42 レオポルドの決意
私に付けられたこの男性は、オルドリック・ゲイルハートという名前で二十一歳だそうだ。
二年前、ここプロイスタン国で魔を受けた。
エイリックが帝国から持ち帰った、あの精製された魔だろう。
王はローゼン商会に褒美として魔を分け与えた。
商会の中でも優秀だった彼に、白羽の矢が立ったというわけだ。
彼の他にも、レオポルドの息子や、他の二人が選ばれ、その中で二人が風の属性が授かり、他は火と水だった。
火は戦いに特化した属性で、水は意外に使えることが近頃エイリックから知らされ、今、鑑定スキルを獲得するために試行錯誤しているらしい。
風は、動きや気配に通じた属性だ。
「気配察知」「索敵」「俊敏」「跳躍」「音の伝達」や「聞き耳」などが得られるはずだ。
オルドリックの場合は、初めから伝達のスキルが持てた。
以前から諜報活動の真似事をしていたせいではないかと、私はこっそり考えている。
「帝国の魔調整学園へなど行かなくても十分学べる」
オルドリックは吐き捨てるように言い、私を横目で睨む。
彼はプロイスタンの人種とはやや違って見える。肌色は同じく白っぽいが、彼の場合はより色素が薄い。
髪色は白髪のような銀髪で、目は薄いグレーだった。
ふとした拍子に白目をむいているように見え、ギョッとするときがある。
見た目は冷静そうだが、オルドリックは激高しやすく、いつも何かにイライラしていた。そして瞬間的に爆発するのだ。
私はいつも機嫌を伺うようになってしまった。
別に怖いとは感じなかったが、これから二人で、諜報活動をしていかなければならない。要らぬ波風は立てたくはなかった。
「おい、サクラ。お前の魔物きちんとしつけておけ。俺は獣は嫌いだ」
「分かっているわ。ポンタ影にはいっててね」
《……いばりんぼうの、白髪じじい》
「なにオーッ!」
だいたい、いつもこんな調子だ。ポンタも一言多いのだけど、小さなポンタに対して異常に警戒する。
――もしかして魔物が怖いのかも。
帝国へはもちろん転移で行く事になるけど、その前に偽造の婚姻書類が必要だった。
偽造だから当然違法だ。ローゼン商会では非合法な書類でもすぐに作ってしまう。
今回始めて商会の影に触れた。
「こんなことしていいのかな」
「なにガキ臭いことを言っている。商売は足の引っ張り合いだ。相手を蹴落とすくらいじゃないとこっちがやられるんだ。覚えておけ、ちんちくりん」
ほんとうに口が悪い人だ。いったいどんな生い立ちなのか。
それにちんちくりんは酷いと思う。これでも成長して百五十センチまで背が伸びたのに。
私の髪の毛は黒々としすぎていると言われ、茶色に染めさせられた。
長かった髪の毛は背中の真ん中で切り、大人っぽく結い上げている。
鏡を見たら別人のようだ。
お化粧をして、落ち着いた服装をしたので二十歳には見える。
たった三歳の違いでも、こんなに印象が変わるのだと驚いた。
「お、馬子にも衣装だ。見られる様になったじゃないか」
「オルドリック」
「な、なんだよ」
「私には他にも魔物が付いているの、知っているでしょう。朱雀は火の魔法が使えるのよ。その意味分かるでしょう」
「……」
彼はそそくさとその場から逃げていく。
この頃は、少し脅してやるようにしている。あまり調子に乗っていると酷い目に遭うのだと教えるために。
レオパルドから最終の打ち合わせがあると言われ、彼の屋敷に来た。
大きな屋敷で、まるで宮殿のようだ。
さすが、世界を牛耳る商会の会頭の家だ。
レオパルドの個人的な場所に、今日初めて踏み込むことになった。
聞くところによると、奥様は早くに亡くされて、二人の子どもを男手一つで育て上げたのだそうだ。
三十歳の長男と二十四歳の次男。その次男が魔を受けていた。
「オルドリック。ずいぶん帰ってこなかったな。今どこにいる」
その次男がオルドリックに気軽に声を掛けてきた。
私はどういう間柄なのかと、興味津々だ。
こんな大きな商会では会頭一家は王様にも等しいのだ。
「……一人で部屋を借りて、ちゃんとやっているさ」
「帰ってこいよ。部屋なら腐るほどあるんだ」
「独立するって決めたんだ。一人でやっていくさ」
奥から太った家政婦が出てきて、オルドリックを見るなり、私を吹き飛ばしそうな勢いで、走り寄ってきた。
「まあーっ! リック坊ちゃま!」
坊ちゃまですって!
私は、思わず噴き出しそうになってオルドリックに睨まれる。
「本当にどこに住んでおられるんですか。突然出て行かれて。心配したんですよまったく。まあ、こんなにやつれて。ちゃんとお食事をされているのですか。悪い女に捕まってはいませんよね!」
次々とまくし立てられて、口の悪いオルドリックも、さすがに何も言い返せないようだった。
そうこうしているうちに、レオパルドがしびれを切らして出てきた。
「いつまで玄関ホールにいる。早く入ってきなさい」
一階にしつらえられた執務室に通されると、そこにもレオポルドの子どもがいた。彼が長男だろう。
彼は車椅子に乗っていた。
「ここでサクラに紹介をした方がいいな。長男のエドワード。次男のヘンリー、そして三番目の息子オルドリックだ」
私の目は点になった。
なぜオルドリックが……? 第一家名が違うじゃないの。なぜ三番目の息子になるの?
もしかして外にできた日陰の子。
「お前が考えているのは大体分かるけど、俺は違うからな。俺はここに厄介になっていた孤児だ」
「いや、オルドリックは僕らの弟だよ。君はいつからそういうふうにいじけるようになったんだ」
長男エドワードは、落ち着いたゆっくりした口調で諭すように言った。
穏やかな茶色い目と茶色い髪が人柄を表わすようだ。
彼の両足は膝から先がない。いつも車椅子に乗っていて、この執務室で父親の仕事を手伝っていると言った。
彼の部屋も一階にしつらえられていて不自由はないよ、と笑う。
「可愛らしいお嬢さんには見せられないな……」
「か、可愛らしいだなんて」
「けっ! ちんちくりんが。いっちょ前に照れてら」
「リック坊ちゃま!」
お茶と茶菓子が出され家政婦が下がると、徐にレオポルドが話し出した。
「私の長男は、帝国のせいで足を失った」
***
レオポルドが商会を立ち上げて間もなくのこと。
彼は帝国と自国を行き来する商売をしていた。だが、帝国にはいつも買い叩かれて商売は伸びなかった。
そして、レオパルドは他の国とも商売をするようになったと言う。
他国とは帝国とは違い、対等な取引ができた。地道に仕事を広げていくうちに、大きくなっていった。
資金も潤沢に増えていく。子どもに魔を受けさせることが出来るようになった。
エドワードが十四歳になっても新兵にならないように金を払った。
だが、どういう手違いがあったかは定かではないが、エドワードは砂漠の魔物討伐に参加させられてしまったという。
「貴族ではなかったせいだ。商人は軽く見られがちだ。サクラもそうだったのだろう?」
「はい、私の場合は、情報が得られなかったせいでもあります。初めから知らされていれば、私は魔調整学園へは行けなかった」
魔物討伐に参加したエドワードは、魔物によって足を食いちぎられてしまった。
砂漠に置き去りにされ、最早絶望的だったのだが、運良く見廻りの兵に見つけてもらい命だけは助かったのだ。
「水の魔法を授かったお陰でね。砂漠に居る間、水には困らなかった」
エドワードは、水を使い続けたお陰で、鑑定が使えるようになった。
だが彼はそれを帝国には報告しなかった。両足がないことも幸いして、そのまま帰国できたという。
「私は、帝国に恨みがある。だが今までは我慢してきた。サクラ、今がチャンスなのだ。帝国は今、混乱している。台頭する者が現れたということだ。それを調べてきて欲しい」
その台頭する勢力に接触したいと、レオポルドは言った。
そして、私とオルドリックの偽装結婚を、本物にしてはどうかと爆弾を落した。
「絶対に嫌です!」
「……お、俺だって、こんなちんちくりんは願い下げだ」
「そうか、残念だ。だが考えておいて欲しい。もしサクラが承知してくれたなら、商会の部門をオルドリックに任せようと考えている」
そう言われても、私にも好みというものがある。私だって自分で立ち上げた仕事があるのだ。諦めてもらいたい。
――レオポルドは、ポンタの空間庫目当てよね。
私たちは、帝国の商人ギルドに出向という形になる。
帝国の商人ギルドは特殊で、ほとんどが輸入だけで輸出する商品が少ないのだそうだ。そのため、今までは輸出部門を担当する者がいなかった。
そこで輸出部門を立ち上げ、私とオルドリックがそれを担当する。
「仕事は全くないはずだから、心ゆくまで探ってきてくれ。産業を見つけるという名目が立つ。どこへでも入り込めそうではないか?」
レオポルドは悪そうな笑みを浮かべ、にやりと笑った。
私は、サクラ・ゲイルハートと書かれた偽造身分証を受取り、帝国へと発った。




