69 共闘
エイリックは、巨大な帝国の砂漠の中央にまで足を伸ばしていた。
メイリーンが付けてくれた精霊には助けられた。見えている範囲なら転移で素早く移動してくれるのだ。
当初心配していたような時間は掛からなくて済んでいる。
大きくうねる砂漠の山。その頂上へ上り周りを見渡す。
「黒い砂……あそこは魔の泥か……?」
所々に黒い部分が点々とあった。
数えてみると四つほどあるようだ。
目をこらすと、黒い砂の周りに生き物が蠢いている。
砂漠の彼方からも獣たちが、ゆっくりと集まってきているのが見えた。
「まずい。あれぜんぶが泥に入れば相当数の魔物が出来上がってしまう」
彼は急いで、王都へ転移してもらった。
メイリーンはまだ帝都にいてくれたようだ。
エイリックは間に合ったと喜んだ。
「メイリーン。見つけた、魔の湧く場所を見つけたんだ。浄化をしないと大変な事になる」
メイリーンは、浄化だけでは効果が無いという。火の属性の浄火というものも使う必要があるというのだ。
「……でも、こちらも大変な事になっているの。サクラが……」
メイリーンによれば、サクラが王宮へ行ってアサドとラシードに治癒を掛けている最中だという。
――何ということだ。サクラは治癒を明かしてしまったのか!
だが、メイリーンたちを見て、己を恥じた。
彼女たちは、自らの光の属性を明かして各国を回っていたのだった。
サクラを隠しておきたい自分の身勝手な我が儘だったと、今更ながら気が付いたのだった。
《エイリック! 見つけた。サクラが探していたんだ。一緒に帰ろう》
「ポンタ、いいところにいた。君、レオポルドにこの手紙を届けてくれないか」
《いいけど、エイリックは? またいなくなっちゃうの?》
「いや、私は王宮へ行ってサクラを連れてくる。サクラのところには朱雀がいる。朱雀の力が必要だ」
***
ポンタが帰ってこないと心配していたところに、エイリックが飛び込んで来て、私は一瞬夢かと思った。
「え、エイリック……?」
「サクラ、ここはもう落ち着いたんだろう。ああ、いい、話は聞いたから。君たちに助けてもらいたい。魔物が大量に出来上がってしまいそうなんだ。急がないと魔物がこちらにまで襲ってくるかもしれない」
その話を聞いたラシードが立ち上がってしまう。
「なんだとっ! それはどこだ!」
治癒の最中だというのに、私はハラハラする。傷がまた開いてしまいそうだ。
そこでアサドまでが立ち上がり着替えをし始めた。
「アサドさん……あの……」
魔物が魔物を殺せるのかしら。こっそりと目をのぞき込むが、目は伏せられていて見えない。
「私は、曲がりなりにもこの国の帝王だ。私も行く。だれかある!」
アサドが声を上げると、バタバタと廷臣たちが駆けてくる。
「はっ。アサド様」
「魔の兵団をここへ。そしてお主らは街にバリケードを張って、危機に備えよ」
アサドと十八人魔の兵団が王宮の前に整列する。
「転移人、これへ」
それを聞いて私は驚いた。転移の間に紐付けられていない転移人が、この国にはいたということを。
私とエイリックは口を噤んでじっと前を見る。
この転移人たちは、以前の王がそろえていたものだろう。
他国には必ず紐付けさせていたのに……。
そこにポンタが戻ってきた。
「ポンタ、手紙を届けてくれてありがとうな」
「手紙って?」
「レオポルドに事情を知らせたんだ」
「オルドリックが来ているのに。彼に知らせれば簡単だったのよ」
「……そうだったのか」
そういえばオルドリックを置き去りにしたままだった。彼は商会でずっと待たされていて、じりじりしているのではないだろうか。
今は日待っていられない言い訳は後だ。
帝国の転移人は一度に運べる人数に限りがあると言った。
転移は便利だけど、一度も行ったことがない場所へは行けない。
場所は、メイリーンの精霊が知っている。
まずはその転移人を連れて私たちが先に転移する。
その後で魔の兵団を順次送り込むようだ。
エイリックは私の手を握り、片時も側を離れない。
今までの距離感が変わってしまってちょっとドキドキしてしまった。
「エイリック、王様と示し合わせていたんでしょ。王様はあなたが国に戻れるようにしてくれるのよね」
「ああ、心配は要らない。君が万が一、プロイスタン国に来た時の方便だったから……」
良かった。レオポルドさんには聞いていたけど、やはり不安だった。
目の前が白く光る。目を開けると、私たちは砂の山の上に立っていた。
眼下には無数の獣がいた。野生のらくだ、ジャッカル、ここからでは分からない小さな獣たち。
なぜ獣たちは魔に呼び寄せられるのだろう。それが不思議だった。
「朱雀、魔に獣が集まってくるのはなぜなの」
《獣を魔が呼び寄せてるんだ》
魔が……呼ぶ。
朱雀によれば、魔の中にはポンタのような意識を持ったものが偶にいるのだという。
ガジや、ポンタ、そして朱雀はそうやって生まれ出た。獣の意識を奪って。
《ボクもそうだった。近くにいる獣を呼び寄せたんだけど。雑多な魔が多すぎて出遅れてしまうところだった》
ポンタの言っている事は、ちょっと分からなかったけど、朱雀が後で教えてくれた。
魔の周りには、多くの魔がいてお互いに浸食し合うのだそうだ。
それらは自我がなく、ただお互いを喰らう。
そういうものを取り除きたくて、自我を持つ魔が、獣を呼び、雑多な魔をきれいになくし、己の中の穢れた魔をも清浄化させる。
「では、あの魔の中には聖獣になる魔がいる。そういうこと?」
《んだ。四ついるな》
「じゃあ、浄火しては死んでしまう?」
《生きていない魔だ。死にはしねぇ。ただ、身体となる獣は必要だベな》
生け贄が必要。ということだろうか……。
すぐ側でその話を聞いていたアサドが、目を伏せながらこう言った。
「私は未だに魔と戦い続けている。そうしなければ私は魔と入れ替わる。そうなのだな」
《んだ。人は自我があるはんでな。魔と戦える。そのうち、おめは勝つ。心配すんなじゃ》
でも、朱雀はアサドのことを聖獣になるかもしれないと言った。
アサドの中には聖獣になる魔がいる。そう言ったのではなかったか。
もしアサドが負けたら、聖獣が乗っ取る。そういうことになるのだろうか。
あまりにも煩雑で、理解できそうにない。
ポンタや朱雀を見れば聖獣や人獣は、私にとっては善と思えるけど、アサドにとっては、自分をむしばむ恐ろしい物なのではないか。
私は魔の兵士たちを眺めた。彼らはどうなのか。
浄化すれば戻るとは言われたが、果たして彼らの自我は残っているのだろうか。
「サクラ、そろそろやってくれ。朱雀も頼んだぞ」
「はい」
私は自前の拙い転移で魔の泥まで転移した。




