36 ローゼン商会
一ヶ月ぶりのプロイスタン国だ。
なんだかあっという間に舞い戻ってきてしまった。
転位の間を出て真っすぐローゼン商会へ向かった。
商会に着くや否や、三階の会頭の部屋に通されレオポルドが迎えてくれる。
「サクラ、今回も、ポルトン国への物資の輸送をお願いしたい。前回の二倍の量だが、大丈夫か?」
「ええ、でも今回は、少しあの国に留まりたいんです。知り合いがいて、安否確認をしたいんです。良いですか?」
「ああ、構わないが。あの国は、もう戦闘が始まっている。危険だぞ」
「平気です。距離は出ないけど、私は転移が使えます。何かあったら転移で逃げることが出来ますから」
倉庫へ行き、ポンタにお願いする。
《大丈夫。全部持って行ける!》
ポンタをじっと見て、レオポルドは私に譲って欲しいと言ってくる。
《嫌だ。ボクはサクラの従魔だよ。他の人には絶対について行かないからね!》
ポンタの言うことを聞き、驚いたのは私だった。
――従魔? 何それ。
「残念だ。サクラはこの魔物をどこで手懐けた?」
「砂漠で。以前、間調整学園で新兵にさせられたとき、魔物に襲われて、その中で死んだふりしていたんです。オポッサムって、すっごく臭いんです」
「ははは。そうだった。オポッサムは死んだふりが得意だ。そうか、サクラは幸運に恵まれたんだね。これは聖獣と呼ばれるものだよ。知らなかったのか?」
――知らなかった……ポンタは聖獣? 朱雀は神獣で……
ちょっとどうしよう。すごいことになったかも。
私は冷や汗を流し、愛想笑いを浮かべレオポルドに挨拶して、そそくさと倉庫から出て急いで転移人のところへ戻った。
「もういいのかい?」
「はい。このままポルトン国に転移して下さい。でも今回は少しあの国に滞在します」
「サクラ、危険だよ。ではこうしよう。二日ポルトンで待っている。それまでに戻るように。わかったかい?」
「……はい。お願いします」
転移は一瞬だ。前回と同じようにポルトン国の商人ギルドに荷物を届け、仕事は終了だった。
こんなに簡単な仕事でも、結構な手数料が私に支払われる。
レオポルドによれば、国に囲い込まれれば、ほとんどただ働きなのだそうだ。
「階級は高くなるが、階級では腹は膨れない。まったく、国という組織は無茶なことばかり要求するもんだ」
あのとき、珍しくレオポルドは愚痴をこぼしたのだった。
仕事が終わり、以前手紙を届けてもらった職員に聞いて見る。
「ああ、たしかにお届けしました。ただ返信はなかったようです。メイリーン王女は今、取引材料にされていますしね。どこかに隠されているようです」
なんだかずいぶん不穏な言葉だ。取引材料とは、いったい何なの?
「あの、なんの取引でしょう?」
「敵対勢力の公爵との和解に使われるようです。ですが、公爵は七十六歳のご老人です。可哀想です……」
ギルドの宿泊施設に宿を取り、そこでしばらく策を練ることにした。
「朱雀、どうしようか。メイリーンっていうお友達のこと」
《どこさいるが、調べねばまいねな》
《ボクに任せて》
「ポンタ、あなたメイリーンの顔、分からないでしょう」
王宮にはいないと考えて良いのだろうか。
そうなれば、雲をつかむような話だ。王宮にいなければ、どこを探せば良いのか見当がつかない。
土地勘もないのに闇雲に探し回るなど、無理だ。
「誰か事情に詳しい人、いないかな」
考えていると、ドアをノックする者がいた。
出てみるとそこに、中年の女性が立っている。
「あの、サクラ様ですよね」
「はい、何か?」
「私は、この宿の料理人です。メイリーン様のメイドを務めていたことが御座います。メイリーン様が、もう直ぐここにサクラ様がお出でになるはずだから、知らせて欲しいと頼まれておりました」
「メイリーンは無事なのですね。どこにいますか。会いに行きます」
***
私が出した手紙はメイリーンに届いていた。そして「またすぐ戻って来るからね」という一文を見て、メイドにここで待機してもらっていたのだ。
「メイリーンは、私を待っていたんだ。困っているに違いないわ」
メイリーンはここから離れた伯爵領の屋敷に囲われていた。
馬車で五時間も離れたところだった。
元メイドの後について闇夜に隠れて、伯爵の屋敷の裏口からこっそり忍び込む。
「あの、あなたが、ここの伯爵様に見つかったら大変な事になりませんか?」
「いいのです。メイリーン様への最後のご奉公です。私はこのままここを離れて、親戚を頼って行く事にしますから」
「……」
屋敷の中には騎士や従者が所々で見張りをしていた。
私は彼女と別れて、屋敷の中へ入っていく。
誰にも見つからない。ポンタの魔法で闇に隠れているから。本当にポンタは使える従魔だ。
屋敷の階段を上がっていき部屋をくまなく探したが、どこにもいない。ここの主人らしき部屋の中はもぬけの殻だった。
まるで屋敷全体が牢獄のようだ。
屋敷の東側に塔があり、その上の窓に明かりがついている。
「あそこにいそう。ポンタ、あそこに転移して見てきて」
《オーケー》
すぐにポンタが戻ってきて、若い女の人が三人いたと知らせてくれた。
メイリーンはきっとそこだ。塔の上の部屋にいそうだ。
塔には登ることはできそうにない。騎士たちが見張っているはずだ。
でも、部屋の中に直接ポンタに転移で連れて行ってもらえる。
「ポンタお願い」
《任せて!》
光に包まれ、目を開けるとそこに、メイリーンが口をぽかんと開けて立っていた。
***
「サクラ!」
「メイリーン!」
私たちはお互い抱き合って、おいおい泣き出してしまった。
傍にいたのはメイド……いや側近たちだろう。貴族の落ち着きを持った彼女達は、驚きながらも静かに見守ってくれている。
少し落ち着いた頃、側近の一人が口元に指を立てて、
「しーっ。だれかが来ます」と小声で知らせる。
慌ててベッドの陰に隠れる。
コツコツとした靴音が近づき鍵を開ける音がして、騎士が数人入ってきた。
「メイリーン王女、失礼いたします。明日ここを発ちます。準備をして置かれますよう。では」
靴音が遠ざかり、私たちは部屋の隅に車座になって、コソコソ相談し始めた。
「メイリーン。王女様になっちゃったんだね」
「なにを言うの、サクラ。ただの駒にされているだけよ。私の母上は昔の王族の血を引いている。今では何の価値もなかったのに。そんな昔の王様の話を持ち出して、お父様が私を駒に使った。それが真実よ」
同じ侯爵の地位にあるものが謀反を企み討たれたのが、数年前。
別のものが王を討ち政変が起きた。
そして今回メイリーンの父親が新しい王を討った。
めまぐるしく王が替わる――これは、正しく戦国時代だった。
私はメイリーンに確かめなければならない。
ここから出して上げるのは簡単だ。だけどそうなれば、メイリーンのお父様、今の王の立場はどうなる?
幾ら酷い人でもメイリーンにとっては身内なのだから。
「メイリーンはどうしたい? ここから抜けだして違う国へ逃げたい?」
「……その様なことは出来ないわ。逃げたいのはやまやまだけど……その国に迷惑が掛かる」
「メイリーンは、貴族の身分を捨てられる?」
「貴族の身分は捨てることなど……できるのなら平民になりたい」
平民で生きていくことは出来るだろうか? もし本当にメイリーンが望むのなら叶えてあげられるけど……。
メイリーンが、悔しそうにいった次の言葉で、私の心は決まった。彼女はこう言ったのだ。
「もし、私に力があれば。この国の男たちに思い知らせてやれるのに! 魔調整学園をやめざるを得なくなったせいで、魔を受取ることができなかった。今でも、私、悔しくって。お腹が捩れそうになるの」




