75 エイリックの悲劇
「サクラが、皇族?」
「ああ、あれは嘘であろうとは思うが、正式な書面まで用意してあった。そうなれば嘘も本当になる。エイリック、諦めるよりないだろうな」
エイリックは、何も考えられなくなってしまった。なぜもっと早く手を打てなかったのかと、そればかりぐるぐると頭を廻り、その後彼は、領地に引きこもってしまった。
王からの呼び出しがあれば王都へは行く。用事が終わればすぐに引きこもるという繰り返しだった。
「エイリックは立ち直れないのでは?」
レオポルドとオルドリックは心配して、様子を見に行くと、彼は庭師と一緒に土いじりをしている。
「エイリック、社交界へ出て嫁を見つけてはどうだ?」
「……私は、一生独身を貫く」
「馬鹿な、ちんちくりんのことは忘れろ。似非皇族なんて、面倒ごとに引張り込まれるばかりさ」
「サクラは、ちんちくりんではない……小さくて可愛いんだ」
そう言ってエイリックは天を仰ぎ、深いため息を吐く。
恋の病ばかりはどうしようもない。そのままオルドリックは戻るしかなかった。
「エイリック子爵はまだ若いな。十九歳か。時間が解決してくれるさ」
オルドリックの兄エドワードもそう言って心配はするが、どこか上の空だった。
エドワードは今まで縁談に対して消極的だったが、歩けるようになり今は目当ての女性に猛アタックをしている。だが芳しくはないようだ。
自分にも置き換えているのだろう。
「俺にはよく分からない感情だな。俺はまだ独り身で十分だ」
***
メイリーンは今、自国ポルトン国へ戻った。
サクラが突然帰国してしまったことには驚かされたが、外交ではよくあることと納得もしている。
自分も国を預かるものとして、大事なカードをかすめ取られそうになれば、そういう手を取るだろうと思う。
それほど今のサクラは、各国にとって垂涎の存在なのだ。
「メイリーン様。今年の魔はどのような順番で分け与えられますか」
これを決めるのは大変なのだ。
どの貴族も今度こそはと魔を欲しがる。このポルトンでは男性よりも女性に魔を飲ませる傾向に変わった。
娘がいない貴族は養女をとってでも魔を飲ませようとする。
光の発現方法が確立された。それが今のポルトン国だった。
光は浄化から再生まで、他国へ大金で売れる技能だ。近隣諸国では、ここポルトン国巡礼というブームまで起こっている。
国は経済が持ち直し、さらに活性化している。
「それもこれも、サクラが教え導いてくれたからこそなのだもの。他の国が欲しがるのは当然のことだわ」
程なくしてサクラから便りがあった。
『光を極めれば、『真視』のスキルが発現する。真視は適性を見極められるので、メイリーンも頑張ってスキルを発現させてね』
と言うものだった。
「まったく。サクラったら。相変わらず情報の大切さを分かっていないのだから……」
***
アサドは、サクラの寝室に残されたメモを見ている。
部屋の掃除をしていた下働きが見つけ届けてくれたものだ。
帝国が、これからどのように舵を切ればいいのかを詳しく分析し、明示されたメモだった。
『彼女はわざとこれを残していったのだな』
何という、危機感のなさだ。このような大事な事をいともたやすく人に教えてしまうとは。
呆れると共に、なぜか笑いが零れてくる。
「サクラは、どこの国にも抑えられないだろう。見栄っ張りの、あの小国ならなおさらだ」
またサクラとまみえたなら、ちゃんと礼をしなければなるまいとアサドは心に誓った。
アサドは、サクラの残した書面に問題の箇所を見つけた。
「魔を精製するためには光の属性と、火の属性が何としても必要だ」
即座に廷臣に言いつけ国中に散らばった火の属性持ちを集める指示を出す。後は光だ。
「女性に魔を飲ませればいいのだな」
ラシードに使いを出し、来てもらう。
「その年頃の女性はほとんどが結婚しているぞ」
そう言われて、頭を抱える。
「では後家でもいい。とにかく今すぐに女性が必要だ」
ラシードは、ヤスミーンやその他の後家に声を掛けることとなった。
ヤスミーンは、
「私が魔を受けることが出来るのですか」
と、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしたが、喜んで魔を飲みますと快諾した。
魔は危険を伴うと言うことも重々承知してのことだ。
それでも、アサドの役に立てるのならと承知したのだ。
「アサドは、元に戻った。私はそれが嬉しい」
そう彼女は言ったのだ。
***
エイリックはぼんやりと考えていた。
「以前は、サクラの家格が低いと見なされ、見合わないと王に言われた。今は私の地位が低いと言われる」
ならば、私の地位を上げればいいのではないのか。
その考えに及んだとき、彼の目に暗い影が宿る。
「そういうことならば簡単ではないか」
王にも位を上げると何度も言われていた。
魔の利権を王に献上したとき。そして新たな魔の体系を発見したとき。
だがその度に辞退してきたのだ。これ以上地位が上がればサクラとは一緒になれないと考えていたからだ。
だが、これからは遠慮せず受けよう。
「サクラの国の皇族と釣り合う地位まで登り切ってみせる」




