64 レイシス国の思惑
東吾様は、諜報部に指示してレイシス国の内情を調べているという。
私には関係ないので、上の空で彼の話を聞いていた。
私の今の役割は、魔を飲んだ生徒のお世話をすることなのだから。
なぜ私までこの会議に呼ばれたのか不明だ。
東吾様の執務室には主立った諜報部員が六人ほど集められていた。
彼らは椅子に腰掛け、宮様の話に耳を傾けている。
彼らも魔持ちだった。
聞き耳や気配察知。またある者は身体強化を使える精鋭揃いだ。
「レイシスでは今、自国内を探し回って、魔をさがしているそうだ」
「魔ですと。ポルトン国に湧き出しているという噂を鵜呑みにしているというのですか。馬鹿な……」
三十代後半の諜報員が鼻で笑う。
でも、私は椅子から飛び上がりそうになった。
――メイリーン。とうとう動き出したんだわ。
彼女は、以前言っていたのだ。国が落ち着いたら各国を周り、私が教えたことを広めていくと。
どこの国にも湧き出しているかどうかは不明だ。でも、プロイスタン国やミクロン諸島などからは見つかっている。
魔はユーフラティア帝国だけのものではなくなった、と言う事実を知らせることが大事だと、メイリーンは考えていた。
「帝国の、いい加減な教育で危険な目に遭わされている子ども達を救いたい」
そういう、聖女らしい信念があるのだろう。
私にとっては耳が痛い言葉だった。
ヤマタイラ国にも魔が湧く事実を、私は隠しているのだから。
今度は真剣に東吾様の話を聞いていると、内親王の話に飛んだ。
「内親王の身体が快癒した。十五歳になられればレイシス国に輿入れするはずだったのだが、取り決めが破棄されたのだ」
「何ですと。一方的に破棄されたのですか」
「ヤマタイラ国には旨みがない、ということだろう」
何でもレイシス国は、以前から我が国と距離を置こうという意図が見えていたそうだ。
この度、魔が自国から出るとなれば、ヤマタイラ国よりも国力が大きい国と国交を結び直したいと考えた節がある。
「これには白鷺財閥が関わっている。彼らは皇室に力を持って欲しくないようだな」
今まで黙り込んで聞いていた身体強化持ちが、腕組みをしてそう呟いた。
「その通りだ。調べた結果、内親王はどうやら暗殺されかかっていた。レイシス国は以前から白鷺財閥に力を貸していたようだ」
「だが、どのようなメリットがある? 白鷺には」
「国が力を弱めれば、財閥の入り込む隙ができるとでも考えたのだろう。あまりにも短絡的だが」
「……ではどうする?」
「白鷺は切る。それはもう手を打ってある。問題は我が国と手を組んでもらえる国が見つからないと言うことだ。このままでは我が国は孤立する」
そして東吾様は私の方を向き、にっこりと笑いかけながら言う。
「サクラ君。君にもう一度世界商人に戻ってもらう。魔学園は軌道に乗ったのでね」
周りの男たちが一斉に私を見てにやりと笑った。
え、どうして?
「サクラ、君は紐付けられていない転移持ちだそうだな」
「これは使い勝手のいい諜報部員になる」
「そうだ、しかもマスターの称号も持っている。素晴らしいではないか」
皆が「期待しているよ」と言いながらそれぞれの役割に散っていった。
残された私は東吾様と二人きりになってしまった。
「あの、魔学園の方は、本当にいいんですか? まだスキルの発現が途中の方々がいらっしゃいますが」
「君は転移持ちであろう。もちろん学園にも帰って仕事をしてもらう。先ほどのは表面的な君の立場だ。忙しくなるな、サクラ」
何という無茶ぶりだろう。
東吾様は「転移の記録はどうとでもなる」とそう豪語したのだ。
「取り敢えず、どこか同盟を結んでくれそうな国に心当たりはないか?」
「プロイスタン国かしら。ローゼン商会の本部がある。帝国とは距離を置いていますが」
「あそこは大きすぎる。釣り合わんだろう。内親王が安心して嫁げるところはないか」
「ミクロン諸島はどうでしょう。あ、あそこも帝国とは距離を置いていたな……」
「今、表だって帝国と距離を置くことはできそうにない。探してみてくれ」
「はい……」
魔の問題は私が輸入していることになっているので、帝国との関係が切れても問題はないが、帝国は食糧や水をヤマタイラ国から仕入れている。
それがなくなれば困るというのだ。
では、食糧を輸入してくれるところを探せば良いのだろうか。
あれ、食糧を輸入してくれるところって、帝国以外にあるのか?
他の国はほとんどが自給できている。帝国が特殊なのだ。
問題は、低価格で買い叩かれると言うことだったが、今は少し価格が上がった。
ローゼン商会が影で価格をつり上げているのは、知られていないようだが。
「平等な関係とはどのような関係ですか?」
「相互に利益をもたらす。それと、お互いの欲しいものが補い合えればいうことがないのだが」
結論が出ないまま、魔学園に戻った。
今の私の居住空間はここにある。
滅多に実家へは帰れないと、表向きは言っているけど。
私は、転移でいつでも帰っているのだ。
学園の洋風こしらえの部屋に入り、鍵を掛けて、素早く実家の自室へ転移する。
部屋に着くなりポンタと朱雀が影から飛び出した。
《やっぱ、落ち着くー。サクラ、学園って息が詰るよ》
《んだ。サクラ、腹減ったじゃ》
「分かった。今持ってくる」
ポンタはピーマン以外は何でも食べると言うけど、ピーマンがなんなのか分からない。だから、私が出した物はなんでも食べる事が出来る。
朱雀は鳥のくせに唐揚げが大好きだ。
ばあやには、いつでも唐揚げを用意してもらっているので問題ない。
ポンタたちは、好きなときに転移でどこへでも行けるけど、基本いつでも一緒にいてくれて、助かっているのだ。
美味しい物くらい用意してあげたい。唐揚げを食べながら、私は朱雀に愚痴をこぼす。
「東吾様、段々私の扱いが雑になってきた。まるで何でも屋みたいに思われている」
《ほんだな。逃げでまるが》
《そうだよサクラ。またプロイスタンへ行こうよ。あそこにはエイリックがいて、美味しい物を沢山くれるし》
食い意地の張ったポンタの言うことを聞いていられない。
私はエイリックに腹が立っているのだ。
以前、パパに挨拶に来ると言っておきながら、まったく来る気配がないのだ。もう一年近く経っているのに。
手紙も来ない。
ローゼン商会の仕事も来なくなって、こちらから勝手に行くのも気が引ける。
「何よ、気を持たせて。結局、期待をした私が馬鹿を見た」
その日の夜、パパが私にレースの仕入れをして欲しいと頼み込んできた。
プロイスタンのレースの在庫が切れそうだという。
レースは、今では華族様や士族の奥方様には必需品になっている。
小さなハンカチ程度の物から、大きめのショールまでいくらでも売れている。
白鷺系列でも仕入れてきているようだが、売値が倍で出しているようだ。
それは転移の料金や仕入れ値にも原因があって、仕方のないことだろう。
以前は、ローゼン商会が転移の料金を肩代わりしてくれたし、仕入れ値自体も安くしてもらっていたのだから、その分安く出せたのだ。
「仕入れにはいける。ちょうど世界商人に復帰できたタイミングだもの」
「では、多めに仕入れてきてくれないか」
「パパ、今回は高くつくかも……」
「仕方がないか。だがなるべく安く仕入れて欲しいな」
転移の料金さえなければ安くはできるだろうけど、ポンタの転移で行ったら、問題があり過ぎだろう。
転移の管理は、厳しくチェックがなされているのだ。
国を跨ぐ転移は記録を取られて、商品の仕入れがどうなっているのか調べ、税金に反映される。
ローゼン商会の仕事なら堂々としていられたけど、今回はどうなっているのか。
もう一回、東吾様に確認を取らなくては。
***
「転移費用は国で持つ。その代わり……分かるな」
「はい、助かりますけど。いいんですか? 何となく癒着みたいになっていますけど」
「馬鹿を言うな。どこの商会でもやっていることだ。マミヤ商店は私が後ろ盾になっている。安心しなさい」
そういうことなら大手を振って転移を使おう。一度転移で国を出てしまえば、後の小回りはポンタの転移で何とかなるのだ。
「東吾様、どのような国を見てくれば良いのですか」
「地理的には離れていてもいいのだが、できれば産業が被らないところがいい。ヤマタイラ国は、絹製品と金。琥珀、宝石珊瑚などが主な産業だ。それ以外なら交易が公平になされるはずだ」
「では、私の学園での仕事を辞めさせてもらえませんか? でないとごまかしができませんよ。世界商人が学園にも毎日いるなんて、どう考えても無理があります」
「……確かにそうだが。ではそちらは、だれか他に回そう。君が帰るまでの場つなぎとして」
「……宜しくお願いします」
東吾様は、どうしても学園の教授を辞めさせてはくれないようだった。




