32 ポルトン国
ミクロン諸島から帰った次の日、私はポルトン国へも転移で向かった。
だが、転移の間から出た途端、役人に止められてしまった。
「ここから先へは、行かない方がいい、行き来出来るものは商人だけになりました」
「私も商人です」
「では、鑑札を見せて下さい」
「……持っていません」
「それなら無理ですね。悪いことは言わない。このまま戻った方がいい。また政変が起こりそうなのだ」
この役人は親切心で言ってくれたのだ。
国の情勢が再び不安定になっていて、トップがめまぐるしく入れ変わっているのだそうだ。
私は諦めきれず、せめて窓から国を見せて。と頼み込んだ。
役人は困った顔をしたが、うんと一つ頷いて、転移の間がある建物の上階へ案内してくれた。
「ここからなら少しは街が見渡せるでしょう。十分だけですよ」
役人が見ていないすきに、ポンタに窓の外に出て周りを見てもらった。
「ポンタ、どう?」
《大丈夫、戻って来られるよ》
そこでやっと安心して、プロイスタン国へ戻ったのだった。
転移の間から出ると、エイリックが待ち構えていた。
「やはり無理だったか」
「エイリック、知っていたの?」
国情が変わるかもしれないと、それとなく耳にしていたらしい。
だから、すぐに戻ってくると見込んで、こうして待っていたそうだ。
エイリックと馬車に乗り込んで、王都の屋敷まで戻った。
「エイリック、私、明日、ヤマタイラ国へ帰るわ。長いことお世話になってしまって」
丁度、洋服も出来上がってきた。
ここでやることは終わった、もう帰る潮時だ。
「あと一日だけ帰国を延ばして、レオポルドのところで手続きをしてこないか?」
「手続き、って?」
「君の商人の身分証明書を作る手続きだ。君は国を行き来して商売をしたい、そうだね?」
「……うん」
エイリックが手配してくれたのは、国際的な商人ギルドの身分証名書だった。
これがあれば、どこの国へ行っても商人ギルドへ加入でき、商取引がスムーズに進むのだそうだ。
取引の仲裁や、商人どうしのトラブルの調停をしてくれるうえ、その国の商品の適正価格も教えてくれるという。
翌日、商人ギルドプロイスタン本店という場所に連れてこられた。
四角い大きな石造りの建物で、華美ではないが荘厳な建物だった。
私には威圧感が感じられて、腰が引ける。
大きな扉の前に警備員が立ち、私たちを見ると扉を開けてくれる。
そこは広いエントランスホールになっていて、高い場所に取り付けられた縦長の窓から、さんさんと陽光が降り注ぐ明るい場所だった。
奥に半円形に区切られた受付があり、美しい女性が応対してくれる。受付の後ろにはタペストリーが掛けられていて、天秤をかたどった紋章が刺繍されていた。
受付に、エイリックが来意を伝えると、すぐに登録室がある二階へ案内された。
登録室にはレオポルドが待っていた。
「来たね。待っておりましたよ」
「レオポルドさんが直々に手続きして下さるんですか」
私は恐縮してしまった。こういうのは専用の係がいるはずなのに、態々会頭が出張ってきたのは……エイリックの口添えだからだろう。
申し訳なくなって、チラリとエイリックを伺ったが、彼は早速レオポルドと話し始めた。
そして、エイリックが私の事を――レオポルドに暴露した。
あまりの衝撃で、呆然として立ち尽くした。
エイリックに裏切られたという事実が、頭の中でぐるぐると回り続けた。
私の転移のことも、ポンタの空間庫のことも、
すべて、レオポルドに明かしてしまったのだ。
「サクラ、申し訳ない。だが君のためなんだ」
「……」
「サクラ殿、君の転移は国に申告するには拙かったせいで、登録していないそうだね」
「……はい」
「転移は、成長するかもしれない。だが心配は要らない。この国では今、転移人が増えて来ている。君の国でもしばらくすれば珍しくはなくなるだろう。だから黙っていても問題ない――ただ、空間庫は商人にとってはとても有益だ。どうだろう、わたしの仕事を手伝ってもらえないだろうか。もし受けてくれれば、君にはすぐにマスターの登録証を発行する」
「マスター……って?」
「上級商人である証明の身分証だよ」
これは断れない圧迫面接だ。
了承しなければどうなる? レオポルドさんはやり手の大商人だ。
私みたいな小物は、あっという間にぺしゃんこにされてしまう。
「……謹んで、お受けいたします……」
私の手には、金色に輝く小さな板が乗せられた。
この金板が、マスターの証明なのだそうだ。これを提示すれば、そこの国の商人ギルドを通して、転移人も転移の間も使えるのだという。
しかも、料金はギルド持ち――至れり尽くせりだ。
私は、そのままレオポルドさんに連れて行かれ、倉庫へ行った。
倉庫には、山のようにうず高く積まれた商品がそこら中に置かれていた。
「これをまず、ポルトン国へ運んでもらいたい。今あの国は物資を欲しがっている。商機だよサクラ」
「はい、任せて下さい。これ全部ですか?」
「ああ、数回に分けることになるだろうが――」
「いえ、一度でいけます。ポンタお願い」
《いいよ、任せて!》
倉庫一杯の荷物が一瞬で消えた。
「……サクラ……」
「レオポルドさん。私仕事が終わったら、ヤマタイラ国へ一時帰ります。エイリック子爵に挨拶できませんが……宜しくと、お伝えていただけますか?」
「ああ、商品さえ届けてくれたらそれでいい。頼んだぞ」
レオポルド専属の転移人がまた一緒に行くことになった。
「今度はきちんと鑑札があるわ」
「はは、そうだな。では行くか」
***
荷物をポルトン国商業ギルドの倉庫へ届ければ、私の仕事は終わる。
転移の間がある建物の近くにギルドはあった。
私が鑑札を見せて事情を話すと、すぐに倉庫へ案内された。
そこに、荷物を降ろして終了だった。
受取証を点に人に渡せば良いだけだが、私にはどうしても確かめたいことがある。
ここの商業ギルド長に、メイリーンのことを聞きたい。
「あの、メイリーン・デ・シルヴァ・カストロという方の消息はご存じないですか」
「カストロ侯爵のご令嬢ですな。今、カストロ侯爵は……いや王様は窮地に立たされております」
「王様……? 以前侯爵が成り代わろうとして討たれたと聞きましたが」
「情勢は猫の目のように変わっております。今この国は正に下剋上の様相を呈してきました。カストロ王もどうなることやら……」
王宮は目と鼻の先にある。だけど一介の商人に入り込める隙はないだろう。
――まさかメイリーンが王族になっていたなんて。
「私にはどうにも出来ない」
「メイリーン様にお手紙を出されては? 王宮へ上がるときに届けて行きましょう」
急いで手紙を書き、近況を綴った。「すぐにまた来ます」と書き添え、封蝋を押す。
「これ、お願いできますか?」
「はい、確かにお預かりいたしました」
そこから私は転移の間へ急いで戻り、ヤマタイラ国へ帰国した。
第一部 完




