81 オアシス
「サクラ!」
ラシードのオアシスに着いた途端見つかってしまった。
どうやら、前に来た時と同じ屋敷の前に転移してしまったようだ。ポンタが……。
《ごめん、つい……》
「いいよ、急展開でポンタも慌てたんだよね」
目の前にはヤスミーンが立っていて訳知り顔で私を見ている。
「サクラは転移が出来たものね。さあ、入って」
彼女は、以前と変わらず快く迎え入れてくれたのだった。
ヤスミーンは今このオアシスの治癒師として働いているそうだ。
「アサド王から魔を頂いて浄化が出来たの。それでサクラが残していったメモの通りに頑張って修行したの。今では魔の浄化だけでなく治癒も出来るようになれたのよ」
彼女は、「この年になって……」と言って照れていたけど、十分な適性があったのだ。
転移のことは黙っていてくれるそうなので、私はようやくほっとする。
「それよりサクラ。以前言っていたでしょう。赤い染め粉。あれ、すごく売れているのよ。サクラも仕入れに来たのでしょう?」
そうだった。パパも欲しがっていた。口紅にしてもいいし反物にも鮮やかな色がつくと言って。
帝国が一時危機に陥って、その為すっかり忘れてしまっていたのだ。
「そうだわ。その染め粉、今ある?」
「ええ、たっぷり作っているの。今ではここの特産よ」
染め粉から、またスタートするのもいいかもしれない。
お金は東吾様に魔を買って頂いた大金が、ポンタの空間庫にしまってある。
パパからは、お金を持って行きなさいと言われたけど断った。
私だってちゃんと資金は持っているのだ。
ヤスミーンから、らくだの毛を染めたという布を見せてもらう。
鮮やかとは言えないが、味のあるくすんだ赤い色の毛布に手を滑らせてみる。
なめらかで、暖かそうだ。色合いも暖色系なので、北の国には売れそうだ。
毛布を百枚ほど仕入れ、その他きれいな宝石の原石もいくつか仕入れた。
塩や薄い布。とにかくありとあらゆるものを買い漁り、すべてポンタの空間庫へ収めてしまう。
「ここでは水が売り物になっていたんだった」
水を持ってくれば良かった。
でも、ヤマタイラ国へは戻りたくない。誰にも知られずに転移出来るとしても、私の気持ちがあの国から遠ざかってしまっているのだ。
ヤスミーンの家では、床に座って食事を取る。
ヤマタイラ国でも同じだが、ここではテーブルを使わないで、床に大皿を並べて、そこから取り分けて食べるのだ。
十人ほどが一緒になって食べる食事は賑やかで美味しく感じた。
以前は女性が大人しくしていたが、今は少しだけ地位が向上したという。
「光の属性のおかげよ。男たちは、私たち女性を粗末に出来なくなったわ」
と言ってヤスミーンは、得意げにふふふっと笑った。
ウィプスはずっと子どもの姿のままで過ごしている。
ヤスミーンには、精霊だとこっそり明かした。
目を丸くしてウィプスを見て、そして跪き祈り始めてしまった。
ウィプスは、身の置き場がなくなって目をあちこち彷徨わせていた。
ウィプスはよく食べる。精霊も食事はするようだ。ポンタも朱雀も食べるのだから、私たちとはそんなに違わないのだろう。
ラシードにも挨拶をする。彼は今ではアサド王の相談役を務めているという。
一年のうち半分は帝都へ行っているそうだ。
「また明日から帝都だ。サクラも一緒にどうだ? 大丈夫だ。アサドは君を囲い込んだりしないさ。商売をするのならアサドに許可をもらっておいた方がいいだろう。転移のことも……な」
「……紐付けられますか?」
「いや、君には感謝しているようだし。特別に許してくれるだろう。だが、税はきちんとしなければだめだぞ」
「それは、もちろん。どうやって納税したらいいか困っていたんです。助かります、ラシードさん」
国から離れてしまえば、拠点を決めなければならない。
いくら世界を股にかける商人といえども、税からは逃れられない。
「正規の拠点」を持たなければ、それは、ただの密輸になってしまうからだ。
空間庫や転移持ちがいるため、違法には厳しい。
国同士でも監視体制はしっかりできているのだから。
ただ、今は曖昧になりつつあるのも事実だった。
自国の魔が取れ始め、帝国の厳しい管理から逃れた魔持ちが出始めた。
私のように紐付けられていない転移持ちや、空間庫持ちが増えつつある。
国は他国には態々知らせはしないのだ。
これからは商人の扱いが変わって行くかもしれない。
久し振りの帝国の王宮だった。
数ヶ月ぶりに見るアサド王は、また雰囲気が変わっていた。
険のある目つきだったがそれが消えて、代わりに威圧が増している。
王の風格とでも言おうか。
「サクラ殿。あの折りは世話になった。其方が残していった助言には助けられた。感謝する」
私がわざと残してきたメモのことだろう。
今回の出奔の事情を話すと、アサドは声を上げて笑い出した。そしてにやりと笑って話し始める。
「あの東吾という皇族には煮え湯を飲まされた。しばらく腹が立って眠れなかったぞ。これで気が晴れた。サクラ。其方に特別待遇で資格を与えよう。ここ帝国に商会を立ち上げるがよい。拠点は帝国だ。支店を造りたければどこへでも作れ。資金はこちらで持つ」
何という、破格の申し出だろう。
「税さえ払っていれば後は自由にしてくれて構わない。其方を縛ることは、悪手だと今回ハッキリ分った」
私は、この国のしきたり通りに平伏して、玉座の間から辞した。
嬉しいけど、あまりにも簡単に事が運びすぎて拍子抜けしてしまった。
転移も帝国国内なら使いたい放題だ。王から正式に許可が下りたのだ。私は堂々とオアシスまで転移した。
王宮での顛末をヤスミーンに話すと、彼女は真剣な顔になってこう話し出した。
「これくらい当然よ。サクラのお陰で帝国が持ち直したのよ。もしあのままだったらアサドも、この国もすべて壊れてしまっていたのだもの」
***
商会を立ち上げるのは許可さえ下りれば簡単だ。
名前を決めて拠点を作ればいいのだ。一番金がかかる拠点もアサドからいくつか候補を渡されていた。
そのリストの中には、白鷺商会の以前の拠点もあった。
王宮から火柱が上がったあの混乱した時期に、白鷺商会は帝国から素早く撤退したらしい。
まさか、帝国がこんなに早く持ち直すとは思ってもいなかったのだろう。
白鷺商会の建物は小さめで、今の私には丁度いいかもしれない。ここに決めた。
従業員など今はいないが、何人か急いで雇う必要がある。
帝都を歩き回り生活がゆっくりと回復しているのが感じられた。
人々の動きや売れ筋を見れば見えてくるものがある。生活必需品以外の贅沢品も徐々に動き出しているのだ。
どうやら、逃げ出していた上流階級の人々が戻りつつあるようだ。
「初めは高級品。これでいくわ」
商会を少人数で運営するなら、高額商品を取り扱った方が利益率がいいだろう。
私は町中を探し回り、宝飾加工を取り扱う工房を見つけた。
以前は羽振りが良かったと窺える建物だったが今は閑散としている。
帝国の衰退の影響をもろに受けた職業だろう。だが、復興はすぐそこまで来ている。
「これから私が、以前のように忙しくしてあげる」
店のドアを開けて入ると若い店主が皮の前掛けをしたまま出てきた。
細々でも仕事があるのだろう。
「この原石の加工をお願いできるかしら」
「出来ますが……その……」
そうね。踏み倒されたり、言いがかりをつけられたりしたら困るものね。
「ああ、前金で払うわ。その代わりここに持ってきた石、ぜんぶを急いで仕上げて欲しい」
「こ、これ全部を! しかも前金を払って頂けると?」
「ええ、土台は金と銀で仕上げて欲しいわ。大きいものはペンダントヘッド三つくらい出来そうね。小さな石は指輪や他の宝飾品にして頂戴。幾らくらいになるかしら。私の資産だと一億はかからないはずだけど」
「は、はい。急いで計算します少々お待ちを!」
東吾に魔を売ったお金の四分の一を使った。だがこれが倍に化ける。
石だけの加工だとたいした儲けはないが、商品として完成させれば儲けは跳ね上がる。
もし帝都でさばけなくても他の国へ持って行けばいい。帝都の装飾品は人気があるのだ。もっと高くなるに違いない。
宝飾品は、「アンクレット」「バングル」「カフブレスレット」「チョーカー」「ベルトチェーン」など数種類を作ってもらうことに決まった。
工房はこれでいいとして、従業員を探さなければならない。
オアシスにいるだろうか。帝都で信用のおける人間を探すのは難しい。知り合いはここにはいないのだ。伝手はラシードしかない。
「ローゼン商会はどうかしら……」
一応、レオポルドに挨拶した方がいいだろう。ローゼン商会のマスターの鑑札も返さなければいけない。
今回は、転移の間を使う事にした。王からの許可があると言っても帝国内だけだ。
他国へは、やはり正規の手段を使う――危険が迫ったら、ポンタの転移を使うしかないだろうけど。
「でも、商会の名前、どうしよう……」




