47 ガジの力
オルドリックを部屋に入れて、ガジの事を見てもらう。
「一体どこから入ったんだこのジャッカルは」
オルドリックは獣が苦手だった。ビクビクしながら遠巻きにしている。
「これ、聖獣らしいんだけど、誰が飼っているか分かる? 首輪に高価な宝石が付いているから、お金持ちに飼われているんだと思うんだけど」
そう、私が言うとオルドリックが青ざめて震える声で答えた。
「これは、もしかして……王の聖獣なのか」
オルドリックが教えてくれた。
この国では王の聖獣はとても大切にされているそうだ。
何せ聖獣自体が珍しく、もし見つかれば大変な金額で王に引き取られると言うが、滅多にいないのだそうだ。
要するにこの国では今のところ唯一の聖獣と言う事になる。
では、今回王が投獄されたとき、ガジがその場にいたことになる。そして抵抗して、殺されかけたということだろう。
「聖獣って魔物でしょう。ガジは何が使えるのかしら」
私がそう言うとガジは少し傷ついたように項垂れて、影に隠れた。
「え、ガジ」
《サクラに魔物って言われていやだったみたい。彼女は闇と風が得意なんだって言っている》
ガジに悪いことをした。でもこれからガジをどうしたらいいのか。
「オルドリック。あなた、飼ってみない?」
「ば、馬鹿を言うなよ。魔物だなんてとんでもない!」
でも、闇が使えるということは転移も、もしかすれば、空間庫も出来るようになるかもしれない。それとも、風の方が得意なら、それも素晴らしい事ではないだろうか。
きっとレオポルドは欲しがるに違いない。
「そうだわ。どうせ新しい王様に殺されそうになったんですもの。連れて帰ってレオポルドに飼ってもらいましょうよ。きっと大喜びするわ」
「……王の聖獣だぞ。サクラ」
帝国の王はもう代替わりしたんでしょ。いつまで怖がっているの。
でも、今度の王様はどういう人か、はっきりしない。
瀕死の成獣をそのままにしておくような人だ。冷酷かもしれない。
私はヤスミーンのことが心配になった。
「彼女は大丈夫かしら」
これからの商売の取引が上手くいくだろうか。
「やっぱりプロイスタン国へ戻るのは、もう少しだけ待ちましょう。このままでは碌な情報が得られないわ」
オルドリックは渋々私の意見に同意した。
彼には帝都の詳しい事情をもっと探ってもらおう。
私は、もう一度ヤスミーンのところへ行く。
次の日、オルドリックに見つからないように、転移でヤスミーンのところへ行こうとしたら、ガジがついてくると言っている。
言葉は通じないが、朱雀が通訳してくれた。
「いいけど、あなた有名らしいから、目立つのは困るのよね」
そう言うとガジはくるくると回り始め、ぽんと光ると子犬に変化した。
「ちょ、可愛い! そうね、これならいいかも」
首輪も外れてしまったのでポンタの異空間に入れておく。
「でも、これはどういう力なの?」
《わの生まれ変わりの力、みたいなもんだべ。持って生れた特性みたいなもんだ》
そうなんだ。じゃあ、ポンタも何か持っているのかしら。
「ポンタも何か特別な力、持っている?」
ポンタは、もじもじしてくるくる回り出した、が変化はない。
そして、そっと目を反らした――ああ、持っていないんだ……。
「ぽ、ポンタは”死んだふり”が生まれ持っての力よ。すごいわね!」
《……臭くなるのが、力だなんて。ボク、嬉しくない……》
仕方がないよ。オポッサムはそういう生き物らしいから。しょげかえったポンタをなだめすかし。私の転移で出発する。
私の転移では一度にはヤスミーンのところまでは無理だ。二度に分けて転移をして、あのオアシスに着いた。少しふらふらするけどすぐに回復するはず。
オアシスから街へ続く門へ入ると、物々しい雰囲気に包まれていた。
ついこの間来た時とは打って変わって、街には人通りが少なく、代わりに武器を持った人達が巡回していた。
「お前、ここに何の用があって来た」
「ヤスミーン・ザイードという人と商売の取引に来ました」
「ああ、ザイード様の親戚だな。いいぞ、行け」
ヤスミーンの屋敷の前でちょうど屋敷から出てきた彼女と出くわした。
ヤスミーンは私を見ると駆け寄ってきた。
彼女は私と連絡を取るために帝都の通信局へ行く予定だったそうだ。
通信局には風の使い手がいるようだ。
帝国では豊富な魔の使い手がいて各国へ通信をしているという。
王が替わったことも通信で知らせているのだろう。
「サクラさん。この間の取引の件。もしかするとご破算になるかもしれないの」
「……王が簒奪されたからですか」
「ええ、私の出身の部族のこと話したわよね」
夢見心地で聞いていたのでうろ覚えだが、確か、魔物に変えられたようなことを言っていた。あれは本当の話だったのだろうか。
「魔の兵団。彼らが王を捕まえ、王族を拉致して自分たちがされたのと同じことをしようとしている。それを阻止するために、ここの部族が、立ち上がろうとしているの。ラシードが率いて」
ラシード? 知らない人だけど、その人がここの長なのだろうか。
「ラシードは学園の教授だった方よ。炎撃の使い手なの」
***
ヤスミーンが屋敷に招き入れてくれた。
そこでは、三十人ほどの厳つい男たちが車座になって、深刻な面持ちで食事を取っていた。
「お父様、この間いらしたサクラ・マミヤさん。態々来て下さったわ」
「ああ、サクラさん。せっかくの取引でしたが、この情勢だとままならなくなりました。すまないがこの間の件は無かったことにして下され」
「残念です。とても素晴らしい素材ですのに」
「……落ち着けば、再会できます。それまでは何とも言えませんな」
ヤスミーンの家では、この父親がいつも上座に座っていたのだが、今は違う人が座っていた。
身体がすごく大きな人で、目が赤い。帝国人には珍しい目の色だった。
――この人がラシードなのかしら。
私とヤスミーンは隅の方に座り、彼女の話を聞きながら食事を取る。
「あの方が、ラシード様よ。彼は、部族が壊滅したとき、生き残った私達をここに匿ってくれた恩人なの」
彼らの話を聞き何となく分かってきた。
ここのオアシスの部族と、ヤスミーンの部族は元は違う部族で、懇意にしていた間柄だった。
ヤスミーンの部族の災難を陰で支えていたのが、ラシードという人なのだ。
ラシードは、本当はオアシスの部族の次代とまで言われる人らしい。
だが、ラシードの部族の長は、今回の出陣に反対している。そのため、ここにいる部族の生き残りだけでことを起こす決心をしたのだ。
ずっと大人しく影に隠れていたガジが、突然、影から飛び出し元の姿に戻ってしまった。
ガジを見た男たちは、食事中の皿を蹴散らし、立ち上がり剣を構えて私とガジを取り囲む。
私は大慌てしたが後の祭りだ。ただオロオロとして座っているしかなかった。
「貴様、王の聖獣をなぜ連れてきている。まさかアサドのスパイか!」
「いや待て、確かガジは始末されたはずだ。だが、これはどうしたことだ」
ラシードがガジを見て考え込んでいると、ガジがいそいそと近づきラシードの足元に座り込んでしまった。
***
私が、ガジを連れていた経緯を話すと、彼は「そうか、ありがとう。助けてくれて」といって頭を下げた。
言ってしまった後で、馬鹿な自分に気が付く。私の治癒をこの人に明かしてしまっていたのだ。ポンタのことも。
愕然としている私に、ラシードが微笑んで心配要らないと言う。
「生徒たちのスキルを搾取していた帝国が悪かったんだ。君のスキルは、これからは堂々と使えるようになるはずだ。安心したまえ」
ラシードは、学園のことやそこで行われていたことを私に詳しく話してくれた。今は、教師や監視人達がバラバラに行動して誰に報告すればいいか分からなくなってしまっているという。
帝国にとっては基幹産業だった魔の管理も、今はどうなっているか分からないそうだ。
学園は当分の間閉鎖。再開の見込みは立たないという。
「私は、王族の妻を娶った。そのお陰で、年始に行われるの祭事に招かれていた。そこで何が起こるか、薄々気が付いていたのだ……だが、今は後悔している」
この話を聞き、背筋が凍った。
彼は、簒奪側の人間ではないか。
それなのに今は、簒奪王に敵対しようとしている。
この先、この帝国は混迷して言ってしまうのではないか。




