80 お見合い会
商業組合の若者たちが一堂に会するこの場所は賑わいを見せていた。
ほとんどが二十代前半の若い商人たちで、男性が圧倒的に多い。
その中で女性は数えるほどしかいない。私は女性陣のテーブルに案内されて座っていた。
「このような催しは初めてです」
同じテーブルに座った女性店主はそう言っていたが、私は、「この催しには何か魂胆があるのでは」と勘ぐっていた。
なぜかというと、この会の発起人は白鷺財閥の頭首だからだ。
ちまたでは白鷺は落ち目だと囁かれ始めていた。
系列の店舗を次々と手放しているらしい。
パパが、是非行ってこいというのだから仕方なく来たのだ。
女性陣のテーブルに、必ず二、三人で挨拶に来る男性たち。
自分の商店の名を名乗り、私を見て微笑み、丁寧にお辞儀していく。
「まるで合同のお見合いみたいだわ」
おかしな話だ。対外的には私は皇族の落胤という触れ込みだったが、自国ではその話はまったく囁かれないでいた。
東吾様はどんな手を使ったのか分からないけど、本国では何事もなく過ごせている。
実際私は落胤などではないのだから、それは気にならない。
かえって助かったと思っている。
だけど、毎回東吾様に振り回されて気持ちが落ち着かない。正直、東吾様の依頼を投げ出したくなる。
私がうんざりした顔をしているのに気が付いたのか、向かいの席の女性が気を使い始めた。
「サクラさん。どうかなさいましたか? 食事がお口に合いませんでしたか?」
この女性も年配だ。見まわしても若い女性はほとんどいない。
――これはどういうことなのかしら。
まるで私のための見合いに感じるのだ。
また男性が挨拶に来た。この人は見たことがある。いつか転移の間から、オーデコロンの匂いをぷんぷんさせて出てきた、白鷺財閥の仕入部門の人だった。
名前はちょっと思い出せない。
「いつぞやは失礼しました。白鷺財閥仕入部門の、コウヘイ・白鷺です」
そうだった。コウヘイという名前だった。
力一杯握手されて手が痛かったのまで思い出した。
私の事を馬鹿にした目で、見てもいた。
――嫌なやつ……。
そのコウヘイさんが、女性陣のテーブルに図々しく座り込み、ずっと一人でしゃべっている。
やれ、近頃の商人はなっていないだとか、自分の仕事ぶりはどうだとか。
自慢が半分以上で、聞くのも相槌を打つのにも疲れてきた。
――早くお開きになればいいのに。
二時間じっと我慢して、やっと帰宅できたのだった。
そして私は、パパの顔を見るなり不満をぶつけてしまった。
「なんであんな場所に行かせたの!」
「……東吾様に頼まれたんだ。悪かった。しかし、サクラもそろそろ結婚を考える年だぞ」
またしても、東吾様!
翌日東吾様に呼び出された。
私はこの際思いっきり言ってやろうと腹を括った。
いくら皇族でも踏み込みすぎだと思うのだ。自分の将来は自分で決めたい。
「昨日はどうだった。気に入った相手は見つかったか」
もう完全に黒だ。
「東吾様。この際言わせていただきます。私、東吾様のお手伝いは辞めます!」
「……何を今更。君が抜けられるとでも思っているのか。馬鹿も休み休み言いなさい。いいか、今回の見合いは白鷺財閥を乗っ取るためだ」
堂々と見合いだと言い切った。
私を自分の手駒だと思っているようだ。
皇族の結婚ならそうかもしれない。だけど、私は違う。
パパやみんなを連れてこの国を出て行く潮時かもしれない。
最後の、足掻きだ。もしこれもだめなら、私はこの国を捨てて一から出直そう。
「東吾様。白鷺財閥はもう、皇族を潰す力はなくなったと思います。これ以上はやり過ぎです。彼らだって国の助けになっているはずです」
「君に言われる筋合いはない。皇族に意見をするとは、君もずいぶん偉くなったものだな」
そういうことか。
分かった。力ある者の言い分は。
***
「パパ。私、この国から逃げ出す。パパたちも一緒に来て」
「サクラがそこまで思い詰めていたとは……気が付かなかった。そんなに東吾様は暴君だったのか」
暴君というのとは少し違う。だけど、考え方の根本が違いすぎる。
民は皇族のためにあり、自分も皇族のためだけに尽くす。東吾様の信念だろう。
人は誰のために生きるかは自由だけど、私はそれを押し付けられたくない。
東吾様に出会い、皇族も神ではないと知ることが出来た。私と立場が違うだけの普通の人間だった。
むしろ自由のない窮屈な人たちなのだ。
でも私は皇族ではないし、もっと自由でいたい。
私が決心を口にすると、パパは静かにこう言った。
「サクラは自由でいたいんだな。分かった。だが、私はこの国が好きだ。だから私は残るよ」
「でも、ここにいたらパパたちが酷い目に遭うかも……」
「馬鹿だな、サクラ。私は今や世界商人だぞ。白鷺財閥はもはや落ち目だ。私を排除しようにも出来なくなっているんだ。サクラのお陰だ。だからサクラは行きなさい。このままではサクラは便利に使われ続けて、気持ちが削られてしまう」
心残りはないとは言えない。
せっかく育て上げた事業から手を引くことになるのだから。
でも、自分の心に嘘はつけない。
ポンタ、朱雀。
彼らはどうしたいのか。彼らのことを便利に使いすぎてはいなかったか。
「朱雀、ポンタ、一緒に来てくれる?」
《当たり前だろう。ボクはサクラが大好きなんだ。ずっと一緒だ》
《ほだな。わも、おめが生きている間は一緒にいでやる》
そういえば朱雀の寿命は長かったんだ。私の寿命など一瞬だろう。
《われは? われは連れて行ってくれるのか……?》
「ああ、ウィプス。忘れていた。あなたをブリス国へ帰してあげないとね」
《……まだ、帰りたくない》
まあ、ウィプスにも助かってはいる。普段は天井辺りに浮かんでいるので、夜はランプ代わりになるのだ。
パパのことを東吾様から守る手立てはある。
魔は、私がポルトン国から仕入れてきていることになっているのだ。パパに魔を持ってくればいいだけだ。これで、パパを粗末に扱うことはできないだろう。
ここを発つ前に、まずは陸奥へ行ってミズチから魔をもらっていこう。
それをチョロスケの空間庫に入れておけば数年は大丈夫だ。
その後は帝国でも魔を精製できているだろう。
帝国から仕入れるとなると高額になる。パパには帝国よりも値段を下げて売ればいい。
私は陸奥に転移した。
ここの沼は、誰にも知られていない。このままずっと秘境でいて欲しい。
ミズチは朱雀に請われて、今回たくさんの魔を分けてくれた。
「また来るから、ミズチも元気でね」
ミズチは、首をゆらゆらと揺らし水の中へ沈んでいった。
ウィプスとポンタ、チョロスケにも飲ませてあげ、後は小瓶に分けてチョロスケの収納に入れておく。
「チョロスケ。これで君の空間庫は大きくなる、転移も使えるようになるはず。頑張ってパパを守って」
《う……ウン》
《チョロスケが喋った!》
魔を飲めば成長する。チョロスケも成長したようだ。
ポンタに頼んで、ボボがいるミクロン諸島へ転移する。
ボボなら勝手に転移してきても、許してくれるだろう。
ボボの屋敷へ向かう途中通りを歩き、街の空気を胸いっぱいに吸い込む。島は以前よりもさらに活気に溢れていて、店の賑わいに心が晴れてくる。
黒い肌を晒して女将さんたちが笑いながら値段交渉をしていたり、魚を岡持に入れて運んだりする。
自然と私の足は止まり、店先に並んだ商品の品定めをしていた。
後ろから肩を叩かれ、振り返るとそこにエイリックが立っていた。
彼は何となく風格が備わっているように感じ、私よりずっと年上に見えた。
――一歳しか違わないはずなのに。
「ここに来ていたんだね。仕入れかい?」
「……まあ、そんなところ。エイリックはボボに会いに来たんでしょう」
私たちは、ボボの屋敷へ一緒に向かった。
屋敷の中には風が取り込まれ、開放感がある。
海風が通り抜けるように設計されていた。
「おや、サクラも来ただすな。エイリックの昇爵祝いに」
「また出世したのね、エイリック。すごいわ。おめでとう」
「ああ、サクラ。君を迎えに行こうとしていたんだ。ちょうど良かったよ」
私はドキリとした。まさか、まだ縁談の話が続いていたのだろうか。
エイリックとボボに今回の事情を説明する。
もうヤマタイラ国には帰らない覚悟だと聞くと、エイリックは複雑な顔をした。
「私はきちんと君の父上に挨拶し、東吾殿に正面からぶつかるつもりだった。逃げ出してくるとは思わなかったよ、サクラ」
エイリックに非難されているような気がして、私は唇を噛む。
「エイリック。君はまたそういう……サクラ殿が可哀想だす。苦しかっただすね。無事に逃げ出せて良かっただす」
「ボボ殿下。しばらくこの島にいても良いですか……」
「もちろんだす」
「だめだ。サクラ。君、ポンタの転移で来たんだろう。ボボに迷惑をかけてしまう。私と一緒にヤマタイラへ行こう」
すると、途端に光が現れて、エイリックに向かって光球がぶつかっていく。
《サクラをいじめちゃ……だめ!》
「ウィプス、やめて! エイリックが死んじゃう!」
エイリックは力を吸われて崩れ落ちてしまった。
ウィプスが以前私にやったように、エイリックの生命力を吸ってしまったのだ。
私は慌ててエイリックに近寄り確認した。大丈夫、生きている。
「ウィプス。それをやってはだめだって言っていたでしょう。危険な事なのよ」
《……ちょっとだけだよ。すぐに元に戻る》
「サクラ殿。エイリックは本当に大丈夫だすか?」
「ええ。私、どうしてもヤマタイラには帰れない。帰れば自分の人生を決められてしまう。ボボ、私違う国へ行く。エイリックを頼みます」
「サクラ殿。待って――」
私はその場から転移した。
一旦街まで転移して、そのあと、ポンタに帝国へ転移してもらった。ラシードのいるオアシスに。




