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70 聖獣たち

魔の兵士たちは、魔の泥に入ろうとする獣を追い払っている。

フラフラと近づく獣の目はぼんやりしているように見えた。

私と朱雀は、魔の泥の一つ目に近づく。

私がまず浄化を掛ける。浄化で穢れを削り、浄火で核を炙り出す。

どうやら役割が違うらしい。朱雀が言うには、私の浄化は拙いのだという。

《もっと成長すればもっと早ぐ浄化できるようになる》

余力を残して朱雀と交代する。

朱雀は小さな嘴をパカッと開き、驚くほど大きな火炎を吐き出した。

ゴホーッと音を立てながら魔の泥が焼かれていく。

泥はなかなか燃えない。何度も火炎に焼かれ、やがて泥は色が変わり始め、中央のくぼみに虹色の膜が張った魔が残った。

そこへ一匹のトカゲが投げ入れられた。


トカゲは、どうなったのか。ふつうは魔物化すれば、身体が大きくなるはずだ。

だけどトカゲはそれほど変わらない。

きょとんとした目でこちらを見ている。

ポンタが走り寄りトカゲを抱え、さらに残った魔を空間庫に収めてしまった。

私は次の魔の泥へ向かった。


三つ目の魔の泥を浄化し終わったとき、残った四つ目の魔の泥に獣が押し寄せていった。

魔の兵士が押さえたが、その隙間をすり抜けた小さな獣たちや虫が、次々と飛び込んでいってしまったのだ。

朱雀はそんなことは気にせず、三つ目の泥を淡々と浄火している。

「エイリック。サクラを連れて砂山へ行け。私たちは魔物を出来るだけ始末する!」


五十センチに膨れ上がったサソリやフンコロガシまでいる。だが、動きは緩慢だ。

トカゲや大型に変化したオポッサムまでいた。

《……なんかやだ》

ポンタは耳を伏せてそっぽを向いた。

同族と感じているの? 私には同じ生き物には見えない。ポンタはポンタだもの。

アサドとラシードは、幅広の剣を振り回して次々と不気味に膨れ上がった魔物を屠っていった。

二百体はいるだろう巨大化した獣たち。だけど魔物たちは生まれたては弱々しい。


始末するには、魔に馴染む前の今が好機なのだ。


浄火を終えた朱雀を連れ、ネズミの聖獣トカゲの聖獣、ジャッカルの聖獣を抱え、私たちは砂山に転移した。

四つ目の魔の泥は、魔物が生れる度に透明になっていく。

《これが、本来の姿だ。こうやって魔の穢れが薄まって、聖獣が生れるんだじゃ》

そうだったのか。私の出番は終わった。

砂山から見る光景は、何かの作業のようだった。

魔の兵士たちが淡々と魔物を始末している。

魔物たちは抵抗私用としても動きが遅く、一方的に蹂躙される姿が見えた。

あれほど恐れられている魔物でも、こんなにも哀れを誘う光景には、目を背けたくなった。


数時間もすると魔物や獣はちりぢりになって走り去った。

「くそっ。ずいぶん取りこぼしてしまった」

ラシードが悔しがるが、逃げた魔物は五十にも満たないだろう。ここは人里からは離れている。被害は少ないはずだ。

最後の魔の沼には、らくだがぽつんと立っていた。

「らくだの聖獣?」

「そのようだな。これは私が受け取っても良いか?」

アサドがそう言うなら、どうぞどうぞだ。

大きならくだは、私にはちょっと抱えられない。

「ラシードにも褒美として聖獣をやってくれ」

アサドの言葉には人間らしさが籠もっているように見えた。

ラシードにはジャッカルの聖獣を渡すと、嬉しそうにジャッカルの首を撫でている。

「聖獣をこの手に入れられるとは。夢みたいだな」


最後の沼にも精製された魔が残っていた。ポンタにまた仕舞い込んでもらい、転移で一斉に戻った。

アサドに精製した魔を足出すと、意外な言葉が返ってきた。

「この魔は、皆に分け与える」


帝都に戻ったアサドは、危機が去ったと帝都の人々に布令を出させている。

こうしてみると、ちゃんと王様をしている。

考えて見れば、アサドが帝王になってからも帝都や国内の情勢は大きな変化はなかった。

ただ、ローゼン商会の食糧価格の操作で、苦しんでいたのだ。


「あの場所は定期的に魔を精製しなければならない。そういうことだな、サクラ殿」

「そうです。魔はしばらくすれば湧き出しますから。でも、聖獣の魔が出来るとは限りません。獣が引き寄せられるかどうかが目安のようですね」


私たちはくたくたに疲れて王宮へ戻り、そこで食事を振る舞われた。

「アサド帝王はこれからどうなさるおつもりですか?」

「私がまだここの王でいられると思うのか、サクラ殿」

「ではラシードに地位を譲るのでしょうか?」

それを聞きラシードは慌てだした。

「辞めてくれ。私には王など無理だ。だが、一つだけ提案がある」

ラシードは、魔調整学園を改革すべきだという。それは私も賛成だったが、アサドは、

「この国の食糧はどうやって賄えばいいというのだ。だからラシードは甘いというのだ」

本気で怒っている。ちょっと怖い。

「アサドさん、この国は魔が豊富です。各国にも魔が取れてはいますが、量が少なすぎるのです。だから、魔を輸出しませんか?」

「魔の輸出だと」

「はい、魔は一人に何度でも必要になります。これは、本当は秘密だったんですけど。アサド王には特別に先行して教えちゃいます。だから、魔の精製をするのがこれからのこの国のあり方になります。そうなれば、高くなっていた、食糧の値段も落ち着きます。きっと」

「魔の取り込みは一度きりではないということか。安定供給できれば、この国は新たな交易国家になれる。そういうことだな」

「そうです。帝国はこれからも世界の中心でいることでしょう」

帝国が魔を輸出すれば、特権階級だけだった魔の取り込みも庶民でも手が届くようになるかもしれない。


「未来は明るい。ようやく家に帰る事が出来る」と、その時の私は脳天気に考えていた。


***


ポンタは今、トカゲのキョロちゃんとネズミのチョロスケに一生懸命アイテムボックスを教え込んでいた。

――このままではボクは東吾様のところに貸し出されてしまう。それは嫌だ!

東吾様はポンタのことを「ねずみ」と言ったからきらいだった。

《だったら、ネズミを東吾様に付ければ良いんだ!》

この聖獣たちはちょっと頭が悪い。言葉もまだ話せないし、教えたこともすぐに忘れてしまう。中途半端な聖獣だ。

ねずみとボクに言われても、チョロスケはへらへらと笑っている。

ボクだったら絶対に許せないのに……。

――こいつらを東吾様にやれば良いじゃないか。

とにかく、転移とアイテムボックスは絶対に覚えてもらう。

ポンタは、サクラを差し置いて、生まれたての聖獣を鍛えようと、奮闘する毎日だった。

「ポンタ。あまり厳しくしたら可哀想でしょう」

サクラが、新しい聖獣を可愛いがる。

少しだけむかつく。

《サクラのためにやっているんだぞ。東吾様とレオポルドに、こいつらをやれば問題が片づくんだ》

「チョロスケは、パパにやろうと思うんだ。そうすれば、東吾様は、パパを蔑ろに出来ないでしょう」

サクラは、一枚上手だった。


第三部 完


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