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35 新しい商売 

無事、ヤマタイラ国に帰って来られた。

でも、心の深いところがじくじくと痛み、晴れやかな帰国とまでは、言えない……。


――なぜ、私に断りもなくエイリックは、ポンタや私の事を暴露した?


その事が、私に不信感を抱かせ、しこりが出来てしまった。

十二歳の頃に出会い、新兵の時は彼に助けられ、一緒に魔を探求して心から信頼していたエイリック。


「貴族になれば考え方が変わる。そういうことなのかもしれない」


エイリックの顔を見るのが辛く、帰国の挨拶もしないまま国に戻ったのも、彼の顔を見たら大声で怒鳴ってしまいたくなるからだった。

世界商人は面白そうだとは思っていたけど、誰かに道を作って押し込められてしまうのは、違うと思う。


――私にはこの道しかなくなってしまった。


もう逃げ場がなくなったという閉塞感があって、息苦しい。

レオポルドの眼光鋭い物腰を思い出す。ブルリと身体を震わせ、ため息をついて、項垂れてしまった。

安心出来る唯一の場所、パパのところに帰ってこられて、私は、やっとほっとしたのだ。


「ただいま」

「二ヶ月ぶりだ。よく帰ってきた。あの若造は一緒ではなかったんだな」

「……エイリックは子爵様になった。それに来年はお嫁さんが来るんだって」

「そうか! それはめでたいな。結婚式にはお祝いを届けないとな!」


パパは、エイリックが気に食わなかった?

私はパパに、世界商人の鑑札を見せた。

パパの手は、ふるふると震えている。


「これを……いったいどうした」

「レオポルド・ ローゼンフェルトという、ローゼン商会の会頭に作ってもらった」


この鑑札は、ヤマタイラ国では、白鷺財閥の会頭しか持っていないものだそうだ。

確かにすごいものなのだろうけど、私はこれでローゼン商会の一員になってしまったことになる。

ヤマタイラ国の財閥とはまったく違う立場だと思う。

この国では目立たないように地道に商売をして、レオポルドさんに呼ばれたら、飛んでいかなければならなくなったのだ。

国には縛られていないけれど、ローゼン商会には囲われてしまったということだ。


「サクラの話が本当の事なら、ヤマタイラ国ではおとなしく商売するしかないな。ポンタのことが知られれば、騒ぎどころではなくなる……」


「うん。だから、パパ。仕入れてきた商品はパパが捌いて。私はお店で違うことをする」


パパは早速伝手を辿り、士族の奥方に私が仕入れてきたレースを持っていった。

市井の商人には、華族の知り合いは、いるはずもない。

でもこれを足がかりにゆっくり上流階級へ食い込んでみせるとパパは意気込んでいた。

私はパパに、化粧品と肌荒れ用のクリームも持たせた。


「これ、私もママも付けてみたけど、すごく良いみたい。ヤマタイラ国のものより香りも良い。だからきっと喜んでもらえる」


「……値段はどうする。私には畑違いすぎるぞ」

「初めは小分けにして、レースを買ってもらった人にプレゼントすればいい。もし注文が入ったら、私が仕入れてくる」


私がこれからやることは、仕立ててもらった新しい洋服を一般の女性に広げること。

そのために新しい服を、二着仕立ててきた。

まずは、その内の一着を丁寧にほどいて、パーツごとい分けて立体パターンの仕組みを勉強しなければならない。

ばあやも一緒に手伝ってくれる。


「あたいら農民は、昔っからこうやって着物をほどいて作り方を学んだもんだ。お嬢様はいいところに目を付けなすった」


ばあやは、丁寧に糸をほどいていく。ほどいた糸は、くるくると巻いてまた使えるように大切に針箱に入れていく。

私も真似をしながら、一日中、細かい作業をつづけた。


「ずいぶん縫い目が細かいね。それに切れ端ばかりだ。こりゃ、仕立てるのに難儀するね」


ばあやの言葉を聞き、私はアイデアが閃いた。

細かいパーツで無駄なく布を裁断すれば、価格が抑えられるのではというものだ。

華族たちのドレスは布をたっぷり使う。

そして残り布もたくさん出る。


それを分けてもらえれば良いのでは? 着物の場合は布が残らない。古い布なら切り刻んでも良いけど、それでは売り物にはならないだろう。

ほどいた布のパーツを紙に乗せて、丁寧に型を書き写していく。

ばあやはパーツに鏝を当てて、綺麗にのしてくれたので助かった。


「お嬢様、これは専門の縫い子が必要ですよ。あたいの孫を連れてきても良いですかい?」

「お孫さん? 縫い子をやっているのね」

「はい、村から出てきて、仕立屋に弟子入りしてます。二十三歳になるんですがね。独り立ちしたがってますんで」


型紙に起こし終わって、三日過ぎた頃、ポンタが私に渡す物があると言いだした。


「一体何を……?」


ポンタは裏庭に私を連れて行き、地面に大量の物資を出した。

珍しいチーズ。乾燥肉。カメオや、貝殻ボタン。生地や宝石の原石など、種類が多すぎて全部見るのに時間が掛かりそうだった。


「これどうしたの……まさか、ポンタ! 盗んで来たんじゃないでしょうね」


《違う! エイリックが持たせて寄こしたんだ。サクラを驚かせようって、内緒で》


――エイリックったら。こんなに仕入れたら、お屋敷が立ちゆかなくなるでしょうに……。


そういえば、彼は、私の治癒は暴露しないでいてくれた。


「エイリック。私の夢を応援してくれた。そうなんだわ」


貝殻ボタンをひとつひとつ手に取って、エイリックの苦しそうな言い訳を思い出していた。


『君のためなんだ』


そうよ。私は世界を股に掛ける商人になりたいと、彼に語った。

だからこうして応援してくれたのだ。私に嫌われても良いと覚悟して。

治癒は絶対に知られてはだめだ、と教えてくれたのもエイリックだった。


「挨拶もしないで帰国してしまった。不義理をしてしまった……」


あっ! 私、エイリックに魔法の体系を教えないで来てしまった。なんていうことなの。一番大事な人に教えてあげなかったなんて。


「嫌だ、私ったら、一番大事な人だなんて……」

《さっきから、サクラ変だ。独り言ばかり言って! ボクにお礼は?》

「そうだった、ごめんねポンタ。ありがとう。とっても嬉しい」

《へへ、うん。ビックリしてくれたし、喜んでもくれた。それでいい》


***


ばあやの知り合いが店にやってきた。彼女は結婚していたが、ご主人を亡くされて一人で子どもを育てているという。


「ここに、住み込みにしてはもらえませんか?」


もちろんそうしてもらった。

住み込みの方がお互いに助かる。子どもは男の子で四歳だ。

あと少ししたら、パパは丁稚として使ってくれる。

今のうちに寺子屋へやって文字と計算を習わせたいと言ったら、お針子の彼女は目に涙を浮かべた。


ミネという名の彼女は、なんと白鷺財閥の系列洋裁店のお針子だった。

これには私も驚いてしまった。

精々が、着物の仕立てだろうと考えていたのだ。


希少な洋裁の知識を持った人が来てくれた。私の簡易ドレスはこれで一気に前に進むことになるだろう。

その矢先、ローゼン商会から仕事の依頼が来た。

転移人がわざわざ店に来て、私を今から連れて行くという。


「分かりました、すぐに支度します」



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