83 プロイスタン国
私はプロイスタン国の転移の間を抜けローゼン商会を目指した。
今は王宮の側に商会本部はあるため、しばらく歩くことになる。
石畳の道路は拡張され両側に並ぶ店舗は真新しく建て替えられていて、まるで違った街に来たように感じた。王都は生まれ変わっていた。
街行く人々の服装も、新しいファッションがまた出来上がったようだ。
動きやすそうな女性たちの服装に、つい目を奪われる。
「王都はまた賑やかになっているわ」
プロイスタンは、今や帝国に続く経済国になっている。
数年で躍進を遂げたのは自国の魔が見つかったことと、独自の魔の体系を打ち立て、学び舎で学者たちが研究し成果を上げていた。
そのお陰で、魔持ちたちの力を底上げさせることが出来たお陰だろうと言われている。
しかし、私は知っている。
「エイリックが頑張ったお陰だわ」
すべての始まりは、七年前、帝国での魔の発見だった。
あの時、私もエイリックと一緒に、灼けるような砂漠をさまよい歩いた。
砂に呑まれかけた末にたどり着いた洞窟で、湧き出す魔を見つけたとき、私は「やはり帝国は魔を隠していた」と思い込んだ。
けれど、後になって知った。帝国でさえ、魔についてはほとんど分かっていなかったのだ。
エイリックは精製した魔をプロイスタン王に差し出し、自国でも魔を探し出すと誓った。
あの決断が、今のプロイスタンの繁栄へとつながっている。
昔のことを思い出していた私は、突然気がついた。
「あの洞窟にいた小さな獣たちも、自ら魔に引き寄せられていたんだった」
あの洞窟にも聖獣になる魔がいた可能性があったはず。
私たちは、精製した魔をすべて持ってきてしまった。その後あの洞窟はどうなったのか。
気になりだしたら居ても立ってもいられなくなった。
「ここでの用事が済んだら、またあの洞窟に行かなくては……」
***
「サクラ。クラウゼルト侯爵も一緒か?」
「え? 誰が一緒ですって?」
「……もしかして行き違いになったのか……」
レオポルドを待っていた間にオルドリックに声を掛けられ、訳の分からない話を聞かされた。
オルドリックは、エイリックが侯爵位についたというのだ。
いくら何でも早すぎではないだろうか。
エイリックは、この数年で騎士爵から子爵位までは一気に駆け上がったが、それでも、そこから一段飛ばしで侯爵など、常識では考えられない。
私が首をかしげているところにレオポルドが応接間に入ってきた。
「やあ、しばらくぶりだね、サクラ。今回は式の招待状でも持ってきたか?」
「式って、何の式典ですか?」
レオポルドまで、笑顔で訳の分からないことを言い始めて、私はますます混乱した。
「ミクロン諸島で……エイリックとは会いました。彼はなにをしにボボ殿下のところへ行っていたのかしら」
今頃になって気が付く。国の重要人物が単身で、気軽に友人を訪ねていたことに。
その後聞かされた話は、私を戸惑わせた。
エイリックは、隣国から攻めてきた百二十人の兵を僅か十数人の兵で撃破し、さらに隣国から領地をもぎ取ったのだそうだ。
その軍功を称えられて、高い地位を授けられ、レイシス国からもぎ取った広い領地まで与えられた。
エイリックの話を咀嚼するのに苦労していると、オルドリックが、
「それもこれもサクラを娶るためだぞ。サクラ、何をぼんやりしている?」
「私を娶るって、エイリックはまだそんなことを? 実は……私は落胤なんかではないんです。あれは東吾親王の口から出任せで」
「分かっておったよ。王もな。だが他国の正式な書面で示されてしまえば、こちらとしては手の出しようがなかった」
レオポルドは、エイリックがその後しばらく落ち込んでいたと話してくれた。
「だが、やつはやり切った。王と交渉して見事手柄をあげ、サクラを迎える準備をしたのだ。分かったかい?」
話は分かった。十分理解した。
だけど、私はエイリックとは一緒になれないだろう。今まで私は、東吾様にいいように利用されてきた。実を言えば、ローゼン商会に利用されたこともある。
帝国にも囲われそうになったけど、今はアサドは私を理解している。
エイリックは、きっと私を危険から遠ざけようとするだろう。
「彼は優しくて、庇護欲がある。彼に言われれば、私は自分を殺して従ってしまうだろう」
そして、私には自由がなくなってしまうだろう。
私は毅然として背筋を伸ばし、決心した。
「レオポルドさん。私ユーフラティア帝国に商会を立ち上げました。以前頂いた、ローゼン商会のマスターの鑑札。お返しします」
レオポルドは目を剥き、慌てだした。
「商会を立ち上げただと。しかも帝国に? 君の父上がすでに商会の会頭ではなかったか?」
「私はヤマタイラ国から出奔しました。もう帰ることは無いと思います」
「……何があった」
レオポルドに今までのことを話した。そしてアサド王は気前よく協力してくれたことも。すると、レオポルドは私を値踏みし始めたようだ。鋭い視線を私に向け、こう言った。
「分かった。ではこうしよう。プロイスタンに支店を出しなさい。クラウゼルト侯爵領は帝国とも国境を接している。丁度いいではないか。人員は私が補助をしよう」
それからのレオポルドは、エイリックのことには一言も触れずに、仕事の話に移っていったのだった。
東吾様が皇族のために生きているように、レオポルドの心は商会の発展に向いている。
私もレオポルドや東吾様と同族なのだ。私は私の人生を生きると決めたのだから。
「アサド王からは国内では自由に転移を使えると確約を得たのは大きい。これは転移の間を使わなくてもすむ。素晴らしい発展をするぞ、エイリックの領地は」
レオポルドの提案に私は頷いた。エイリックのためになるのなら、それでいいと思った。
彼はこれから新しい領地を抱えて忙しくなる。私はそれを後押ししてやればいい。
レイシス国が唯一帝国と接していた領地を明け渡したのも幸運だった。
取られた土地は、さほど旨みのない領地と考えていたレイシス国は今後地団駄を踏むことになる。
帝国と接している土地は半分が砂漠だ。
エイリックの領地となった土地には、もしかすると魔が湧き出しているかも知れないからだ。
食糧問題はプロイスタン国が後押しするだろう。
領民は少ないそうだが、これからは増えていく。経済が回れば自ずと人は集まるのだから。
レオポルドはすぐに行動を起こした。私には早く商会の名前を決めるようにと言い残し、商会の主だった者を集め会議室に籠もってしまった。
「名前、それが問題なのよ……」
オルドリックがそんなの簡単だと言いだした。
「クラウゼルト商会にすれば良い」
クラウゼルトはエイリックの姓だ。そんなこと出来るはず無いじゃない。
「なぜ? 私はエイリックとは一緒にならないのよ」
「ちんちくりん! いい加減にしろよ。エイリックはお前を縛ったりしない。お前だって一生独身というわけにはいかないだろう。ちゃんと将来のことを考えろ」




