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44 魔の兵団

ラシードは自分が何に変化したのか理解した。

「私はあの魔の兵士と同じものに変わってしまったのか」

黒い泥に突き落とされて生き残った魔の兵士たち。

彼の許嫁もその兵士となったのをこの目で見た。彼女はラシードを見ても何も感じられなくなっていた。


「だが、私はちゃんと意識が保たれている……はずだ」

彼は、一回りも二回りも大きくなり、目は赤くなったが、その他は以前と変わらない。

落ち着いた物腰、僅かに動作が素早くなったが、気取られないようにゆっくり動くように意識している。

当初ネフェラは、恐れて近寄れなかったが、今は慣れてきたようだった。


「ラシード。あなたは強くなった。そろそろ、部族を率いて王を倒してもらいたいわ」

「いや、私の部族は介入させないことにした。王を誅した後に部族に知らせる」

「まあ、なんですって! 気が変わったというの。裏切るの?」

「いや、私には考えがある。魔の兵団を奪い取る」

「魔の兵団? そんなものが帝国にあると言うの」


ネフェラには知らせてもいいだろう。ラシードは、ふつうの兵士と、魔の兵士の違いを話して聞かせた。

ふつうの兵士は、精製された魔をほんの少しだけ与えて作り出す。

そのため、力は限定的だった。

生徒達も同じだ。高い金を出させた割りには、大した力はないのだ。

帝国は他の国には力を持たせたくはない。


そのため、真実をひた隠しにしてきた。

一方、魔の兵団も帝国の闇が作りだしたものだった。

敵対する部族を捉え、魔の泥の中に突き落とす。

彼らは魔物化し、すぐに処刑された。そうやって一族を滅ぼす。

だが、一部は魔物化せずに生き残るのだ。その副産物が魔の兵団となった。

彼らは命令に忠実に動く。魔物でも人間でもなくなり、ただの傀儡と成り果てるのだ。

だが、侮れない兵団だ。彼らの魔の力は驚くべきものだ。

火を操りながら風を吹かせ、あるものは光を纏い闇に沈む。

人間には到底不可能な魔法の使い方ができるのだ。

まるで聖獣のような力が使えるのだ。彼らは……。


ラシードは、魔の兵団の居場所をずっと探ってきた。

そしてつい最近見つけることができた。砂漠を北に進んだ場所。

帝都から数日歩き、オアシスが湧く場所だった。

オアシスには、キャラバンも立ち寄る、よく知られた場所だった。

商人たちにとってここは正しくオアシスだった。魔の兵団が絶えずここを守り、魔物からの脅威を退けていたからだが、他国にはまったく知られていない。

なぜか。それは、他国の生徒を魔物討伐に出させているからだ。

魔の兵団を抱えている帝国なら、その様なことは本来必要無いはずだからだ。


「自国を守るのは、それは正しいことだろう。だがあまりにもやり方が非道だ。敵対部族を滅ぼすのも、それはそれで世の理だろう――だが、心では納得できない」

ネフェラは初めて知った真実に何も言えなくなってしまっていた。


「君たち王族が今まで享受してきた甘い汁は、すべての犠牲の上に成り立っているのだ。分かったか。ネフェラ王女」

王女などと、六十を過ぎた老婆に言う言葉ではなかったが、ラシードは、特大の皮肉を込めてそう呼んだのだった。


***


ラシードがネフェラの前から忽然と消えた。

目にも留まらぬ早さで窓から飛び降り、思わず駆け寄ったネフェラだったが、もうどこにも姿が見えなかった。

「彼は……魔物となった」

自分はとんでもない化物を作り出してしまったのではないのか。

身体が押さえようもなくガタガタと震え、座っていることもままならない。

「ラシードに飲ませた魔の量が、多すぎたんだわ」

ネフェラはしばらくして落ち着き、もう一度ラシードのことを考える。


「でも彼はきっと王を滅ぼして私の役に立ってくれるはず」

ネフェラは、どこまでも王族だった。

自分の役に立つ者ならそれで良い。もはや自分の考えしか眼中にない、身勝手な王女そのものなのだから。


***


ラシードは、魔の兵士たちが眠る兵舎に侵入した。

この兵舎の警備員は始末した。数人しかいない警備員なとものの数分で片がついた。



そこにいた兵は、五十人にも満たない。

「もっといたはずなのに……魔物との戦いで数を減らしたか」

彼らは雑魚寝状態だった。男に交じって数人の女もいたが、ただ昏々と眠りについている。

「ライラはどこだ」

探し回ってやっと見つかった。毛布にくるまって丸くなって眠っている。


「ライラ、起きろ」

少し揺すると、ライラは目を覚ます。ぼんやりとラシードを見ている。

「ライラ、私の事が分かるか? ラシードだ」

「……ラシード」

「そうだ。分かるのか! 私と一緒に行こう。そして一族の敵を討とう」

「……敵……」


ラシードがいくら言い聞かせても、ただ話を繰り返すばかりで反応が薄い。

「やはり、無理なのか……」

すると一人の男が立ち上がりラシードに向かってこう言った。

「ラシードか。私だ」

「っ! アサド、お前は魔に取り込まれなかったのか」

「いや、一度は取り込まれた。だが幸い私は光の力を得た。魔の毒を浄化できたのだ」

アサドは長い年月を掛けて自らを浄化し、今やっと正気になれたという。これからは部族の生き残りを浄化していくと言った。

「浄化。そうか、浄化すれば、正気に戻るのだな」

「時間は……掛かる。ところで先ほど言った、敵を取るとは。王を討つということか」

「ああ、そうだ。王を討つ。そして、砂漠を、この国を元の世界へ戻す。部族がそれぞれの姿で自由に生きる道だ」


アサドと計画を立てながら、今後どのような行動を起こせばいいかと話し合った。

「王族を、魔に投げ入れればいい」

アサドはそう言って暗く笑う。

「……そうだな、君の気持ちはよく分かるが……あれは人間の尊厳を潰す行いだ。ふつうに処刑するべきだ。王族が一度に集まる日は、年明けの太陽と星の祭事の時だ。一網打尽にできる。その時まで身を隠そう。私の部族に匿う。あそこには君の部族の生き残りを匿っているんだ」

アサドはラシードの目をじっと見て、その後考え込んでいた。


しばらくして、アサドは首を横に振る。

「ラシードの部族に万が一の事があればどうする。だめだ。私に任せておけ」

その後、アサドに諭され、ラシードは渋々兵舎を後にしたのだった。


***


この後王族の会議にネフェラは呼び出された。

ここに勢揃いした王族は百名に満たない。ほとんどが男性の王族で、ネフェラは紅一点だった。

「何か問題が?」

何食わぬ顔をしてネフェラは問い質す。

王はやや不安げな面持ちで、聖獣ガジを従え周りを見まわしこう言った。

「魔の兵団が、消えた」


一部の王族は顔色をなくしたが、他のほとんどは何のことか分からないようだった。


「魔の兵団とは? ふつうの兵のことですか」

「違う、特別に聖獣化した人間の魔物だ。彼らには意思がないはずなのに……いったいどうやって、どこへ消えたか分からないのだ」


その話を聞いたネフェラは一人ほくそ笑んだ。


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