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76 聖獣たち

チョロスケは傷ついた。ボクはそれをいち早く察した。

そうだよな、ボクだってあの時は憤慨したんだ。

ネズミだと東吾という人間に貶され、落ち込んだんだ。

チョロスケは、東吾様に可愛いといってもらえなかったことに傷ついたみたいだ。

まあ、サクラに可愛い可愛いと持ち上げられた反動だろうけど。


聖獣としての矜持が、ボクたちを意固地にさせた。

チョロスケは、言葉はまだ話せなかったが、彼にもプライドというものはあるのだ。

可愛いと言ってくれない人間とは相容れないと、ブンむくれてしまったのだ。

キョロちゃんはその点鈍感で『私が行っても良いよ』と、サクラにアピールする。

「でもキョロちゃん。あなた、まだ空間庫出来ないでしょう」

そうなのだ。キョロちゃんは火の属性の方が得意で、すでに火操作も炎撃も使える。

その他にも身体強化も使えてしまっている。

キョロちゃんの身体強化は特殊で、スキルを発動すると、身体があり得ないほど大きくなってしまう。

まるで龍のような見た目になるため、滅多に使えないのだった。

属性が二つあるから、ボクと同じで器用貧乏なのかもしれない。

もう少ししたら、サクラに魔を飲ませてもらえるんだけど……。


それでもキョロちゃんは空間庫の特訓を頑張っている。

「キョロちゃんは東吾さんが好きなの?」

サクラが面白がってからかうものだから、キョロちゃんは真っ赤になって火を噴き出してしまい、パパさんが大慌てで水をかけた。

「キョロ、家の中では火を噴かない! 約束しただろう」

キョロちゃんはしょぼんとしてしまう。

まったく出来損ないの聖獣ばかりだ。

なんでボクのように優秀な聖獣が生まれなかったのか。

ボクはやれやれと首を振る毎日なのだ。


***


「ねずみが聖獣だというのか」

「はい、ポンタもチョロスケもそうです。東吾様が馬鹿にしたせいで、彼らはへそを曲げてしまいました。もう東吾様には懐かないと思います」

東吾様はボソッと「別に好かれなくても構わん」という。

「ねずみには見えますが、彼らには自我があって、ただの獣とは違います。他の方にも協力はしないでしょう」

「では、君に運んでもらおう」

東吾様はいつものようにお忍びで街を歩かれ、マミヤ商店へ来ていた。諜報部の仕事とはいえ、皇族が一人で出歩かれるのは危険ではないだろうか。

「いいですけど……私の父には懐いております。父を世界商人にしてはどうでしょう。東吾様が私におかしな身分を付けたせいで商売がやりにくくなってしまいました。暫くはプロイスタンへも行けないでしょう」

「……責任を取れと言うのか」

「いえ、そういう訳ではなくって。商売人が仕入れに行けなくては干上がってしまいます」


商会には格というものがあるそうだ。一番格上なのが言わずと知れた、「ローゼン商会」なのだが、ここヤマタイラにも商会はある。

白鷺財閥が運営する白鷺商会だ。

東吾様は、この際だからマミヤ商会を立ち上げようという。

話が大事になりすぎて、私は二の足を踏んだが、パパは大乗り気だ。

「いいぞ、やってやろうじゃないか。これからは世界へ出ていく」

マミヤ商会は、世界で一番力の弱い商会だろう。

それでも、皇族が後ろ盾になってくれるのだ。審査はすぐに通ってしまった。

パパは神社へ行き言語理解の入れ込みをしてもらった。

マミヤ商会の支店は今のところブリス国支店のみだが、パパは忙しく飛び回るようになった。

私は私で、魔学園の教授という仕事がある。

今は入学志願者の人選をしているそうだ。たった一年で卒業できる魔学園の評判はいい。

先頃、ユーフラティア帝国からも魔調整学園の一大改革のお達しがあり、あそこも一年間に切り替わったという。

「アサド王も改革に踏み出したのね」


平穏な毎日が続き、新入生の魔の受け渡しも終わった。

「魔は、精製されていれば危険はない」

私のこの頃の見解だ。ただ、身に馴染むまでは時間が掛かる。

魔が身体に馴染む時間をおかなければ危険が伴う。ラシードから聞かされた、一度に大量に飲むと危険、というのも分かってきた。

精製された魔でも多すぎれば、意識を奪われるということなのだろう。

魔は生き物ではない。だが、「思念を喰らう」という原始的な性質は持ち続けるようだ。

たった五人しかいない生徒に教え込むのは造作もない。

私はやることがなくて、この頃は手持ち無沙汰になっている。

だから、私が知る限りではあるが、「魔の体系と危険性」をまとめている。

朱雀からの助言と知識にも助けられて、本が出来上がった。

この本には精霊や聖獣、そして神獣についても軽く触れておいた。

彼らの成り立ちや、個性。そして人間とは違う理を持つことも。


「本も出来上がってしまった……他に何かないかしら」

私ももう直ぐ十九歳になる。ヤマタイラ国では「行遅れ」と言われ始める年齢だった。

「一生独身かもね……」

皇族の落胤という表向きの立場は、結婚相手を探すのは無理だろう。

私の脳裏にぱっとエイリックが浮かぶ。

「無理。彼はもう私なんか忘れてしまっただろう……」


そんなある日、東吾様が暴漢に襲われた。

彼は腹を刺されて瀕死の状態で戻ってきた。

魔学園の卒業生に光の属性を持つ皇族がいる。彼女が治癒を掛けて事なきを得たが、見舞いに行った私に東吾様はこう言った。

「これで白鷺財閥を潰せる」

暴漢は返り討ちにして捕まえてあるという。白鷺系列の影の仕事を請け負うヤクザだと判明したのだそうだ。

転んでもただでは起きない、彼らしい。

だが、あまりにも無謀だ。私は東吾様にキョロちゃんを付けることにした。

「キョロちゃんは、火を使う聖獣です。空間庫もちょっぴり使えます」

「聖獣たちは私を嫌っていたのではないのか?」

キョロちゃんは東吾様が好きだから問題はないと、半ば押し付けてきた。

彼女はちょっと問題はあるけれど、きちんと東吾様を守ってくれるだろう。

以前、ガジが王様好きという特性があるのを知った。キョロちゃんにも似たような性質があるようだ。


「今度、大量の鉱物の取引がある。ポンタを貸してくれないか」

チョロスケだけでは足りないという。

「ポンタ、助けてあげようよ」

《仕方がないなぁ。パパさんの頼みなら……》

「何とか一度に運べそうだ」と言ってパパは喜んだけど、私も心が浮き立つ。

「久し振りに国外へ行ける!」

やはり、飛び回っている方が私は楽しい。


初めて行くブリス国は、北方にある小島だ。世界地図で見たレイシス国よりさらに北にある。

「あそこは信じられないくらい霧が立ちこめるんだ。北に位置している割りにそれほど寒くない」

海を流れる暖流のせいで霧が多いとパパが教えてくれた。

転移はいつもと変わらなかった。ブリス国の転移の間も同じ造りだが、部屋を出た途端カビに似た香りがする。

「霧のせいだ。街中この臭いさ」

でもそれほど嫌ではない。

街の雰囲気が他の国とはずいぶん違う。

濃い灰色の石で造られた街。

街全体が暗く沈むような色合いだが、重厚な建物が並び、落ち着いた趣があった。

マミヤ商会は転移の間がある建物のすぐ側にあった。その方が利便性がいいので、大体どこの国もそうだった。

商会の倉庫も石で造られた大きな建物だった。

ヤマタイラ国から持ち込んだ物資をポンタが出し、それを使用人たちが倉庫に並べていく。

鉱石の買い入れは、鉱山まで出向かなければならない。

その場所まで馬に乗って行くという。商会で飼っている北方産の茶色い雄馬だった。


この馬は大きくて頑丈そうだ。

パパは鞍の前に座った私を支えながら手綱を取った。

馬は、緩やかな登り道を軽快に進んでいった。

「この国の王子様とヤマタイラ国の内親王様がご結婚なさるんでしょう」

「ああ、第一王子だぞ。十五歳になられる」

「どんな方かしら」

「白銀の若君と呼ばれる美丈夫だそうだ」

今年十一歳になる内親王様とは年回りも丁度いい。十五歳になれば輿入れとなる。

レイシス国の第三王子との縁談が破棄されて、かえって良かったじゃない。


今はブリスの国力は弱いけれど、ヤマタイラとの交流で食糧が十分に入り、鉱石も売れて豊かになっていくはず。

お互い助け合って、国力を高めていける。


「今ブリス国では、ヤマタイラ風の料理が大流行だ。今までの硬い黒パンに比べれば米は甘く感じられるんだとさ」

「ふーん、ここは周りが海だからお魚は獲れそうね」

「ああ、鮭や大きなエビや蟹が豊富だ」

ヤマタイラでも海産物は豊かだ。

これなら、内親王様もお食事に困ることはなさそうで安心だ。


鉱山にはいくつもの小屋が建っていた。

鉱夫たちが寝泊まりするための宿舎だという。

「冬は閉山するんだ。寒さが厳しくなるからな」

ここの責任者がそう教えてくれた。

採掘場は露天掘りだった。

深い穴の周囲には細い搬出路が巡らされ、底まで続いている。

その道を使い、鉱夫たちは鉱石を手押し車に乗せて運び出していた。

最も深い場所では、一人の魔の使い手が土操作で岩盤を掘り進めている。

「鉱石って、こうやって採れるんだ」

思わず感心して呟く。

すると側にいたパパが教えてくれた。

「いや、坑道を掘り進める方法もあるんだが、土の魔持ちがいればずっと楽なんだ」


でも、魔の使い手になるには大金が必要だ。

――この国は鉱夫にお金をかけたのだろうか。

その鉱夫が搬出路をあがって私たちの前に来て挨拶する。

「マミヤの会頭。ここが済んだらいつものように、我が屋敷へ」

「では、そうさせていただきます」

初老の魔の使い手は、ここの領主グラインド伯爵だった。


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