51 治癒の日々
屋敷に入った私は、以前見知った使用人はいないかとビクビクし通しだった。
執事や家政婦などは、以前と同じなのだから。
でも、出迎えた執事も家政婦も、初見の対応だった。名前も”メイルー”と、微妙にメイリーンに寄せていたせいかもしれない。
私が纏うのは真っ白なローブで、顔には紗を被っていたため、よく分からないようだ。
「エイリック。まずは奥様にご挨拶させて」
「……いやそれは必要無い」
エイリックは歯切れが悪い。奥様とは一緒に住んでいないのだろうか。
家政婦に案内されて、部屋に通された。
以前泊まった部屋とは違い、豪華な部屋だった。
「え、ここ客間なの?」
不思議だ。どう見ても女性が使うようにしつらえられた部屋だった。
家政婦が細々とした説明や世話をして部屋からいなくなると、オルドリックが私の部屋に入ってくる。
彼は、私の気軽に部屋に入ってくるようになってしまった。
なれなれし過ぎではないだろうか。
「へぇー。使わなくなってしまった奥方用の部屋か」
「どういうこと? オルドリック」
「お前知らなかったのか。婚約を取り消されたんだ。エイリック子爵は」
私は初めて聞く情報に驚きを隠せず、口をあんぐりと開けていた。
なんでも、エイリックの領地の噂を聞いた婚約者が、怖がって逃げてしまったらしい。
でも、王都にも立派な屋敷をエイリックは持っていたはずだ。そこで暮らせば問題なかったのではないだろうか。
何となく、この部屋に泊まるのは気まずい。
隣はエイリックの部屋、となっているのではないのか。
だが、オルドリックは、
「子爵はべつの部屋に変わったそうだから。安心だな」
何が安心なのよ。はっきり教えて、オルドリック。
でも、はしたない答えが返ってきそうで口を紡ぐことにする。
その日の夕方は、食堂の長いテーブルでエイリックとオルドリック、私のたった三人で晩餐だった。
アミューズの小さなタルトに、オードブルは鴨の燻製とサラダ、それから澄んだコンソメスープ。
給仕が一皿ずつ、ゆっくりと運んでくる。私たちは時間をかけて、静かにそれを味わった。
白身魚のソテーがメインとして運ばれ、皆でナイフとフォークを動かしているときだった。
オルドリックが、ぶしつけな口調でエイリックに尋ねた。
「子爵の元婚約者は、なぜ王都に住むと言わなかった? あそこにいれば問題なかったはずだが」
「あの屋敷は王に返上した。私には維持するのに荷が重かったのでね。今は小さなタウンハウスを王都に買った。それが気に食わなかったようだな。あの令嬢は」
なんていうことかしら。エイリックは酷い目にあっていたんだわ。
確かに王都の巨大な屋敷は維持が大変だろう。
でも王都のタウンハウスだって子爵には十分なはずなのに。
こっそりエイリックの表情を伺ってみると、彼は、気にしたふうもなく飄々としている。
彼にとっては大きな問題ではなかったようだ。
その後は、領地の経営や人の流れなどというとりとめのない話に変わり、男性たちの無味乾燥な話でも、私は興味深く聞き入っていた。
デザートが運ばれてくる頃は、私の胸の痛みは波が引くように治まっていた。
食後のお茶が運ばれ、男性陣はグラスに強いお酒がほんの少しつがれる。
「メイルー聖女様には、離れに仮の治癒院をしつらえた。二日後には患者が押し寄せてくる」
「はい。お任せ下さい」
「おい、さ……メイルー。どれくらいで、お前の治癒は伸びる?」
「さあ、やってみないことには、何とも言えないわ」
二日後、治癒院となった離れの小部屋で、オルドリックとエイリックに挟まれ座っていた。
頭からすっぽりと紗をかぶせ、私の顔は、よほど近づかなければ見えないだろう。
向かい側には長椅子が置かれ、重症の患者が来ても、横になって治療できるようになっていた。
離れの玄関ホールには小さな椅子が五脚並べられ、一日の患者は椅子が埋まるまでと決められた。
最初の患者は、足に大きな傷を負った木こりだった。
「おら、木を切ってたら手が滑っちまってよう。二日前だけんども、熱が出てきてよう……」
苦しそうな息づかいで、そう木こりは話した。
顔も赤く、額には汗が滲んでいる。
一言も口を利いてはいけないと言われている私は、黙ったまますぐに治癒を掛ける。
ピカッと目に刺さるような光がはじけて、素足をむき出しにした木こりは思わずぎゅっと目をつぶった。
木こりの傷がみるみる塞がっていく。彼の息づかいも静かに穏やかになった。熱が収まってきたのだ。
私は、自分で起こした奇跡に目を見張った。たった一度の治癒でこうも変化が起きた。
――すごい。魔を飲んだせいで威力が増したんだわ。
今までは、何度も治癒を掛けなければ効果が現れなかったのに、こんなにも違うのだ。
力の回復も治癒を繰り返すうちにだんだん早くなっていくようだ。
五人の患者は、あっと言う間に捌ききってしまった。
「サクラ、今日はこれくらいにしておいた方がいい」
誰も居なくなった離れで、エイリックは心配そうにいうが、私は首を振る。
「倒れるまでやらないと力は成長しないって分かっているでしょう。お願いだから、患者さんがいるなら連れてきて」
エイリックは渋々頷き、離れの外で待っている患者を連れてきた。
「あと二人しかいない」
連れてこられた患者は片眼を失った兵士だ。だが彼は目を再生するなど考えていない。彼は今、風邪を引いていて熱が下がらないのだという。
私は、今まで通り治癒を掛ける。
さっきまでの強い光は、何となく柔らかくなった気がする。
浄化もそうだった。光が柔らかくなって効果が増したのだ。
それなら、治癒も成長したのでは無いか?
今までは、患者を治癒した経験が少なかったせいで、成長出来なかった。
――もしかしたら、できちゃうかも……再生。
光が収まる前に、私の意識がふっつりと途絶えてしまった。
私が気付いたときには屋敷の部屋のベッドに寝かされていた。
エイリックが運び入れてくれたのかしら。
「お、気が付いたな。俺がわざわざ運んでやったんだぞ。有り難く思えよ。ちんちくりん」
くっ! エイリックが良かった。よりによってオルドリックだなんて。
傍にはエイリックもいて私の顔をのぞき込んでくる。
「サクラ、明日は休むか?」
「いえ、毎日やれば、あと三日もすれば、エドワードの足を再生できそうなの。そんな感じがする」
「そんなに早くか! よし、親父に連絡する」
オルドリックは部屋から、ばたばたと駆けだしていった。
「ここで連絡すればいいじゃないの。風の通信には制約でもあるのかしら」
「彼は、エドワードをここに来てもらうために慌てていたんだ。きっと」
「私が転移で帰って治す方が早いのに。ここに来てもらう必要はないでしょうに」
私がこぼすとエイリックが言った。
「サクラ、君の治癒は秘密だよ。『聖女が治す』という形で押し通さないと、ダメじゃないか」
そうだった。
でも、私は、この治癒という力を隠し続けてこのまま生きていけるかしら。
病気で苦しんでいた人や、片眼が失った人。木こりは、あのままでは死んでいたかもしれなかった。
そういう人たちを前にして、見て見ぬふりをする。
そんなことは、私にできるとは思えない。
今まで、籠の鳥にされてしまうことを恐れてなにもしてこなかった自分が、身勝手だったように感じ始めていた。
***
三日で二十人の治癒をした。王都からはレオポルドとエドワードも馬車でやってきた。
治癒が終わった人たちが毎日お礼だと言って、様々な物を持って屋敷に詰めかけていた。
「聖女メイルー。どうか私の息子を救って下さい」
少々芝居がかった言い方のレオポルドに、笑いを堪えるのが精一杯だ。
エイリックが前に出て、宣言する。
「今日、これを持って聖女様は国へ帰られる。皆のもの、聖女に祈りを捧げよ」
エイリックまで調子に乗ってお芝居の片棒を担いでいる。
皆の見ている前で、最後のイベント、エドワードの足の再生をしてみせるのだ。
車椅子に座ったままのエドワードは、縋るような目で私を見ていた。
治癒の光は彼を優しく包み込み、数分間も光り続ける。
その後、倒れ込んだ私を抱えエイリックは屋敷へと入っていく段取りになっていた。
だが、今回は私はなんとか意識を保ったまま治癒を終えたのだった。
エドワードの足は無事に再生して、彼が立ち上がると周りの観衆は大声で騒ぎ始める。その間に私は静かにその場を離れ、自分の部屋へ消えた。
ベッドに腰を下ろした途端、どっと疲れが押し寄せる。
もう、聖女メイルーの大芝居はこれで十分だ。
***
オルドリックがメイリーンに連絡を取っていてくれたようだ。
メイリーンからの返事は、
『どんどん名前を使ってくれて構わないわ。返ってポルトン国の評判が挙がって助かる。サクラありがとう』
だった。




