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82 エイリックの怒り

「なぜ、サクラは逃げた!」

気が付いたときにはすでにサクラは消えていた。これからヤマタイラ国に行って東吾という皇族と正面から対峙するつもりでいたのに、肝心のサクラがいなくては話にならない。

エイリックはまたもや後手に回った自分に、どうしようもなく苛立っていた。

「エイリック。サクラ殿は縛られるのがいやだっただす。聞いただすよね。皇族に縛られて、縁談を強制されそうになったと」

「それは私が変えることが出来たはずだ。今の私なら――」

「サクラ殿に言いましただすか? また、自分で勝手に考えていただけだす。エイリックの欠点だす」

エイリックは、ボボに言われて自分の何が足りなかったのか理解した。

サクラのことを考えていなかった。自分の気持ちだけで動き回っていたのだ。

力が抜けてボボの顔も見ることが出来ない。

「……どこへ逃げたか、ボボは聞いているか」

「何も言っていなかっただす。突然消えてしまった……だす」


だが、ヤマタイラには行かねばならない。

サクラのためにも、あの国にいつでも戻れるように下地を造っておいてやりたい。

それが終われば、ポルトン国へ行こう。

メイリーンを頼って行っているはずだ。彼女はサクラの親友なのだから。


ヤマタイラ国の転移の間を出てしばらく官庁街を歩くと、大きくマミヤ商会と書かれた看板が目に入る。

――そういえば、お父上は商会を立ち上げられたと言っていたな。

そんな小さな変化さえ、エイリックには辛く感じる。

自分はサクラの何を知っていたのか。

ヤマタイラでなにをしていたのかさえ聞かなかった。

マミヤ商会の扉を抜け、会頭はいるかと尋ねると、すぐにサクラの父親が出てきて、エイリックの顔を見て驚く。

「サクラに何かあったのか!」

「いえ、サクラ殿は転移でどこかへ行ってしまいました。多分、ポルトン国ではないかと考えております」

サクラの父はじっと考え込んで、それから顔を上げこう言った。

「いや、サクラはそこへは行かないだろう。行くとしたら帝国か、プロイスタン国だろう。商売に最適な場所を目指すはずだ」

――そうだろうか。

そこまでサクラは独り立ちしたいのだろうか、とエイリックは首をひねった。

自分と一緒になれば、何不自由なく暮らせる。侯爵夫人になれば、社交に明け暮れることになるが、それでも彼女は社交的だ。すぐに周りに溶け込んでいくだろう。

そう、エイリックは考えているのだ。


「まずは東吾という皇族と話をつける。どういう経緯で皇族に接触したのか、お聞かせ願いたい」

「そこからか……。ずいぶん長い話になるぞ」

サクラの話を聞けば聞くほどエイリックは信じられない思いだった。

小さくて可愛いサクラが、諜報部員だと。

更には学院の教授に、外交まで。

彼女はエイリックが考えていた数倍も世界と関わっていた。

その頃の自分は一体なにをしていたか。

領地を治め、王からの依頼で帝国へ入りそこでやっとサクラと会った。

あの時もサクラは帝国のために力を尽くしていたのだ。

それを帝国から奪い返すために、王に頼み込んでサクラの地位を上げようと、つまらない小細工をしていたのだ。

彼女は自力で立派に逃げ出せたというのに……。

いや、違う。東吾に裏をかかれたのだ。皇族という地位を利用してサクラを囲い込んだのだ。

そして今回は、白鷺という財閥を取り込むために利用された。

野生の小鳥を籠に入れるようなものだ。

彼女が逃げたしたいと考えたのも、今なら理解できた。

だが、サクラをエイリックに縛り付けることもまた、できそうにないだろう。


「私が、彼女の伴侶となれば、お父上はご不満か?」

「……今更何を。ずいぶん以前から付き纏っていたではないですか。不満は大いにあった。だが、親にも縛っておけない娘だ。欲しかったら捕まえてみろ」

サクラの父マミヤ殿に、東吾との渡りをつけてもらえた。

今ではサクラのお陰で皇族とも渡り合えるようになったと、マミヤ殿は娘自慢をする。

親馬鹿だとは言えない。確かにその通りなのだ。


東吾はプロイスタン国の侯爵と聞き、会うことを承諾した。

プロイスタンと言えば、今では帝国とも渡り合える国に急成長した国だった。

この機会に、その威光にあやかろうという魂胆だった。


「つい最近侯爵に昇爵されたとは。大きな手柄でもあげられたか」

「はい、その通りです。隣国が攻め入り、それを撃退した褒美で昇爵が叶いました。隣国レイシスは領地を削られ、我が領となりました」

「……レイシス国とは……あの国が小さくなったと申すか」

「左様。国土の七分の一を差し出しました。魔の使い手の捕虜の受け渡しの条件として」

――かつて関係を持っていたその国が、そこまで弱体化していたとは。

東吾は内心、静かに安堵する。

「して、今回こちらに参られたのは、もしや、我が国との国交の樹立を考えておられるのか」

「そうです。皇族との婚姻を結びたい」

「……皇族と?」

「以前、東吾親王が仰っておられた落胤の皇族、サクラ殿でしたか。王は是非ともこれを結び、国交を安定的に樹立したいと仰せられました。その大役を、私が仰せつかったしだいです」

サクラは出奔したとは口が裂けても言えない東吾だった。

必死に頭を廻らせ、出した答えが、

「今は、サクラは皇族とは表向きにしていないのだ。ですが、他の皇族ならば――」

「いえ、私ごとき地位では正式な皇族との縁は叶いますまい。是非ともサクラ様と縁を結ばせてください。いや形式だけで結構です。書面にして頂ければ、王に面目が立ちます故。詳しい取り決めは後日、と言うことで」

東吾は答えを出すのに時間が掛かった。

万が一サクラが皇族でなかったと知れれば国際問題に発展する。しかも本人はここにはいない――どうする。

プロイスタンは魅力がある。あの国と国交が結べれば、ヤマタイラ国のさらなる発展に繋がるのだ。

その考えがぐるぐると頭の中を回っていた。

「東吾親王。分かっておるのです。以前あなたが我が国で行ったはったりは。そしてサクラ殿がすでにこの国にいないことも。ですが私は見つけます。そして、この国ともきちんと国交を樹立いたします。決断して頂けまいか」

その言葉を聞き東吾は唖然とした。

――この男はもしや、サクラを好いているのか? たかが女一人にこれほど力を注ぐなど……考えられない。


書面は素早く交わされ、サクラは出奔扱いにならず、いつでもヤマタイラ国へ入っても良いとお墨付きももらえたのだった。


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