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48 ラシードの後悔

ラシードは、北のオアシスでアサドと別れた後、学園へ戻った。

そしてネフェラに、アサドの計画を話さないことに決めた。

彼女の真意が分からなくなったからだ。


ネフェラは、ラシードを人体実験に使い、利用しようとしたことがはっきりしたからだ。

年明けの祭事には王族が一同に会する。老いも若きもだ。

そこにネフェラも行くだろう。もちろん私も行くことになる。この間迎えた妻は王族だ。

そしてアサドは王族を捉え、裁決を下すこととなる。

今まで搾取され続け、それでも王の権威に屈してこざるを得なかった砂漠の部族たち。

「今度こそ、その報いを受けさせてやる」

ラシードの胸の内に巣くう魔が、ドロドロと渦巻く。


ネフェラが学園を急遽閉鎖した。

こっそりラシードに目配せをするネフェラ。

彼女の真意は分かっている。

ラシードが魔の兵団を逃がしたのだろうと、暗に言っているのだ。

生徒を守るため国へ返したと表向きはそう言っているが、ネフェラの計画には生徒は不可欠だ。金蔓に死んでもらっては困るのだから。

ラシードは何食わぬ顔で学園を後にする。

ついでに同郷のヤスミーンに声を掛けることも忘れない。

ヤスミーンは女子寮の寮母をしていたが、この際、学園を辞めた方がいいと教えてやるのだ。


ヤスミーンは、実はアサドの部族の生き残りだった。

彼女たちは三十人ほどしか残っていなかったが、ラシードが王に隠れて保護したのだ。

それは、かつて失われてしまった婚約者への贖罪もあった。


とうとう年明けの祭事の日になった。

太陽神と星の運行の神を祀った大きな神殿に王族は集まる。

礼拝堂には三百人を超える人々が跪き祈りをあげる。

王は祭壇の前に額ずき、その傍には聖獣ガジが控えていた。


ラシードは一番末席にいた。

そこに変装をしたアサドが静かに近づき、ラシードの頭に手をかざす。

ラシードは始めナニヲされたか分からずぼんやりとアサドを見つめるだけだったが、しだいに状況が分かってきた。

ラシードの力が封じられたのだ。


――アサド! なぜだ!


ラシードはその場に跪いたのまま動けないでいた。目の前には凄惨な光景が繰り広げられようとしていた。


扉から三十人に魔の兵団はどやどやと突入し、扉が閉められた。

王族たちは何があるのか分からず怪訝な顔をして居る。子どもも女も、老人も老婆も。今魔でこのような無体を受けた経験のない物たちばかりだった。

「何用だ? 今は祭事の時。控えよ」

「我らは神の天誅を下す物なり。抵抗すれば即座に殺す」

それを聞いた王はガジを放つ。

ガジは闇に隠れ、魔の兵士の首に噛み付く。だが傍にいた魔の兵士は首を噛まれた兵もろとも、ガジを火だるまにした。

神殿内は騒然となった。魔の力など持っていない王族たち。

赤子の手をひねる如く倒されていく。

数人が倒されて、王族たちは素直に捉えられていった。

その中には、王もいる。ラシードの年若い妻もだ。

そしてネフェラも。

アサドは、ネフェラを見て一言いった。

「これは、殺せ。王族唯一の魔の使い手だ。禍根を残す」


ラシードは確かにネフェラを恨んでいたが、こうも簡単に死んでしまうとは思いも寄らなかった。

王族たちが神殿から連れ出されていく。残されたのは数体の遺体とラシードだけだ。

そこへアサドが歩み寄り、

「ラシード。お前の考えは生ぬるい。お前とは意見が違ったのだ。私はこれから帝王となる。お前とお前の部族は見逃してやる。忠誠を誓え」

と、告げた。


彼ら魔の兵団が神殿から去った後、しばらくしてラシードの身体が動き出した。

「アサドの魔の力は本当に光だけなのか? あれはどういう力だ……。

アサドに帝王になったら、この先、私たちはいったいどうなる」


途端に恐怖に陥ったラシードは、自分の部族の元へひた走った。

「あのままにしては置けない。アサドは魔に捕らわれている。一見ふつうに見えたが、あれは人とは言えない」

あまりにも淡々と殺しすぎる。心はどこにも感じられない。


***


「だから私は、アサドの部族を率いてアサドを止めたいと考えるのだ」


私はラシードの長い話を聞き終わり、肌が粟だった。

アサドという人は、今までの王よりも恐ろしい存在になる。

――これから、世界はいったいどうなる?

もし、巨大な魔の兵団を作り上げ、他国を侵略し始めたら、今までのような、自由な行き来や商売は、成り立たなくなるのではないだろうか。


「そのアサドさんという人は、光の使い手だと聞きました。でも、光にはそんな使い道は無かったと思います」


光は、癒やしや、守護などの特性がある。出現するスキルは「浄化」「治癒」「真視」「祝福」「再生」「聖域」だった。



《それは、闇の「封印」だじゃ》

朱雀が私の耳元でそっと教えてくれる。

では、アサドは闇と光、二つ使えるということになる。私と同じだ。

闇には使い勝手の良いものが多い。たとえば空間庫。転移もそうだ。影に隠れたり……でも、封印や隠蔽というのもあったのだ。

私には使えないものが多すぎて、今まで真剣に取り組んでこなかった弊害が露見する。

私は、光も闇もほとんど使えていないのだ。


魔を飲めば、力が増えるとポンタは言うけど、力が増えれば人間性が消えてしまうのではないか。アサドのように冷酷になってしまいそうで、それが恐ろしい。

ポンタが私の肩をポンポンと叩いて耳元でささやく。

《ボクは、人間じゃないけど、ちゃんと心は保っているよ。サクラは大丈夫。だから力を付けるために、魔を飲めば?》


私には、可愛いポンタの声が、悪魔のささやきに聞こえた。


「私はネフェラ教授の実験台にされた。力が強くなると言われ、一リットルもの魔を飲んだ。だが、魔は、私を取り込もうとした。一度に飲む量が多すぎたのだ」

ラシードは、そんなに魔を飲んだの!


でも、そのお陰で、火の属性が開花したそうだ。火のスキルがすべて身に付いたという。

危ないかもしれないのに、試してみたくなる自分がいる。

――ほんのちょっとずつ飲めば大丈夫かしら? 

今、帝国の監視体制は機能していない。私に治癒が使えようが、転移が使えようが誰も気にしないのではないか。

転移の間に紐付けられて、管理されることはもうないのだ。


心が揺れて、私がぼんやりしているうちに、ラシードたちが立ち上がった。

これからアサド王のところへ行き、彼の真意を確かめてくるというのだ。

ラシードは振り返って私の方を見て言った。

「戦いになるかもしれない。そして私たちはアサドに始末されてしまうかもしれない。ここは危険だ。サクラ。君は国へ帰った方がいい」

そう言い残し、武器を抱えた三十人の男たちと一緒に屋敷を出て行った。

ガジは一瞬、ラシードについて行きたそうに尻尾を振ったが、私を見て諦めたようだ。

ガジもラシードについて行って戦いたかったのだろう。でも、私に助けられたことを恩義に感じて、残ったのではないだろうか。


ガジ、ついて行かない方がいい。今度こそ死んでしまうかも知れない。

残されたのは、私たちと数人の女たちと子どもだけだ。


「私たちは帝都へ行く。ここにいれば、この部族に迷惑が掛かる。人混みに紛れれば見つかりにくくなるから」

ヤスミーンはそう言って出発の準備に取りかかった。

もうここで私ができることはないだろう。せめて、荷物を運んであげよう。

「ヤスミーン。私のポンタは空間庫が使える。だから荷物は任せて」


***


ポンタの空間庫に大量の荷物が入れられ、そしてポンタの転移で一瞬に帝都に着く。

なんとすごい力だろう。二十人を一気に転移してしまえるのだ。ポンタは魔を飲んで力が数倍になったのだ。

これから、もしラシードたちが決裂したら、この国は変わっていくだろう。

そして世界もそれに伴って緊張状態になっていく。

私は心を決めた。魔を飲む。


――少しずつ飲めばいい。様子を見ながら……。


帝都は思ったよりも落ち着いていた。

街を行く人々は王が替わっても気にならないのだろうか。

実際には、国民は誰も被害を受けていないせいかもしれない。

ヤスミーンは、知り合いに頼み込んで住処を手に入れた。

古いけど大きな屋敷だった。そこでみんなで暮らすそうだ。預かった荷物を出すと彼女は大きな袋を取り分けて、私に差し出した。

「これはサクラさんが欲しがった赤い粉。お礼として受取ってくれない?」

有り難く受取ったが、代金は多めに支払った。

彼女は要らないと言ったが、これからお金は幾らでも必要なはずだ。


帝都の大通りを向けローゼン商会帝都支店を目指す。

商会に入って行くと、オルドリックが待ち構えていた。

「やっと帰ってきたか。もう帝都から離れろと指示がきた。帰るぞ」



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