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45 新しい産業

私は、真面目に帝国の新たな産業を模索していた。

オルドリックは、そんな私を横目で見て、無駄な事をしていると思っているようだが、口には出さないでいてくれる。

せっかく新部署を任されたのだ。不得意なスパイ活動はオルドリックに一任している。


オルドリックは毎日どこかへ消えて情報を仕入れ、風の伝言を使ってレオポルドへ報告しているようだった。

詳しい事は知らされていない私には、仕事がないのだから、仕方がないだろう。


私は一人で街を歩き回り、そこにある伝統工芸を見て回って質問をしている。

帝国は広大な土地を有してはいるが、人の住む場所は一部に集中していた。海沿いの街が数カ所あるだけで、後は砂漠中に散らばる小さな部族に分かれているという。


「あら、これって素材は何かしら」

「椰子の葉を乾燥したもんだ」

「へえ、じゃあこのいい匂いの香水は?」

「砂漠に一時期だけ咲く花だ。それを見つけるのは砂漠に住む部族でねえと無理だ」


意外と珍しいものがたくさんある。

ただ大きな産業になるには量も人手も足りなそうだった。

すべてが二重価格になっていて、私のような一目で外国人だと分かると、十倍の値段を要求されてしまう。

一種類ずつ仕入れてお土産にする程度にしておく。


難しい国だわね。農業もだめ、かと言って宝石はそれほど採れない。金は少し採れるけど、ほとんど上流階級が使ってしまい輸出はいない。

水も質が悪い。

あ、織物はどうかしら。確からくだは捨てる部分がないほど使い道があると聞いたことがある。

らくだの毛を使った絨毯だというものを見せてもらったが、色彩が単一で地味なものばかりだった。

「これはこれで味わいがあるけど、高くはならないだろうな」

独り言をいいならら商店を回っていると、権限そうな顔でこちらを見ている婦人が目に入った。

――ヤバい! あれはヤスミーンだ。

寮母さんがここに買い出しに来ていたのか。でもここは帝都から大分離れている街だ。

なぜここにいるんだろう。


私は知らんふりをして、急いで食事処へ逃げ込んだ。

だけど、ヤスミーンは追いかけて来た。そして声を掛けられてしまったのだ。

「もしや、サクラさんではないの?」

「……はい。お久しぶりです。ヤスミーン」

「ああ、やっぱり。大人になって雰囲気が変わってしまって、きれいになったわ」

「えへへ、ありがとうございます。ヤスミーンは、ここへ買い出しに?」

「まさか。今魔調整学園は一時閉してしまったの。寮にも学生はいなくなってしまったのよ。知らなかったの?」

嘘でしょう。何時から?

「知らないのも仕方がないわ。つい昨日からの事だから。だから転移の間はすごい混雑しているの」

ヤスミーンはこの際だから学園を辞めて故郷の部族の元へ帰るのだという。その支度のためにこの商店を廻っていたのだそうだ。


この際だ、ヤスミーンに聞いて見よう。私は商人をしていることを話して、この地の産業になりそうな物が無いか聞いてみることにしたのだ。

「私の部族は、ここから少し離れた場所のオアシスを拠点にしているの。良かったら一緒に行って見る?」

「ええ、是非」


らくだに乗って半日の距離にオアシスはあった。

ここの部族は帝国内の部族では最大級なのだそうだ。

オアシスの傍には石でできた立派な街ができていて、海辺の街とも遜色ないほどだった。

街は高い塀で囲われていて、魔物対策だと教えてもらった。


街の中の人口密度は高い。至る所に出店があって、歩くのにも難儀するほどだ。

この出店の一つに真っ赤な粉が、袋に入れられて売られていた。

「ヤスミーン。これ、何に使うもの?」

「色んなものに使えるのよ。口紅になったり、美味しそうに見えるように少し食料に混ぜたりね」

原料を見せてもらったら、なんと、気味の悪いゾウリムシだった。

ウゾウゾと動き回る白っぽい虫で赤い内臓が透けて見える。

ここから離れた、塩の湖に大量にいるという。

「これで布を染められないかしら」

色止めすればきれいな赤やピンクに染まりそうだ。


ここの部族は塩が取引に使われていて豊かな暮らしをしている。

ここの塩を各地に運ぶキャラバンが組まれ、遠くの部族まで行くのだそうだ。

塩湖も見せてもらった。

とても広くそして浅い湖。生き物の姿は見えなかったが、薄らとピンク色に染まり、幻想的な光景だった。

足元をよく見ると、確かにあのゾウリムシがいっぱいいた。水辺では白い虫は目立たない。思わず「ヒエッ!」と声を出して、ばたついてしまった。


「ヤスミーン。これを加工した染料で、らくだの毛を染めてみれば? とてもいい手工業になるわよ」

「まあ。さすがに商人ね。いいのせっかくの思いつきなのに」

「私は出来たものを安く仕入れて売る。剃れば一番の儲けになるの。ヤスミーンが取り仕切ってくれたら助かるの」

「フフ。そうね、お父様に相談してみようかしら」


ヤスミーンの父親は、部族の高い位置にいる人だった。

私は商機を見いだし一気にやる気を出した。

「この染料自体も輸出できます。大量に作れますか?」

「ただ取ってきて乾燥させて砕くだけだからな。手間いらずだ。よし。取引に応じよう」


***


産業になりそうなものを見つけて私は、商人として誇らしかった。

その夜はここに泊めてもらうことになった。


歓迎の料理が床にたくさん並べられて、少しずつ小分けしてもらい食べる。

あっさりとした風味のものや塩辛いものなど、味もバラエティに富んでいた。

こってりとしているのに、さっぱりしているスープを頂いた。

「お気に召しましたかな。ココナッツの汁で煮込んだスープです」

黒い髭と黒い髪、太い眉の叔父さんがそう教えてくれた。

帝国の男の人は皆この様な見た目だ。

浅黒い肌に鋭い眼光、一見怖そうだが、意外と女性を大切にしているようだった。


石造りの屋敷は夜になると冷え込む。でもらくだの毛布を掛けて暖かく過ごすことができた。

開けた窓からは、星空が見える。

数年前、魔物討伐のおり、砂漠で見た同じ星のはずなのに。

キラキラと瞬く星は、あの時よりも穏やかに感じた。


隣に休んでいたヤスミーンが、自分の昔語りをぼんやり語る。

私は眠くなり、瞼が落ちてきた。彼女の低い優しい声を、うとうとしながら子守歌のように聞いていた。


「私はここに嫁いできたんだけど、私の部族は……もう無いの。王に刃向かい、すべて魔物に変えられたそうよ……」


***


ヤスミーンに「もうすぐ年明けの祭事がある。もうしばらく滞在して行け」と引き留められたが、私は丁重に断った。

「帝都に戻って今回の取引を報告しなければ。その方がヤスミーンの部族も助かるでしょう」

しかしヤスミーンは、

「キャラバンがちょうど王都へ行くついでなのよ。それに、今回の荷物もあるでしょう。遠慮しないで」

そう言われてしまえば断れなかった。

本当は、荷物はポンタに持たせて転移で帰った方が何倍も安全で早いのだが、それは言えない。

仕方なくキャラバン隊と一緒に時間を掛けて帝都に戻ることとなってしまった。



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