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50 帰れない

レオポルドの屋敷に部屋を用意された。

二階の奥まった場所だった。着替えもすべてそろえられて、至れり尽くせりだった。

「サクラ様、おうちへ早く帰りたいでしょうけど、堪えて下さいまし。旦那様の希望が、目の前にいるあなたなんです」

「はい……」

広く豪華な部屋。大きなベッドに天蓋まで付いていた。

今はまだプロイスタン国は冬だ。砂漠の国ユーフラティア帝国とは違いここは北国。そのため天蓋のあるベッドなのだろう。


天蓋のカーテンを下ろし、ベッドに横になる。

「ああ、パパ、どうしているかな」

《この間、ボクが行ってきたときは、平気だって言ってたよ》


そうだった、すっかり忘れていた。

「パパ、工場も、御用聞きもやって大変でしょうに」

《人をたくさん雇ったんだって。パパさんは「私は大企業の社長だ」って言ってた》

パパったら、まったく。

「ポンタ、ちょっとだけ転移で帰っちゃおうか。すぐに戻ってくればバレないよ、ね」

《いいね、行くか!》

その時、突然オルドリックが部屋に飛び込んで来た。

「サクラぁあーっ! お前、転移で逃げる気だな!」

なんで、ばれたの。

「ふふん、俺は風の使い手だ。聞き耳も得意なんだ!」

くっ……盗み聞きしてたのね。卑怯ものめ!

「れ、レディーの部屋に夜中に入るなんて、無礼よ!」

「ちんちくりんが、何を抜かす。お前は俺の嫁だ。誰にも咎められないんだ。どうだ」

「偽装結婚はもう解消されたはずよ!」

「まあ、まあ、リック坊ちゃま、なにをなさっておられますか。ご自分の部屋へお戻り下さい。今夜は私がサクラ様と一緒におります。ご心配には及びません」


ということで、あえなく抜け出し作戦は潰されてしまった。


***


あの後、家政婦が見ていないすきに、ポンタに、赤い粉をパパに届けてもらった。

ポンタの転移はまだバレてはいないし、赤い粉の使い道をパパに考えてもらいたかったのもある。

あの粉は、少量で色が出て臭いも少なく、染料としてはいい素材になると思ったのだ。

「食べ物にも使えるんだから、身体にも悪影響がなさそうだし。使い道が広がりそう」


一夜明けて、その日の昼。

レオポルドが客人を連れて帰ってきた。

客人の姿を見て、私の心臓がはねた。

エイリックだった。

久し振りに見るエイリックは、また背が伸びた気がする。髪も伸びて、後ろで無造作に結わえている。

深い色の仕立てのよいジャケットに、脚の線をすっきり見せる細身のズボン。襟元には細いタイが結ばれていて、足元にはつややかに磨かれた乗馬用のブーツ。

エイリックは、落ち着いた大人になっていた。

まだ十八歳なのに、領地を任せられているせいだろう。


「サクラ。エイリック子爵だ。態々魔を持ってきて下さったぞ」

そうか、王の許可が下りてエイリックの領地から持ってきたんだ。

「サクラ、元気そうだな。帝国が大変な事になったと聞いた。私も力になるよ」

エイリックは賓客をもてなす部屋には通されず、真っすぐ執務室へ入って行く。

以前から交流があったためか、レオポルドにも信頼されているようだった。

「君が紹介してくれたサクラ殿には驚かされっぱなしだ」

レオポルドは機嫌がすこぶる良さそうだ。

「サクラは治癒が使えると明かしたそうですが、くれぐれも王や他のものには広めないで頂きたい」

「ああ、分かっている。今回、私が王に進言したのは、空間庫持ちの発掘だと言ってあるんだ。王は快く魔を提供してくれたよ」

「それは、大きな代金も支払われたせいもあるのでは?」

「まあな、だがエドワードのためだ。金に糸目など付けてはおれん」

私は、エイリックの向かいの椅子に座り、その話を聞いているだけだった。ぼんやりエイリックを見て、「きれいな金色の長い髪。伸ばしているのはなぜかしら」などと、どうでもいいことを考えていた。


「おい、サクラ。お前とエイリック子爵は、どういう関係だ?」

横でコソコソと、オルドリックが聞いてくる。まったくうるさいったら……。

「魔調整学園で知り合ったお友達。とってもお世話になったの。新兵の時にね」

「ああ、お前の親が金がなくて魔物討伐に行かされたときの話か。ふーん」

――オルドリックったら。まるでチビのタカシと同じね!

オルドリックは、エイリックより三歳も年上のくせに、ずいぶん子どもっぽい。

オルドリックとくだらないやり取りをしているうちに、いつの間にかコップに注がれた魔が、目の前に置かれていた。

「サクラ、準備はいいか」

「はい。でもコップ一杯は多いかな。半分の――」

「いやこれくらいでも問題はないはずだ。私が何度か試してみたのだ」

「エイリック! いったいどれほど飲んだの。飲み過ぎてはだめだって教えたでしょう」

エイリックは苦笑して、大丈夫だといって取り合わなかった。

エイリックの顔を見て目を見た。何も変化は見られない――確かに大丈夫そうだ。


――これくらいの量なら多分、大丈夫……だろう。

今更二の足を踏んでどうなる? このままでは私の力は中途半端なままだと、朱雀もいっていたじゃないの。

渡された魔を、目を閉じて喉に流し込む。

エイリックが持ってきた魔は無味無臭。とろりとした喉ごしだった。


ただ、私の心の隅では、エイリックの無茶な実験をしていたことに腹が立っていた。

魔の体系を書いた紙を渡すとき、あれほど注意したのに、エイリックは自分の身体で試していたようだ。

人に試すなど考えられない、責任感の強いエイリックらしいといえばらしいのだけど。


さらに、レオポルドは、魔のはいった小瓶を皿に流し入れた。

「ガジにも飲ませてみよう。もしガジが空間庫を使える様になれたら、王に面目が立つ」

そうか、ガジにも飲ませてくれるのか。

影から出てきたガジが、びちゃびちゃと魔を飲み始める。


「で、どうだ、治癒は」

「レオポルドさん。スキルは使えば使うほど成長します。ですが、使わなければ伸びないことが分かっているんです。治癒は使う相手がいなければ成長出来ません」

「そうか、では怪我をして、皆――」

「ちょ、待ってレオポルドさん。無茶なことはしないで下さい」

「ではどうする。怪我人を余所から見つけてきたとして、君の治癒がバレてしまっては元も子もないではないか。いいのか皆に知られても」

「……」


みんなで「うーん」と考えを巡らし、しばらくして、エイリックがぱっと顔を上げて提案をした。

彼の領地へ行き怪我人を集めて治癒をすることになった。

彼の領地は王都から少し離れていて、今は領民も増えているそうだ。

薬屋も治療院も足りなくて困っている。

「丁度いいだろう? 君にとっても私の領民にとっても。しかもあそこには王都の人は滅多に来ないんだ」

なぜ? と聞くとエイリックは、

「未だに、不可解な怪奇現象の噂が残っていてね。不気味な呪われた場所だと思われている」

もう解決した問題なのに、二年近く経っても噂は消えないようだった。

「でも、以前、滞在していた私の事を知っている人もいるかもしれないわ」


変装をすればバレないだろうということで、私はまた髪を染めた。

今度は真っ赤に。

要するにポルトン国の聖女に化けることにしたのだ。

この国では遠く離れたポルトン国の人など、滅多に見たことがないはずだからだそうだ。

髪が赤ければ、髪色に目が行く。

近頃は、メイリーンの聖女は話題になり始めたので、それを利用しようというのだ。


私の転移は公然の秘密になった。

だから、エイリックの領地には私の転移で行く。

「メイリーンに悪いわ」

「聖女としての技を使うだけだ。悪いことなどないさ。メイリーンには後で謝ればいい。メイリーンも、君のためなら快く許してくれるさ」

「手紙でもいいかしら」

「風の通信、俺使ってやろうか?」

オルドリックが、ちゃっかり一緒にいる。

なぜかオルドリックまでついてくることになった。


「俺はお目付役だ。子爵にサクラが色目を使わないように見張る役だ」

意味が分からない。なぜ、エイリックにお目付役が必要なの?


とにかくエイリックの領地に着いた。

エイリックの屋敷の庭だ。ここならゴーシュがいるだけで誰にも見つからないだろう。

ゴーシュの造る庭は、以前より広がっているようだが、今は冬なので美しいはずの庭の姿は見ることが出来なかったけど。



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