77 ブリス国の魔
この国の人々はとても色素が薄い。
ほとんどが金髪や銀髪で、虹彩は薄い緑や薄茶、青だった。
しかも体格も優れている。
「北の種族は体が大きいんだ」
グラインド伯爵は目を細めて豪快に笑う。太い腕には金色の体毛がもさもさ生えている。
ブリス国には四つの領地があり、そのうち二つの領地から鉱石が採れるそうだ。
「以前は最北にも領地があった。そこは銀鉱山だったが異変があってな。領民は住めなくなってしまった」
「どのような異変があったのですか?」
私は興味津々で食いついた。
「ん? お嬢さんは怖い話が好きそうですな。夜中に怖くなっても恨まないで下さいよ」
「はい、平気ですので。是非、聞かせて下さい」
そこは一年のうち半分が氷に覆われる領地だった。
だが、銀鉱山があるため潤った領地だったそうだ。あるとき海岸沿いにも鉱石が採れそうだと、試掘をしていた。
「百人の鉱夫がその試掘に駆り出されていた。固い岩盤を打ち抜いた、そのとき……」
「その時?」
「黒い水が噴き出し、その後鉱夫たちは化物に変化し、領民を襲い始めた」
「……黒い水」
「ああ、今も化物たちは北の地をさまよう……『柔らかい肉が喰いてぇ』『夜出歩く子はいねぇかぁ』」
そう言って私に顔を近づけ、青い目を剥いてみせる。
「……」
「ぶふっ! 子どもは早く寝ろ。ということですな。ははは」
私は幼く見えるのだろうけど、十九歳なのだが。
その晩、伯爵の屋敷に泊まった。
ベッドに入り、彼に聞いた話を思い出していた。
『ここにも、魔が湧いているんだわ』
最北へ行って見たい。海岸沿いを歩いていけば、何日くらいで着けるだろう。
意外に早く着くかもしれない。帰りは転移で一瞬なのだ。
「でも、パパに、止められるだろうな」
《わが、行ってくればいいが?》
「朱雀が? 大丈夫かしら。魔物がいるのよ」
《わも、魔物だ。魔、見つけてぇんだべ》
「うん。この国では毎年一人しか学園にやれないんですって。だったら、自国で魔さえ採れれば、ヤマタイラの学園で学べる」
陸奥の沼で採れる魔は、少なすぎて他国へは分けてやれないのだから。
でも、朱雀は転移が使えない。ポンタは空間庫に荷物がはいっているからすぐ、ヤマタイラに戻らなければだめだ。
やはり、日を改めてもう一度来よう。
「朱雀。やっぱり今回は辞めにする。次来た時は絶対に探検しましょう」
《……んだが》
次の日、伯爵にその事を話してみた。
「おとぎ話ですぞ。本気になさったか……」
子どもを見るような目で見てきたが、パパが意外に乗り気になった。
「伯爵。今世界中で自国の魔を探しているのですよ。もしこの国にも見つかれば、高い金を出して帝国まで子どもを送りだす必要がないのです。しかも、ヤマタイラでもっとも欲しがる資源ですぞ」
「……そうですか。世界は今、そうなっておるのか」
北方には、まだ情報が届いていないみたいだった。
パパは予定を変えて、しばらく滞在することに決めた。
伯爵とその家臣五人を引き連れて、百年前の言い伝えにあった『化物の海岸』を目指す。
私も付いていくと聞き伯爵は反対したが、パパは
「サクラには、強い従魔がついている。危険を排除してくれます」
パパの後押しもあり、私も同行することを許してもらった。
伯爵に朱雀を見せたのも助けになったのかもしれない。
影に隠れていた朱雀を見せると、伯爵は首をかしげた。
「赤い……鶏……?」
朱雀は、にわとり扱いされてもぐっと我慢していた。
そして次の瞬間、空へ向かって豪快に火炎を噴き上げる。
伯爵は目を剥いた。
「……なるほど。これは確かに頼もしい。だが従魔とは、初めて聞く言葉だ」
「珍しい魔物です。帝国では聖獣として珍重されていますし、ポルトン国では精霊と呼ばれています。私は朱雀のことは神獣だと思っています」
「ほう、希少な存在……ならば、私も出会えるかもしれませんな。化物の海岸で」
本当は転移を使えばもっと早く着けるのだけれど、紐付けされていない転移は危険視されるだろう。
馬に乗り、海岸沿いをひたすら走って行った。
五日後には件の海岸とおぼしき場所に着いた。
「ここですか?」
魔物などまったくいなかった。海岸をくまなく探し周り、見つけた!
魔の湧く岩場。岩と岩の間に黒い泥が見つかった。
半径五メートルほどの水たまりにも見えるが、深そうだ。
「でも、おかしいわ。魔物がいない」
魔があれば普通はいるはずなのだ。
「もう夜になる、ここから離れて野営地を探そう」
野営地にはテントを張る。八人が入れる大きめのテントだ。
疎らな草が生えていて、生き物がいない世界だ。だから魔物がいないのかもしれない。
寒さが厳しい土地。さらに海岸ということもあって、生き物自体が少ないのだろう。
ではあの魔はずっと穢れたままなのかもしれない。
生き物がいれば、そこに紛れ込んだものに喰らおうとするのが魔だ。
魔が聖獣になるほどの自我を持っていれば、生き物を呼び寄せたはずだ。
こんなに長い間、ここに湧いているのに魔物がいないというのは不思議だ。
夜中、パパの隣でじっと息を凝らす。
二人がテントの外で見張りをしているけど、私に見張りの順番はこない。
でも、私には感じられるのだ。
――何かがいる。
「ポンタ、私たち全員を影に入れられる?」
《できるよ。でも、馬は無理かな》
ポンタに頼んでパパたちをテントごと影で覆ってもらい、私と朱雀は影から飛び出す。
《いるな。これは精霊級だ。魔物もいる。見だごともねぇもんだ》
私の目の前には亡霊が浮遊していた。薄らと透けて見えるそれは影のようにも見える。
白い影は、鉱夫のような格好をしていた。つるはしを持つものやシャベルを抱えているものが五十体ほどいた。
馬の方へゆっくりと近づいている。
馬は怯え、しきりに嘶いて蹄をばたつかせているが、木に紐で繋がれているため逃げられない。
「朱雀、やって。彼らはもう助けられない。魔物になっている」
朱雀は浄火を吐き出す。
魔物たちは苦しそうに身をよじりながら、一体また一体と消えていった。
朱雀の浄化から逃れた魔物が私に近づき、ふわりと通り抜けた瞬間、私の力が抜けていった。
急いで浄化をかけると、魔物は瞬時にかき消えてしまった。
私は、力が抜けその場に膝を着いてしまった。
身体に力が入らない。
《力ば吸われでまったんだじゃ。休んでろ。わが片付けでおぐはんで》
私が膝を着いている間にも亡霊は現れ続けた。
朱雀に消されていき、すべていなくなると今度は白い球が出現した。
「これが精霊なの?」
《ウィプスだって、喋ってら》
光は私に近づいてくる――また力を吸われてしまう!
《力一杯浄化しろ!》
朱雀に叫ばれ、残った力を使い果たす勢いで浄化をかけ続けた。
私の意識は暗闇へと落ちていった。
***
気がつくと私の周りにパパや他の騎士たちが取り囲んでいた。
「サクラ、どうしたんだ。こんなところで寝ていては風邪を引くぞ」
「ところで、この子はどこから来た?」
「この辺りに村などなかったはずだが……」
視線の先には、襤褸を纏った五歳ほどの少年がいた。
少年はしょんぼりと膝を抱え、静かに座り込んでいた。




