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59 東吾様

ユウカに「任せて」と言われてから数週間経ったのに、ユウカからは梨のつぶてだ。

「やっぱり無理なのかしら」

そう考えながら、この頃私の仕事になりつつある店番をしていた。

パパや他の外回りの使用人には、「お嬢様はここにいて下さい」と言われてしまった。

いつも飛び回っていたせいで、懇意にしていた華族様は、他の外回りの担当になってしまっていた。

挨拶へ行ってもいいけど、いつまたプロイスタン国から呼び出しがあるか分からない。

この頃は空間庫持ちが出てきたそうなので、滅多には呼ばれないでしょうけど。

レオポルドは強かだから、どうなるか先が読めないのだ。


店に来たお客様の対応をしていると、がっちりした兵士が店に入ってくる。

ここには珍しいお客様だった。

「奥様に誂えるお洋服でしょうか」

「いや、私です。少し話を聞きたくて足を運びました。どうでしょうか」

「……とっ!」

「しーっ!」

東吾親王だった。


丁重に二階の応接室にご案内して、茶菓子を出す。

宮様は、豪快に茶を啜り、お菓子を頬張る。

私は口を開けてその様子を眺めていた。

「市井に降りるとほっとする。誰も私だと気が付かないのでね。サクラ殿も、堅苦しい言葉遣いはしなくていいのだよ。今はお忍びだ」

「は、はい。それで、今日は……?」

「ああ、ユウカさんから聞きましたよ。魔を輸入できる当てがあると。本当の事でしょうか」

「ええ、今持っております。ただ時間が経つと品質が落ちると言われております。量は少ないですが」

「何人分ほど持っていますか」

「十人分は確かかと」

「っ! 分かりましたこちらで手を打っておきましょう。それで、恒久的に仕入れは可能か!」

途端に勢いづいて目が爛々とし始めたので、ちょっと怖い。


東吾様はどうやら独自のルートで帝国の魔調整学園を調べていたようだった。

ほとんどの男性の生徒は新兵になって、魔物を倒せば魔が馴染むという。


「では、魔物を倒さない、女性はなぜ魔が身に馴染む?」


十数年前、宮様の友達が帝国の学園へ行って亡くなったという。

それから東吾様は魔を受けた者たちを逐一調べ始め、不信感が募った。

だが不思議なことに白鷺財閥の子どもは新兵にならずにすんでいた。後に聞いたことだが、別ルートを通していたことが判明した。


その時は厳重注意をしたそうだ。情報を隠して自分だけいい思いをするとはと、非難を受けたらしい。

だが、白鷺財閥は、華族でも太刀打ちできないほど、この国では力を持ち始めていた。

その後、相当の金額を払えるのならば、学園の別ルートで新兵にならずとも魔を受けることが出来るようになった。

だが、生徒全員の金を払えるほど、この国は豊かではなかった。

男性はやはり新兵にならざるを得ないということだろう。

魔物を倒せば、魔が馴染むと言われればそうするのがふつうだからだ。


では、真実を話してしまおうか。このままではいつまで経っても答えにはたどり着けないだろう。

東吾様の予想は中途半端に留まっているのだから。

「東吾様。誰から聞いたと言われれば答えられません。だから、これから話す事は、ただの与太話として聞き流して下さっても結構です」


私は、帝国の教えはすべて間違っていること。若しかすると、ワザと嘘を流していたのではないかということを話した。

「それに、ミクロン諸島や、プロイスタン国、ポルトン国はすでに子どもを学園へは送り出していません。それらの国には魔が湧き出していることが分かったからです」

「なんと。では探せば、我がヤマタイラ国にも魔が存在する、ということか」

なんて頭の切り替えが早い人だろう。

これではうかうかしていると、朱雀たちの大切な場所が知られてしまうかも知れない。

「プロイスタン国では独自の精製の方法がありますし、他の国も同じでしょう。今はポルトン国が輸出の許可を私に下さいました。ですから、取り敢えず輸入してみてはどうでしょう。これからも魔を分けて下さるとメイリーン聖女は確約してくれています」

「……それはいかほどの値段になる」

「子ども五人分で、今までの一人分、ではどうでしょう?」

「よし! 手を打とう。だが、どうやって鍛えるのだ。我が国には魔物など見つかっておらん」

「それも、帝国の嘘です。魔物を倒しても魔は馴染みません。魔を受けたら、まずはスキルを発現させます。それからは、ひたすらスキルを使い続ける。これが真実です。魔は簡単に身に馴染み、身に付くのです」

「……今まで、私たちは間違った方法を知らされてきた。そういうことなのだな」

「はい。確かにその通りです」

「サクラ殿は、魔持ちであるな。確か学園に行っていたはずだが、スキルは何を身につけられた」

どちらを明かすか私は迷った。光か闇か……。

「私の場合、中途半端な転移で終わってしまいました。そのお陰で転移の間に紐付けされることなく帝国を出ることができました」

「やはりな。サクラ殿。其方は本当に、中途半端な転移しかできぬのか。正直に申してみよ」


――本当なのに! 何でこうなるの。

そりゃあ、ポンタの転移であちこちいけるよ。

でも私は精々が数キロ。何度か転移を繰り返す中途半端な転移なのよ。どう言えば信じてくれるのかしら。


耳元でポンタがコソコソと話す。

《いいじゃないかサクラ。転移ができるって言っちゃいなよ。もし転移の間のお仕事に当てられても、ボクが代わりに転移してあげるから》


「転移が出来ると言ったら、どうなさいますか? 私を転移の間に紐付けますか?」

私の声は一段低くなり、東吾親王に挑むような声色になった。

東吾様はしばらく私を睨み付けて、ふっと苦笑いをした。

「そのようなもったいないことはせぬ。実は、白鷺財閥から其方の転移の疑いを陰から言われておったのだ。取り締まるべきだとな」

「え! 何で?」

「マミヤ商店の、急成長を止めたいと考えているようだな。ローゼン商会から釘を刺されて、表立った妨害ができない腹いせだろう」

なんてやらしいの! こそこそと裏で動き回っていたのね。

まあ、商売人だから、あり得ると言えばあり得る。レオポルドも似たようなものだったし。


「だから、私が後ろ盾となろう。明日から私の仕事を手伝ってもらう。このあいだ通された部屋に直接来てくれたまえ。転移で、な」


嘘でしょう……またスパイみたいなことをさせられるのかしら。


その夜、次の日の服装に悩みながら、東吾親王への不平をぶつぶつと口にしていた。

「レオポルドといい、東吾親王といい、なぜ上の人達は陰の仕事が好きなのかしら」

おまけに、必ず私が片棒を担がされてしまう。

《仕方がないよ。それが世の習いってもんだ》

「ポンタ、そんなこと知っているの?」

《ドラマでよくあるパターンだからね》

また意味不明なことを言うポンタのことは無視する。

洋服でいいわよね。でも、紋付きの方がいいのかしら……。

そうだわ、この間ポルトン国へ着ていった服でいいのでは。

動き易いし、色も落ち着いている薄桃だ。帽子は、どうしようか。一応被っていこう。ネットで顔も隠れるし。

エイリックにもらった控えめなブローチもある。

靴はヒールが五センチのパンプスでいいだろう。


プロイスタン国の女性の間で流行り始めた絹のタイツ。

ドレスの丈がやや短くなり、足首が見えるようになったせいなのか、急速に浸透し始めたようだった。

これは新しい技術で、真似ができなかった。

どうやって作っているのか今度レオポルドに工房を覗かせてもらわなければ。

明日は、転移で直接行けば良いから誰にも悟られないで済むけど、パパには事情を打ち明けた。

パパの目は半分死にかけて、魂が抜け落ちたようになってしまった。

最後に一言

「サクラ。無事に戻ってこいよ」


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