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65 久し振りのプロイスタン国

久し振りのローゼン商会は、建物が大きく立派に建て替えられていた。

いつもの場所へ行ったが、「本店は移転しました」と言われて慌ててしまった。

王宮の側に新しく造られていたのだ。

口を開けて大きな三階建ての建物を眺めていると、中からオルドリックが飛び出してきた。

「サクラ、連絡もしていないのに、どうしたんだ。何かあったのか」

「仕入れに来たに決まっているでしょう。私は商人なんだから」

「……そうだった。エイリックから知らせがあったのかと……」

エイリックから? 嫌な予感がした。

「エイリックがどうしたの」

「とにかく中へ入ってくれ。今引っ越しでゴタゴタしているが、親父と君の事を話していたところだ」


レオポルドが私を見て気まずそうな顔をする。

いったいどうしたの――私、何かした?

「あの、レースの仕入れと、以前話してくれた絹のタイツのことを聞きたくて来てしまいました……けど何か問題でも?」

「何れは君に声を掛けようとは思っていたのだから、それは問題ないのだが……エイリックが国を出てしまった。国王は激怒している」

なんてこと! 子爵が勝手に国を出た。

それも彼の場合は、絶対抜けられない立場だったはずなのに。


オルドリックは私を見ずに、窓の外を見ながら話し始めた。

「あいつ、伯爵に昇爵する寸前だった。俺のところに来て言ったんだ。『これ以上は無理だ』って」

「何が無理なの? 伯爵になれるのならいいことではないの?」

「サクラ。伯爵になれば高位貴族と見なされる」

「ええ、それで?」

「平民とは一緒になれない。あいつは今まで自分以外に魔を採れるやつを鍛えていた。それがようやく見つかって、貴族の称号を返上しようとしていたんだ」

せっかく子爵となって領地ももらい順調だったはずなのに。エイリックは何が不満だったのだろう。


オルドリックは、困ったような顔をさらにしかめて「君のためなんだよ」という。

「もしかして、私を……?」

「そうだよ。サクラを娶りたいと、ずっと言っていたんだ。だが、俺はやつに言ってやった『サクラは世界商人だ。自由を奪うのか』って」

ヤマタイラで言うところの華族様みたいなものなのかと、私はやっと納得した。

そう考えれば、伯爵様と私は結ばれるはずはなかったのだ。何となく淡い恋心に浮かれて目を逸らしていたのは自分だった。

エイリックはずっと私に尽くしてくれていたんだった。

世界商人になるときも、自分の身体を実験台にして魔の理解を深め、私にそれを教えてくれたことも……。

エイリックは、ボボ殿下と仲がよかった。きっとミクロン諸島へ行ったんだわ。

「エイリックは、多分ミクロン諸島へ行ったのだと思います。私、今から行ってきます」

「いや、行く必要がない。すでに王の使いが飛んでいった」

ではどこへ行ったのかしら。早く見つけて王様に謝った方がいい。

でも、あまりにも突然で、意外な展開過ぎる――あのエイリックが?


「ここにメイリーン聖女が来た時、仲良く話していたから、誰も気が付かなかったんだ……それまでは思い詰めていたんだが」

「メイリーンが……彼女と一緒に行ったと?」

「俺はそう考えている。これは、誰にも話してはいない」

オルドリックがこっそり打ち明けてくれたけど、困った。メイリーンは各地を廻っている。今どこにいるのか。

これ以上はどこへも考えがたどり着けない。焦燥が覆い被さってきた。

そんな私を心配そうに見てレオポルドが、私に仕事を思い出させた。

「サクラは知らずにここへ来たんだな。仕事なんだろう?」

「ええ、仕入れに来ました。それが終われば、ヤマタイラ国からの依頼を片付けなければ……エイリックのことは――」

「サクラ、君が心配しても仕方がないことだ。君は仕事のためにここへ来たんだ。エイリックのことは私たちがなんとかする。君は自分の仕事のことだけを考えなさい」

確かにそうだ。私がここでやきもきしても、何の助けにもならないことは分かっている。けど、身体が重くて頭も働かなかった。


その日はレオポルドの屋敷に招かれ、以前泊まった部屋に休ませてもらった。

その間レオポルドが商品を見繕って持ってきてくれるという。

何から何まで世話になりっぱなしだ。申し訳なくなって頭を下げると、

「なにを言うか。サクラにはエドワードの足を治してもらった恩がある。これくらいは大した事ではないんだ」

「エイリックは、なにも言わずに旅立った。でも、いったいこの先どうしようというのかしら。国にも帰れなくなってしまって」

レオポルドは、なぜか私を見ようとはせずに、もごもごと話し始めた。

「エイリックには希望があったようだ。君と同じように商人を目指そうとしたのかもな。すべて投げ出したかったんだろう。貴族は性に合わないと言っていた……」


これは――嘘だわ。まるでエイリックらしくない。


エイリックは責任感が強い人だ。仕事を投げ出すようなことはしないはずだわ。

それに、彼は根っからの騎士だった。商人を目指すだなんて……絶対にない。

「レオポルドさん。彼がいなくなった理由、他にもあるのでは?」

レオポルドはギョッとして私を見つめ、ためいきを吐いた。

「……君には、隠し事はできないね。そうだよ、王の態度もすべて芝居だ。君に迷惑が掛かるといけないからと、大芝居を打ったんだ」

「エイリックは、王様からどんな依頼を受けたの」

こういう事情なら納得できる。エイリックは、国の為に走り出したに決まっている。

なんだか吹っ切れてきた。


「これは、私とエイリック、そして王だけが知っていることだ。他言は無用だよ」

「ええ、承知しました」

「ガジが進化して、情報を王に伝えた」


レオポルドの話はこうだった。

ガジを可愛がっていた王は、魔を欲しがるので与えたそうだ。

ある日、ガジは言葉を話すようになった。そして王にこう言った。

《風が教えてくれた。魔が湧き出るところ……聖獣が生れると……》

聖獣と聞きプロイスタン王は喜んだようだ。だがガジは、さらにこう言った。

《このままだと、魔物が溢れる》


プロイスタン王は、魔物が溢れてしまえば帝国が崩れてしまうと、危惧した。

「帝国は今王が替わって揺れている。こちらからこの事を伝えても、なにも返答がなかった。一体どうなっているのだ帝国は」

帝国からは通り一遍の返答が来たそうだ。

『魔の湧く火の神殿には変化はない。口出し無用』

ガジは、《帝国が知らない場所に湧き出ている》と、プロイスタン王に教えてくれたようだ。


――帝国が崩れれば、世界の均衡も傾くのでは……。

その事を考えると途端に心許ない。

巨大な帝国が崩れれば、この世界はどこへ向かうのだろう。


「それだけではないのだ。メイリーン聖女によれば、魔は浄火、もしくは浄化できるそうではないか。そうなれば、新しく見つけた場所から魔は大量に採取できることになる。その任務を持ってエイリックは帝国へ行ったのだ。これが帝国に知られれば戦争になる。他国の資源を横取りするのだからね」


***


「私、ヤマタイラ国と国交を結ぶ国を探すよう依頼を受けてきました。国力が釣り合う国に心当たりはありませんか?」

「レイシス国は? あそこならちょうど釣り合うだろう」

「レイシス国からは裏切られました。他には?」

「ポルトン国か、ミクロン諸島くらいか。後はかなり弱い国になるな。北方の島ブリス国ぐらいだ」

「ブリス国……そこの特産は?」

「鉱物くらいか。空間庫持ちがいればかなりいい取引ができる相手だが。今のところ輸送費が嵩んで、どこの国も二の足を踏んでいる」


今、どこの国でも魔を探し始めている。これからは空間庫持ちは増えていくはずだ。

今のうちに国交を結んでおけば、ヤマタイラ国は伸びていける。

私はそう考えて、ポンタにすぐに転移してもらった。

「早く片を付けて、エイリックのところへ行く」

心は沈んでいるはずなのに、心臓は早鐘のように打ち続けていた。


***


東吾様の屋敷に転移し呼び出して貰う。

「ずいぶん早かったな。問題が起きたか」

「いえ、国交を結ぶ国を見つけました」

「本当に? そこはどこの国だ」

「ブリス国です」

「……あそこは力が弱すぎる。却下だ。しかも鉱物などどうやって運ぶ。どう考えても割に合わない」

「……私にはポンタという空間庫が使える従魔がいます。ポンタ出てきて」

《いいの? 出てきちゃったけど》

「な、何だこれは! 魔物か!」

《酷いな、ボクは聖獣だよ。いっぱい物を運べるし、どこへでも行けるんだ。すごい聖獣なんだからね!》

「このネズミが? 聖獣?」


ポンタはへそを曲げて隠れてしまった。

東吾様、せめて、猫って言って欲しかった。


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