3 初等科の夏 サクラ
私はここに来て初めての夏を経験した。
暑さがどうにも耐えがたい。
授業は3ヶ月ないと言う。建物の外へは、とてもではないが出られない。
暑くて死んでしまいそうだ。
建物の中は少しだけ涼しいように感じる。
自宅へ帰れない居残り組は、この寮では私ともう一人だけだ。
女子寮には百人が泊まれる。
寮を利用するのはほとんどが留学生だった。
他国のお金持ちや地位の高い人は、屋敷を借りて住まいにしているらしい。
私が生れた街では、我が家はそこそこお金持ちだったけど、ここでは貧乏人だ。
転移のお金が払える同国のチビの男子生徒やユウカは、帰国してしまった。
同室ではないけれど、同じく居残り組の彼女とは親しくなった。
西の外れの国の貴族のお嬢様だった。
「私は侯爵の三女だから、いても役に立たないのよ」
赤い髪色の茶色い目をした可愛い少女だった。
「侯爵令嬢なら、王族とも親しいのでしょう。王子様のお嫁さんになれるのでは?」
「まあ、王子様は三十五歳の叔父様よ。何番目の妃になれって言うの? 私はいやだったから志願してここへ来たの。貧乏な国だから転移も滅多に回ってこないし、ここにいるしかないわ」
「じゃあ、王子様のお子様は?」
「もう婚約者は決まっているし、他の方も他国へ行かれるはず。あなた、貴族って自由がないって知らないのね」
「そうなんだ……」
貴族に憧れていたけど、平民の方がなんだか自由でいいみたいだ。
「しかしこの国って暑い。どうにかならないの、まったく」
支給されている布の貫頭衣を怒りに任せてバタバタ仰ぐ。
「まあ、少しはしたなくってよ、サクラ」
「だあれもいないんですもの、平気。涼しいわよメイリーンもやってみたら?」
「うふふ、私も?」
メイリーンと私は二人きりで図書室に籠もり、文字のおさらいをして五日過ごした。
ここには寮母がいる。彼女は食事の支度や部屋の見廻りをしている。
他の雑用をする小間使いたちは長い休暇に入らせたそうだ。
「ヤスミーン。あなたは帰らないの?」
「お嬢様……私がいなくなれば、誰がお世話をするのですか」
「それもそうね」
「故郷はここから離れておりますし、私にとってはここが住まいです。今となればね」
それ以上は教えてくれなかったが、寂しそうな顔をしていたヤスミーンは、帰れない事情があるのだろう。
「ヤスミーン、暑くて耐えられないの。涼しくなる方法はないかしら」
メイリーンがそう尋ねた。
「そうですね、では、この近くに風の神殿が御座います。
そこには心地よい風が吹き抜けて過ごしやすう御座います。行ってみられては?」
ヤスミーンによれば、その神殿は学園の敷地内だから安全だと言うことだった。
学園は広大だ。
私が住んでいた街より大きいかも知れない。
帝国のほとんどが砂漠で占められているが、海の近くに作られた学園は各所に神殿があり、オアシスのような泉も湧いていて環境は素晴らしかった。
それでも海風は、この季節は熱風が吹いて息苦しいほどだ。
内陸はここよりも厳しい環境だと聞いた。
昼は五十度を超え、夜になれば氷点下になるというのだ。
「学期の始めに、地理を習ったでしょう。私、あの時初めて世界地図見た」
「うふふ、そうなの? サクラの国では世界地図がなかったのかしら」
「あるとは思うけど、私って庶民でしょう。だから大切な地図なんて見せられないのじゃないかしら。寺子屋でも教えてもらえなかったし」
寺子屋は、寺にあった。私の国は神社があり寺もあった。
寺は比較的新しく国に入ってきた組織だ。神社は、遙か昔からヤマタイラ国にあった土俗の宗教だ。
ヤスミーンに教えられた通りの道を二人で歩く。
広い通りは石畳が敷かれてはいるが、石の間には砂が挟まり、風が吹くとその砂が巻き上がってくる。
私達はこの国の衣装を纏っている。衣装は頭からすっぽりと覆う造りになっているのはこの環境のせいだと感じた。
埃や砂、熱風を防いでくれる優れものだったのだ。
道の両側には寮が建ち並んでいるが、ここを抜ければ各校舎が立ち並ぶ区域に入り、さらに進めばやや小高い場所に風の神殿があるそうだ。
風の神殿は海に向かって建てられ、海にも近い。
そして、風の神殿に対峙して火の神殿があるそうだが、ここからは見えない。
夏休みの間生徒はいないと思っていたけれど、ちらほらと歩いている。
ほとんどが男子生徒だったが。
その他にも教授らしき人や、雑事の従業員など立ち働く姿が見えた。
中にはらくだを連れて商人までもが出入りする姿もあった。
風の神殿に入る。やや息が切れてきた。
ここまで急な階段を上ってきたせいだ。
「結構急な階段だったね」
「そうね、百段はあったわ」
白とコバルトブルーの配置が美しい神殿だ。青のタイルが使われていて、よく見ると青は一色ではなかった。
微妙に色の違う自然石を細かく配置して模様を形作っている。
「なんて綺麗。見ただけで涼しくなるわ」
「それは風が顔に当たっているせいよ。ここの風は海の臭いがする」
「サクラの国は、海が多いのよね。私の国もそう。お母様、元気にしているかしら。御身体が弱っていらっしゃったから、心配だわ」
メイリーンがそんなことを呟くから、私もパパやママのことを思い出してしまう。
目をしぱしぱしていたら、睫に水滴がついてしまった……。
私達の住む大陸はユーライヤ大陸と教わった。
以前お父様が教えてくれたとおり、この大陸は東西に長く広がっていた。
世界地図には、十二カ国が距離を置いて散らばり、大陸の南にはミクロン諸島や、北には島もあったが、この大陸から見れば芥子粒のようだった。
「大陸って大きい。このユーフラティア帝国も……」
帝国は大陸の中央一帯を占めていた。
私の国は東の端の小さな半島で、メイリーンの国は西の端に位置していた。
ここを卒業すれば、メイリーンとは会うことはないだろう。
もし、転移のスキルを授かったとしても、国に囲われてしまって、自分で自由には使えないと聞いたし。
メイリーンの方を見て、今のこの時が、自分にとって本当に短く大切な瞬間だと思い知った。
「ここにずっといたいわ。寮は暑苦しいんですもの」
「無理に決まっている。しばらくしたら戻るよ、メイリーン」
開かれた神殿のため、ここには多くの参拝者がいる。
祭壇のある部屋には、膝に小さな絨毯を敷きお祈りしている人々がたくさんいた。
私達は宗教が違うため、強制はされていない。
見た目からして異教徒だと認識しているのだろう。
神殿をあとにして、階段を降りていると後ろから声がかかった。
「君たち。学園の生徒だすな。おいも学園の生徒だす」
「こら、ボボ! 女子生徒に気軽に声を掛けてはいけない。この国の戒律に触れてしまう」
ボボと呼ばれた男子生徒はちょっと太っている。
漆黒の肌色は南国の証。ミクロン諸島の出身ではないだろうか。
穏やかそうな黒く大きな目で、長くクリンとした睫がチャームポイント。
対して一方の男子生徒は、金髪で青い目、切れ長で鋭い目つきだった。
背丈もすごく高い。
きっとこの人は北の方から来たに違いない。
北には色素が薄い人種が住むと習った。
「私は魔調整学園の中等部、エイリック・クラウゼルトといいます。こっちはミクロン諸島の王族、ボボ」
「まあ、やはりそうでしたの。ミクロン諸島の方とお会いするのは初めてです。私はポルトン国のメイリーンと申します」
メイリーンがそっと右手を差し出すと、ボボと紹介された男子生徒は、片足を引きメイリーンの指しだした手を優しく掴み、口づける寸前で口を離す。
何かの儀式のようだ。
私には分からない取り決めがあるのだろう。
エイリックという生徒はボボの後ろに控えていて、まるで騎士のようだった。
「君は? 名前はなんていうだす」
「あ、さ、サクラ・マミヤです。庶民です。ごめんなさい、礼儀はちょっと知らなくって」
「ははは、いや、これからは学生として話すだす」
エイリックという生徒は、ボボの護衛だと思っていたが違うと言われた。
「私は……スヴェル・ノルベルト様の従者でここへ来た。しかし、スヴェル様は、適性検査の折、魔に変じてしまったのだ」
そうだったのか。私と一緒に来た男の子も同じだった。
きっとこの人は辛いだろう。主人格がいなくなってしまったのだから。
この学園は、初等科、中等科、高等科と分かれていて、高等科からは学園の外へ出て行くとエイリックに聞かされ、私はビックリした。
「え、学園の外は魔物が一杯いて危険だって聞いたけど」
「そうだ。しかしその魔物を倒すことによって、身のうちの魔が馴染んでいくそうだ」
「そうだす。座学が終われば、戦い三昧。おいたちは、来年はここから出て違う宿舎に行くそうだす」
メイリーンが不安そうな小さな声でささやく。
「女性……も?」
「女性は、どうかな。周りにいないから。ただ、女性の場合は七年で卒業と聞く。男は上手くすれば、五年で精錬した魔を受け取れ、六年で卒業できるそうだ」
寮はそれぞれ離れた場所にある。
エイリックたちとはここで分かれ、戻る道々、メイリーンはひたすら不安を口にした。
「学園に来れば、将来安泰だとばかり思っていたわ。怖いわどうしましょう」
「今から考えてもしょうがない。でも、私は戦いには行かないのでは無いかって思う」
「なぜ、そう思うのサクラ」
「だって、変じゃない。女性が長く学園にいるという仕組み。魔が馴染む時間が掛かる。その為に男性は早く馴染ませるために戦いに行くんでしょう? だから、女性は戦えないから、卒業までの時間が掛かる。そう思わない?」




