41 商売の発展
士族の奥様方の注文は、こなしきれないほどになった。
「縫製工場が必要だ」
パパの鼻息は荒い。プロイスタン国から仕入れたレースは飛ぶように売れて、資金がみるみる膨れ上がった。
何せ、仕入れた値段の倍でさばけるのだ。
ふつうならそうはならない。転移のお金が嵩むためだ。
でも私の場合は転移はただ。おまけにポンタのお陰で一度に大量に仕入れてくることができる。
この頃では、レースや生地以外にも珍しいお酒や、薬、ボタン、グラスなど様々な物を取引している。
本来なら疑われるような品揃えだ。
まるで商社のような仕入れ方なのだから。
でも、私には世界規模のマスターの証明書がある。
だから税金さえ払っていれば、誰も文句は言えないのだ。
白鷺財閥からの横やりは今のところはない。
あそことは顧客層が違うからだ。
だけどこの頃、華族の間で噂が立ち始めたようだ。士族の奥様から言われたのだ。
「サクラさん。この間、私たちが春の歌会のお手伝いにあなたの服を着ていったの。とても動きやすくてね、助かったわ」
お手伝いというのもあるらしいと、その時私は初めて知ったのだ。
士族の奥様をお手伝いさん代わりにするとは、皇族とはどれほどの存在か想像もつかない。
影のお手伝いなので、少しだけ豪華に作った私の店の洋服を着ていったそうだ。
「それが華族の奥様の目に留まってね。喜びなさい。あなた、華族様とも取引できそうよ」
いいのだろうか。白鷺財閥の客に私が食い込んでしまっても。
一瞬そう考えたが、着る場所も用途も違う。大丈夫だろう。
伊集院様という華族の屋敷に呼ばれ、その日は初見のご挨拶代わりのお土産も持参した。
これは、こっそりミクロン諸島のボボから買ってきた南国の珍しい果物だ。
なるべく日持ちのする物を選んで詰め合わせてきた。
伊集院の奥様、サトコ様は目を丸くして驚かれた。
なにせ、見たこともない果物が盛り籠いっぱいに詰まっているのだから。
「……やはり、噂は本当だったようですね。マミヤ商店は世界マスターの証明書をお持ちだと」
「はい、プロイスタン国のローゼン商会には懇意にして頂いております」
「んまああーっ。あのローゼン商会ですって。世界一の商会じゃないですか……」
ついはったりを噛ましてしまった。
本当はただの荷物運びだけど、ここでは誰もその事は知らないのだから、別にいいでしょう。
この日はサトコ様の普段着の注文と、こっそりお願いも聞き入れることになった。
なんでも、白鷺財閥の商店では、仕入れることが出来ないという品らしい。
「どうしても欲しいの。カメオが……」
カメオは、実は持っている。
エイリックが持たせてくれた品に紛れていた。オニキスのカメオとシェルのカメオが三つ。
あまりにも高価で捌くことができなかったし、私が付けて歩けるはずもない。
「後日なんとか手配して参ります。ですが……」
「いいのよ、いくら高くても、買います」
「では、シェル素材のとストーン素材と、どちらが宜しいですか? シェルは比較的安価で手に入りますが、ストーン素材となると、使う石によっては、ヤマタイラの屋敷が建つほどになるかと」
「……ま、まあ、そんなに種類があるとは、存じませんでしたわ。シェルとは?」
「貝殻を素材にする一般的なもので、高級ドレス一着分かと」
「そ、それで結構よ……」
ローゼン商会には、実に様々な商品があった。あそこで私は目が肥えたのだ。
ヤマタイラ国の金の価値が、他国に比べれば相当低いことも。
だからこそ、こうして華族様とも対等に話せるのだ。
今さらながら、エイリックの英断に感謝することとなった。
「サクラは、世界規模の商人なのよね。何カ国語を理解できているのです?」
「おおよそは。言語理解のスキル持ちを紹介して頂き、ほとんどの国の言葉は話せます」
「……そうなの。本物なのね……マスターという証明証は」
「はい」
私は誇らしかった――ありがとう、エイリック。あなたのお陰よ。
***
その年の春も過ぎ初夏の兆しが感じられる頃、いつもの顔出しにプロイスタン国のローゼン商会を訪れていた。
そこで風の属性持ちという人を紹介された。
”風の属性”は音の伝達に秀でた属性だが、滅多にお目にかかることがない希有な存在だった。
「サクラ、君に彼を付けたい」
「え?」
「風の属性持ちはもう一人いるんだ。情報のやりとりには彼らの力が一番役に立つ。君に帝国へ行ってもらわなければならなくなったのでね」
その依頼を聞いた瞬間、私の心臓が鷲掴みされた。
ぎりりと締め付けられて、冷や汗が出てくる。
――また、あそこへ行くのか……二度と行きたくなかった。
でも、行かねばならないようだ。
今、帝国は大変な事態に陥っているという。
私に物資を運んでもらい――ついでに情報収集もしてこいと、暗に臭わしていると悟った。
「君の国の、白鷺という商会が君を調べていたぞ。こちらで対処しておいた。心配は要らないだろう。今後はヤマタイラ国での商売はスムーズに行くだろう」
くっ……流石にレオポルドは一枚上手だ。私が断れないようにすでに先回りしていた。
「ありがとうございました。承知しました、行かせて頂きます」
「サクラは十七歳だね」
「はい、そうですが……?」
「彼の妻ということにしてもらいたい。そうなれば、君の名前は変わる。あちらの情報網には引っかからないだろう」
――これって、完全にスパイじゃない!




