79 エイリックの躍進
プロイスタン国の北東寄りにレイシス国がある。
南は帝国と接しているため砂漠地帯だった。
国土の三分の一が砂漠地帯だった。そのため国内の経済は豊かとは言えなかった。ほとんどの耕作地は北側に面し、作物も輸出できるほど取れない。
レイシス国王は、自国の魔を探し回った。
「自国で『魔』が採れれば、帝国へ高額な金を払う必要が無くなる」
しかし見つけることは出来ずにいた。
「隣国プロイスタンは魔が湧き出す地を得て、さらなる躍進を遂げたようだ」
「ヤマタイラ国と手を切ったのは早まったのではないのか。たかが第三王子など気にする必要もなかったのだ」
「かの国の白鷺という商会の口車に乗った、我が王が悪いのだ」
レイシス国は中堅国家という位置づけだ。大きくも小さくもないどっち着かずの国。隣国に対抗するために手を尽くしてきたが、芳しい成果は上がっていなかった。
農産物も鉱物資源も多くも少なくもない。
「自国で賄える分には過不足はないのだが……他国との取引に使える物となると……」
「皆無ですな。ヤマタイラ国には絹製品があった。あれはいい品だったのにな。勿体ないことをしたものだ」
廷臣は影で王の無能ぶりをからかい、本人の前では口を噤む。
忖度しておけば、出世はしなくても、現状維持は出来るのだ。
そんな折、白鷺商会の影から知らせが届く。
『ポルトン聖国から、我が国の小商人が魔を輸入した。これは事実だろうか』
「ポルトン国の……先頃、名を改めたようだな。聖女の国か。まったく。どこもかしこも、魔を手に入れている」
「王よ、この際プロイスタン国から魔を分けていただいたらどうでしょう」
「馬鹿な。そんなこと、できるわけなかろう。あの国と我が国は互いに牽制しあっているのだから」
家臣は俯き、そのまま頷く。しかし心の中では――王が勝手にそう思っているだけでは? そもそも相手にされてもいないはずだ。
口には出来ずひたすら頷く家臣たち。
その時王は立ち上がり叫ぶ。
「そうだ! 奪い取ればいい」
王は目をすがめて考え、やがて、決心したようだった。
「馬で、プロイスタン国を目指せ。今時、地続きで他国へ侵攻するとは、誰も予想できないだろう。そこが付け目だ」
家臣たちは、王のあまりにも無茶な侵攻作戦を誰も止めることは出来なかった。
「王は本当に実行なされるおつもりか……」
「幾ら隣国といえども馬で一ヶ月以上もかかる道のりだ……」
「少数で隠密行動をせよと……魔持ちをすべて投入すると仰せだ」
「……」
***
一方、プロイスタン国では、魔の枯渇問題が持ち上がっていた。
今まで定期的に十人分は軽く取れていたはずが、段々と取れる量が減ってきていたのだ。
「エイリックを呼べ」
王に呼ばれエイリックは王の御前に跪く。
「本当に枯渇したと申すか。正直に延べよ。エイリック子爵」
「……先日、確かな情報を得ました。魔は人のみならず、精霊も必要とすると。ですから魔は以前の半分の採集に留めております」
「そうであったか。それで、情報源は、サクラ殿か」
「はい。ローゼン商会への通信で知りました」
「サクラ殿はずいぶんと魔について詳しい。勿体ないことをしたな。あの時、素早く手を打っておけば、今頃は我が国に取り込めたものを」
「……王よ。サクラの伴侶として、私の地位が低いというならば、地位を上げたいと考えております」
「皇族に見合う地位となると、侯爵か公爵くらいだぞ。少し高望みが過ぎるぞ」
エイリックは、項垂れて口をつむぐしかなかった。
自分でも、図々しい申し出だと分かってはいた。
戦争もないこの時勢で、手柄などあげようはないのだ。
だが、その好機が訪れようとしていた。
隣国が、国境を侵犯してきたのだ。魔持ちで固めた百人あまりの軍隊で。
「隣国は何を考えている。大事な魔持ちを無駄死にさせる気か」
隣国と言ってもかなり離れた位置にある。戦争を仕掛けるにはリスクが大きすぎる。
王は、レイシス国王の考えのなさに、あきれかえっていた。
少数なのは輜重隊の問題だろうが、魔持ちをすべて投入するとは――思い切った作戦と言えばそうだろう。
「魔持ちは水の補給に宛がわれているようです。斥候に寄れば、後は火炎の使い手と、他は身体強化、伝言くらいかと」
ここに、エイリックが立ち上がる。彼にとっては自領が一番狙われる位置でもあり、理由もあるのだ。魔の湖を狙っての侵攻に違いない。
「王よ私にお任せいただけますか。私の領地から狙われるはずです。必ずや蹴散らして見せます」
「……良かろう。其方に任せる」
***
エイリックの領地には、ゴーシュという土属性を持つ庭師がいる。
彼の力が今こそ役に立つ。戦略を練りながら、エイリックは高揚していた。
「今まで、魔持ちを鍛えていた。他国の魔持ちはまだ力を使いこなせていないはずだ。今こそ好機なのだ」
レイシス国との国境は、一つの領地を跨いですぐだった。
エイリックの領地からほど近いところにある国ということだ。
「敵の魔持ちを生け捕りにしてやる。そうなればレイシス国は領地を明け渡して捕虜を取り戻すに違いない。
普段のエイリックを知るものが見れば、彼の表情に慄然としたことだろう。
地理を見極め、相手の攻め入る道を予測し先回りをする。
「レイシス国の兵は百人ほど。少人数で攻めるなら……この山間の道を通るはずだ。隣の領には入らないで、我が領に抜けてくるはず……」
エイリックの兵はたったの十五人だ。
そのうち、魔持ちが五人。土属性を持つゴーシュ。水操作が出来る兵士が二人。その他は、風操作が出来るようになったばかりの十八歳の若者。そして水を自在に操ることが出来るエイリック本人。
他の兵士は魔を持たない者たちだが、弓と剣の腕が立つ。
王にはわざと兵を借りなかった。軍は王都にまとめている。万が一王宮にへ攻め入られてもあそこには魔持ちが二百人はいる。
魔の湖を押さえられたとしても、精霊ニクスが敵兵には魔を触らせない。
「少人数で十分勝算はある」
「おいらみたいな農民風情が、役に立ちますか?」
不安そうにゴーシュがエイリックを見るが、エイリックはにやりとして頷く。
「君がいるからこそ、勝算が立つのだ。さあ、ここだ。やってくれ」
ゴーシュが連れてこられたのは山間の細い道。その道の中程に土操作を施す。
最初は堅くする。やや傾斜をつけて。数メートルごとに地面に魔法をかけて柔らかくしたり堅くしたりしていき、仕舞いには泥にしてしまう。
馬が勢いに乗って走り込んだところを、泥に足を取られるという戦法だった。
馬の疲労が重なれば、動けなくなるだろう。
そして山の中に隠れて待つ。
数日間待っていると、百二十人ほどの隊列が姿を現した。
***
道は、思ったより走りやすかった。
山間の細い道にしては石ころ一つなく滑らかに均されている。馬も軽快に走っていた。
ここまでの長い道のりに兵たちは疲れ切ってもいたが、やっと終わりが見えてきた。この先は一気に攻めて、魔の湖というプロイスタン国の宝を奪い取るのみなのだと、誰もが考えていた。
「敵国は、こんな田舎道まで整備しているのだな」
「豊かなのだろう。まったく妬ましい限りだ」
「これが今後我が国のものとなるのだ。手柄を立てて、いい領地を切り取ろうではないか!」
「そうだ、これらはすべて我らのものだ」
捕らぬ狸の皮算用とはまさにこの事だろう。
先頭を軽快に進んでいた斥候は何かがおかしいと思い始めていた。
彼は徒歩で走り抜け、その先に軟らかな土に変わっているのを見つけた。
「止まれー」
しかし彼の声はかき消されてしまう。馬は勢いよく走り抜けていき彼を追い越してしまった。
見れば、前方に兵士たち五人が立ち塞がって剣を構えていた。
「一番手柄だ。あれは領主の鎧だ、討ち取れぇーーっ!」
先鋒隊の馬が泥に突っ込み足を取られた。さらに後続の馬も止まりきれず、次々と巻き込まれていく。
どどどーっという音と馬の嘶く声が、山間に溢れかえる。
後から後から押し寄せる馬にのしかかられて、魔の使い手たちは身動きもままならなくなってしまっている。
足元は広い範囲に、深い泥で覆われていた。
馬はもがくたび泥に沈み、次第に立ち上がる力を失っていく。
そんな中、魔持ちが馬の間からなんとか立ち上がり、前方に見えた兵士たちに火の魔法を放った。
だが巨大な水球が忽然と現れて兵士を覆い尽くし、あわや溺れる寸前となった。
泥は益々深くなり、兵達は馬に捕まり、馬も水から這い出ようともがきだす。
その直後、すぐ近くからはっきりとした声が聞こえてきた。
「疾く、降参せよ。貴殿らには太刀打ちできまい。私はエイリック・クラウゼルト。魔の湖の領主である!」
遠くに見える水の使い手の声に違いないが、耳元で聞こえるという不思議に、兵士も魔持ちも、皆が身をこわばらせた。
ゆっくりと両側から十数名の兵士が現れた。
剣を構え、弓で狙いを定めている。彼らは傷一つなく鎧もきれいなままだった。
泥だらけで無残な姿になった兵たちは、
――たったこれだけの兵に、我らは負けた。
格の違いを見せつけられた絶望感に、身体から力が抜け落ち無抵抗となった。
***
エイリックは面倒な魔持ちたちを薬で眠らせ、牢に収監する。
力の足りない魔持ちでも、百人もいればそれなりに脅威だった。
魔を持たない兵は解放して本国に帰還させた。
その際、「魔持ちは捕虜になった」と伝えさせる。
「後は、王が折衝役を出してくださる。私の役は終わった」
この後、魔持ちはレイシス国の領地と交換するという取り決めに至った。
レイシス国の領地をもぎ取る形にはなったが、新たに増える領地は飛び地となる。
プロイスタン国からはかなり離れた場所に領地が出来てしまい、その地をエイリックに王から下賜されてしまったのだった。




