠を南へ進めば帝国との国境に行き着くが、国境の警備兵などいない。
警備のしようがないし、砂漠自体が天然の防壁となっているのだから。
帝国へと続くこの砂漠は、不毛の大地で獣も植物も少なかった。
「西へ行って見るか」
西の方角を見渡すと岩山が連なっているのが見える。名前もない山々だった。
岩山の近くに転移して分かったことだが、ここの大地に亀裂が走って深い谷が西東に伸びていた。
谷底を見下ろす。
「見て!エイリック」
「ああ、魔物だ。魔物がいる」
谷底には魔物たちが走り回っていた。魔物がいる――それは魔があるということだ。
「ウィプス、お願いできる?」
《うん、明るくすればいいんだね》
ウィプスは光の球の姿で谷底を目指した。ウィプスが照らす先は、大小の数え切れない魔物たちがここで生きていた。生態系は魔物たちで出来上がる、魔物の土地だった。
ウィプスが東と西を行ったり来たりしている。
私たちに谷の全容を見せてくれているのだろう。
谷は深いが幅は百メートルほどだろうか。それが数キロ先まで続いていた。
岩の山脈へ行き着けないような亀裂なのだ。
「今夜はここで休むか? それとも一旦転移でレオポルドのところに報告へ戻るか……どうする? サクラ」
この一ヶ月の探索の間何度も戻っているので、レオポルドたちももう心配はしなくなっていた。
「転移があるんだったな。心配して馬鹿を見た」
オルドリックがそんなことを言うくらい、問題のない探索だったのだ。
私たちは一旦戻ることにした。この事を話し合う必要がある。
「なに! もう見つかったというのか」
「はい、今まで魔物の発見がなかったのは、谷が深く魔物が這い上がってこなかったからです。これはすごいことです。魔物の被害を恐れる必要がない、ということですから」
「エイリック。それは早計だと思うわ。もし鳥があの場所で魔物化すれば大変な事になるのよ」
「確かにそうだ。では街はどこに作ればいい」
私たちは真剣に悩む。魔の湧く近くに街を作れば有益だろう。魔を採ることも管理することも出来るのだ。だがそれはとりもなおさず、人間が危険に晒されると言うことにもなるのだから。
ここで朱雀がぽつりと言った。
《あれほどの魔物がいるんだはんで……あそこには聖獣か精霊がいるびょん》
皆がビクリとして朱雀を見て凍り付く。神獣が目の前に実際いるのだから。
今度は、その可能性を含めて考えることになった。
皆は車座になって真剣に朱雀の話を聞いた。
朱雀は《これは、魔の真実だ》
そう言って話し出した。
魔は、確かに雑多な意識の集まりだ。意識とも言えないもやもやとしたもので、ただ『喰らう』ということだけが魔あり方の元になっている。
だが極偶に、強い自我を持つ魔が出来上がる。
自我を持つものは、多分人間の様なものが転じたのではないかと朱雀は言うのだ。朱雀自身、魔として目覚めたときどこかで生きていた記憶があったと言う。
《ボク、ボク言ってたよね。前からサクラに言っていたの。信じてなかった?》
そういえばポンタはよく訳の分からないことを言っていた。魔は『石油に似ている』だとか。『自分は転生者』だとか。
今まで本気にしなかったけど、ポンタはどこか遠い世界で人間として生きていた、ということなのだろうか。
「ウィプスは? 何か覚えている?」
《われは……覚えていない。ただ……動きたくないそれだけだった》
魔もいろいろだということらしい。
「そこまで動きたくないと強く思っていた、ということなのかしら……」
《生臭坊主……おめ、働き過ぎて疲れでだんだね》
朱雀がそう言ったので、皆で、なるほど……と納得してしまった。
働き過ぎた人生がとても辛かったのかも知れない。皆に同情の目で見られて、ウィプスは影に隠れてしまった。
「では、精霊が複数いると考えて、彼らと接触して見るか。話し合うことが出来れば、魔を分けてもらえるかも知れない」
エイリックが、湖の精霊ニクスのことを思い出してそう提案したのだろう。
私もそれがいいと即座に賛成した。
「話が通じない相手だったら、どうするのだ」
レオポルドは悲観的だったけど、私はとにかくやってみたいと押し通した。




