37 秘密の沼
「朱雀、教えて。朱雀の沼で採れる魔は、私にも分けてもらえるもの?」
《あの沼は、わの沼ではね。ミズチのもんだ。ミズチはわの友達だはんで、頼んでみるが》
ミズチとは、あの大きな白蛇だ。あの場所の魔は今のところ誰にも知られていない。だからいくらでも魔をもらえるはずだ。
「あそこの魔は精製されているかしら。魔物がたくさんいたんだけど」
《ミズチがやってらね。頼べばきれいにしてくれるはんで、大丈夫だ》
そういうことなら、安心してメイリーンに魔をやれる。
メイリーンと側近たちは、目を白黒しながら私たちのことを見ていた。
「サクラさん……もしかして……聖獣なの? その鶏」
《わは、火の鳥だ。にわとりでねじゃ!》
これから行くところは、秘密にしてもらわなければならない。
だからメイリーンには、どこへ行くとは言わないでおく。
「みんな! ポンタに掴まって」
ポンタは、綺麗な女性にあちこちつかまれて赤くなっている。
《じゃ、行くよ》
ポンタの初めての長距離転移だ。ちょっとだけ不安だったけど、何とかなった。
ただ転移した途端ポンタは気絶して、大惨事になった。
また臭い匂いを発散させたのだ。
「ウッ! なんですの、この匂いは……」
「きゃああ。沈むうーー!!!」
大変な騒ぎになってしまった。
――ここは湿地帯だったのを忘れていた。
そこへミズチが、ぬーっと現れる。大きな蛇に女性たちは声が出ない。真っ青な顔をして、七メートルうえから見下ろされた白蛇を、見上げるばかりだった。
《ミズチ、久し振りだの》
《****!》
《んだ。無事だ、おめさ頼みがある。このめんこいおなごだぢさ、魔、分げでけじゃ》
《**》
ミズチが水にもぐり、沼の中でぐるぐるとし始めると、黒々としていた水が虹色に輝きだした。水の表面に油のように浮かんだ魔を、両手ですくい取り、一人ずつ飲ませてやる。
少し多かったかな? でもコップ一杯くらいだから大丈夫……たぶん。
無味無臭のとても綺麗な魔魔だ。
とろりとした水だと、彼女たちは思っているかもしれない。
彼女たちは、今飲んだのが魔だとは知らない。態と、何も教えていないのだから。
ミズチに圧倒されて、彼女たちの思考が止まってしまっている間に、
このまま沼を抜け出すことにする。
ポンタの回復ができていないけど、私の転移でも、少しの距離なら連れていける。
ポンタを抱え、呆然としている女性たちに掴まってもらい、今度は、あのマタギの家に転移した。
以前、奥様の病気を治して上げた、あのマタギの家だ。
「ごめんください」
「あれまあ、サクラさんでねが。さ、入りへ」
ここへ来たことは内緒にしてもらった。
マタギの奧さんもマタギも「ん、わがった」といって快く了承してもらった。
ヤマタイラの言葉は女性たちには分からない。丁度良かった。
そして肝心要のことを頼み込む。
「なんてぇ。きたねぐした小屋さ泊まりてってが」
そうなのだ。汚い部屋に泊まる必要がある。
貴族の女性には耐えられないくらい汚い部屋。 そうすれば、彼女たちは心から思うだろう。
――浄化できたらいいな……と。
ただ、彼女たちに光の適性が有れば浄化が使えるようになる。そして治癒も。
女性は戦いには向かないけど、治癒を身につけて、国に無くてはならない立場になれば、それは力を得た、ということになるのではないだろうか。
私はそう考えたのだ。
***
「あの、サクラ様。ここは……?」
「今夜はここで休んでもらいます。ご不浄はその木桶にどうぞ。お風呂も石けんもないですけど」
食事は十分な量をマタギの女将さんが用意してくれた。
私はお礼に、エイリックからもらったチーズを渡す。
「あれまあ。ふしぎなかまりっこだの」
確かにチーズはちょっと臭いかも。でも切り取って食べた女将さんはにこりとしたので、気に入ってくれたようだ。
小屋は別棟になっていて、多分ここは馬か牛を飼っていた小屋だろう。
まだ臭いが残っていた。
女性たちは鼻にしわを寄せながらも耐えているようだ。
ここで私は自分のスキルを明かそう。今後は彼女たちも同じ治癒が使えるようになるのだから。
私は決して珍しいということには、ならないはずだ。
「私は浄化が使えます。見ていてね」
そう言って小屋の一角だけを綺麗にしてみせる。
「まああーー! 綺麗になった。私、初めて見ましたわ」
「すごい! サクラさん。こんな魔法が使えるのに、どうして自由に歩き回れるの?」
「さ、サクラ、これは、内緒にしておいた方が……」
私はメイリーンに向かって
「これは貴方たちも使えるはず。やってみて。「きれいになあれ」と考えるだけでいいのよ」
それから彼女たちが一生懸命「きれいになれ」と唱えはじめた。
驚いたことに、メイリーンはすぐにできてしまった。私より早かった。私の場合二、三日してから浄化が使えた。それでも早いとエイリックには言われたのだ。
「もしかして、魔の量が多かった?」
その後、もう一人もできたが、残りの一人はまだ出来ない。
時間が掛かるのか……それとも適性が無かったのか。もし、適性が光でなくても違うスキルはその内に身に付くはずだ。
「ねえ、あなたの一番好きなものは何?」
「本を読むことかしら。本を読んでいるときが一番落ち着きます」
もしかして、鑑定が使えるかも。
ボボも博識で、よく本を読んでいたと、エイリックに聞いた。
――鑑定は水の属性だから……彼女がスキルを早く得る何か良い方法はないかしら。あ! 言語理解も水だった。
私は彼女に、ヤマタイラ国の言葉で話し続けてみた。
彼女は一生懸命聞こうとする――そして遂に理解する瞬間があった。
「サクラさん、分かります。あなたの言葉が!」
皆が寝静まった頃、メイリーンが私をこっそりつつく。
「……ん。どうしたの、メイリーン」
「サクラさん。私たちに魔をくれたのよね。いったいどうしてあなたが?」
「これは、私が勝手に考えて発見したことなんだけど。魔は、多分ポルトン国にもある。よく探せばね。この場所は教えられないけど、こういう場所は帝国だけではないって、分かったでしょう?」
「ええ、あまりにも意表外で、戸惑っていますけど。その事が真実なのは実際経験して納得いたしました」
それからメイリーンは決意を込めて私に宣言した。
「私、国へ帰ります。そして国を建て直して見せます。サクラが教えてくれた、この方法を国の女性たちに試してみせる。ただ、魔を見つけるのが難しい……」
「もう少しだけもらえないか頼んであげる。そうすれば、当面は持つ。有益な魔を持つ女性たちで、国を支えていけるはず」
「うふふ。サクラ、明日、帰りましょう。申し訳ないけど、ポンタくんに頼んでくれないかしら」
次の朝、私は朱雀に頼んでもう一度魔をもらって来た。
ポンタの空間庫に入れてもらったのだが、ポンタは、
「ボクもういっかい飲む!」
そう言って魔を飲んだ。魔物の場合は大丈夫なのか? 「サクラも飲めば」とポンタに言われたが遠慮させてもらった。
もし何かあったら恐ろしい。人間でなくなったらどうするのよ。
ポンタが魔を飲んだおかげで、能力が大きくなったようだ。
転移しても気絶しなかったのだ。すごいな……とは思うけど。
――ポンタがポンタでなくなったらどうする? あのミズチみたいに巨大化したら……。
***
ポルトン国に戻りメイリーンを商人ギルドの宿に隠れてもらってから、私はギルドに顔を出した。
ギルドでは今大変な騒ぎになっていた。
「何かあったのですか?」
「転移人が、憲兵に連れて行かれてしまった」
「えっ! どうしてですか。もしかして私を待っていてくれた方ですよね」
「そうだ。なんでもメイリーン王女の誘拐の嫌疑がかかっているそうだ」
大変な事になっていた。
王女が塔から忽然と姿を消した。そのせいで転移人が疑われたいうが、転移人のことをまったく理解していないことに逆に驚く。
「転移人は、転移の間でしか転移出来ないことをこの国のトップが知らないのですか?」
「ああ、この国に転移人がいたのは二十年も前だ。ここに物資を運んでくるのは商会の転移人しかいない。だから忘れているのか……馬鹿なのか、おっと、失礼」
私は宿へとって返し、この事をメイリーンに伝えた。
「分かりました。私が出ていけば総て収まります。彼女たちはここで匿っていてもらえますか」
「ええ、でも、私も一緒に行く。朱雀がいれば、メイリーンに指一本触れさせない」
《ほんだ。まがせでおげへ。何があったら燃やしてやるはんで!》
朱雀……やり過ぎないでね。




