73 サクラの真視
新しい聖獣たちを見ている。
キョロとチョロスケは、どちらも闇を持っていた。
トカゲのキョロちゃんは他に火も持っている。
ネズミのチョロスケは闇だけだった。ネズミにしてはやや大きめで二十センチ以上はある。尻尾も入れると三十センチくらいだろうか。パパはチョロスケを大事にしてくれるかしら。
ママやばあやはきっとキャーキャーと騒ぐだろう。ネズミのチョロスケは嫌われそうだ。
私も以前は苦手だったけど、ポンタのお陰で気にならなくなった。
ポンタは、ちょっとだけチョロスケに似ているのだから。
ラシードに明け渡したジャッカルの聖獣は、ガジと同じで、風と闇だろう。見てはいないが、朱雀によれば、獣は大体似たような属性になるそうだから。
では、アサドのらくだはどうだろう。
今はらくだは王宮にはいないので、見る事が出来ないでいた。
キョロちゃんは、レオポルドに渡そうと思っている。
彼は空間庫を欲しがっていたから、きっと喜んでくれる。
今はまだポンタの特訓の成果が出ていないので、空間庫が獲得できてはいないが、その内身に付くはずだ。適性があるのだから。
「サクラ。魔の兵士の一人の意識が戻っているようなの」
「え、本当なの。良かったわ。人間に戻れるのね」
ついそう言ってしまった。私は諦めかけていたのだ。
魔は思念を喰う、と以前朱雀に教えられていたから。思念とは食べられても減るものか、復活するのか? そこが疑問だったのだ。
メイリーンと一緒に意識が戻ったという兵士の元へ行く。
兵士たちは今個室を与えられて人間らしい扱いを受けているようだ。
以前は小屋に押し込められていて、まるで家畜のようだったとメイリーンがコッソリ教えてくれた。
三十代の男性。
彼は記憶を失っている。今現在の記憶はあるようだが、以前の記憶は断片的だった。
自分の名前は言えた。だが十代後半からの記憶がどうしても戻らないと不安そうにしている。
「サーミルさん。具合はいかがですか?」
「俺の部族は、皆魔に喰われたと聞いた。本当か?」
「……少し残っています。アサド帝王もあなたの部族でした。そうでしょう?」
「さあ、そこが曖昧だ。俺の父親は魔の泥に入れられて、魔物に転じたのは覚えている」
その後も質問を繰り返したが、彼の一部はやはり魔によって食い散らかされてしまっていた。
だけど、彼はこれからも生きていかねばならないのだ。彼に、これからどうしたいかと聞いてみた。
「俺は……どうしたらいい?」
私の質問は配慮に欠けていた。彼に今、生き方を聞くべきではなかったのだ。
彼の生きる土台となる記憶が無くなっているのに、残酷な質問をしてしまったのだ。
サーミルはその後、自室に籠もり、一人で悩むことになってしまった。
意識が戻ることは救いではなかったのか。
メイリーンと二人、自分たちが善意で行ってきたことは正しかったのかどうか、答えが出ない問題を抱えることとなった。
問題はふつうの記憶喪失とは違うことだ。魔が成り代わっていた間の記憶は戻らない。そもそもその間彼らは、魔と入れ替わられて、自我がどこかに押し込められていたのだろう。
その後も魔の兵士たちは、次々と意識を戻していく。
私は彼らには無理に記憶を辿らせないようにした。
ただ話を聞くに留めた。
ある女性兵士は、婚約者の元へ帰りたいとこぼした。
彼女は未だに十四歳であるかのように振る舞った。
「ライラさん。あなたの婚約者のお名前は?」
「ラシードよ。彼の部族と私の部族は仲がいいの。だから私は彼が助けに来てくれるって信じていた……私は……魔の泥に入れられたような……」
どうしたらいいのだろう。ラシードはライラのことを以前、連れて帰ると言っていたのだ。
それを私が、浄化をかけて元に戻すまで待っていて欲しいと言ったのだ。
ラシードは彼女と向き合ってくれるだろうか。
私はラシードに使いを出した。今彼はオアシスに戻っている。
彼にはすでに妻が二人いて、子どもまで三人いる。
三人目の妻はアサドに処刑されてしまったそうだが、思い入れはないときっぱり言っていた。
その彼が、ライラには執拗に拘っていた。
余程思い合った相手なのだろう。
ラシードが勢い込んで部屋に入ると、ライラは怯えた。
「この叔父様は誰?」
「ライラ、私だラシードだ」
「……嘘よ。ラシードはあなたのように大きくはないわ。気味が悪い」
「……」
ラシードに、魔に置き換えられていた時間の記憶がないことを話すと、彼は、
「私の事を覚えていて、今の私を受け入れてくれない。そういうことか」
「と言うか、彼女の時間は十四歳で止まっている。彼女はこれからゆっくりと理解していくでしょう。この過程できっと、苦しみます。ラシードさん。支えになっていただけますか?」
「ああ、もちろんだ。私はあのとき、彼女たちを見捨てた。その責任は重い」
アサドは魔の兵団を解散すると宣言した。
ここに残ってアサドの護衛をしても良し、ラシードのところへ行くも良し、と決断を下した。
彼にとって、もはや魔の兵団は必要ないと言うことだ。
怖さを知らず立ち向かっていった、かつての操り人形は消えた。
私はアサドの身に宿る黒い塊と、白く輝く玉をじっと見ていた。
彼がその決断をしたとき、白い玉が一際大きく輝いたのを見て、彼の心には言葉には出ていない優しさが籠もっていると理解したのだった。




